ifゼルダ言い訳+α - 6/8

よろず屋イースト・ウィンドの看板娘 アイビーの話

 はい! 彼のことですか? もちろん知ってますよ、うちの常連さんです。

 うちは色んな食料品取り扱っているけれど、珍しいものが入ると特に彼は喜んで買ってくれます。なぜか色々な地方の料理を知ってて、食べ方を知ってるんですよ。旅でもしていたのかな? あるいは単純に食べるのが好きなのかも、食べ物を選んでいるときの横顔が嬉しそうなんです。

 でも一番嬉しそうにしているのは、休みの日のゼルダさんと一緒に買い物をしに来た日ですね。傍から見てても笑っちゃうぐらい、彼女の好きなものを作ってあげよーって感じがして。仲睦まじいのはいいけど、そういうのは家でやれ! って言いたくなっちゃいますね。

 

 また会いに来るよと、ロベリーとジェリンさんに手を振って研究所を出た。南下してアッカレ砦を超え、ハイラル城下町へ行く前にハイラル大森林へ立ち寄る。退魔の剣を抜いた時以来だった。

 森の馬宿から北へ向かう道を抜けて、霧に埋もれる森に入り込む。あの時と同じで風が背を押してくれたし、コログたちもカラコロと呼んでくれた。でも俺は本来ここへは来る用事があるわけじゃないから、単に迷わされているだけという可能性もある。

 だから、明るい木立の間にデクの樹サマの梢が見えてきたときはホッとした。俺はまだここに入ることを許されている。

 

「こんにちはデクの樹サマ、お久しぶりです」

「おお、来たか。勇者が家出したと、コログたちが噂話をしておってな」

 

 笑い声と共に梢が揺れると、いつでも満開の桃色の花びらが舞った。やっぱりコログたちのうわさ話は広がるのが速い。心外なことまで広がっていないか心配だったが、力の泉で出会ったコログはちゃんと伝えてくれたようだ。

 

「はい、家出中です。でも俺はもう、勇者ではありません」

「ほう? では何者かな」

「それがまだ、分からなくて」

 

 肩をすくめて見せ、おもむろに安置されている退魔の剣の柄に触れた。

 懐かしい気持ちが蘇り、かすかに声が聞こえ、それから手に吸い付く感覚がまたあった。確かに彼女は俺の半身だが、でも彼女はもうこの時代には必要とされていない。たぶん寝ている意識の一端に触れただけ。

 

「寝ているところごめんな。あの時はありがとう」

 

 名残惜しい感触から手を離し、目を細める。俺はやはりもう勇者ではないから彼女を起こす資格はない。かといってデクの樹サマに問われたように、何者なのかよく分からない。

 今のままではさしづめ、ハテノ村のゼルダさんちのヒモ男と言ったところか。

 やりたいことが見つかれば、俺は何者かになれるのかもしれない。

 

「俺はずっと、やりたいこと・・・・・・すべきこと・・・・・が同じだったから、迷わずに済んでいたんです」

 

 出会ったときからゼルダを守りたい、それがやりたいこと。同時に父の跡目を継いで騎士となることが、すべきことだった。だから迷わずに進むことが出来た。

 でもすべきことも、やりたいこともなくなってしまった今、途方に暮れている。

 

「情けないことです」

「情けないなどと、人は本来そういうものじゃ」

「だとしたら俺はこれまで、ずいぶんと恵まれていたんですね」

 

 無くなって初めて存在に気が付くこともある。自らの役目を全うしたことで、俺はやりたいこともすべきことも失った。

 あるいは、ただの人間にようやくなったのだ。

 

若人わこうどが迷うのは世の常。そういう時はいろいろな者と話すのが良い。ちょうどぬしに会いたいと、ずっと待って居ったものがおるぞ」

「待ってた?」

「会えば分かる」

 

 頭にキノコが生えた少し大きめのコログが来て、どうぞデクの樹サマの中へと案内してくれた。

 なんとデクの樹サマの中は空洞になっていて、お店だの寝床だのがある。料理までできるようになっていた。前に来たときは剣を引き抜いて、すぐさま出奔してしまったので全く気が付かなかった。

 

「ア! ゆうしゃサマ!」

 

 濃い緑色の葉っぱ。その顔の葉っぱの形に見覚えがあった。

 宮廷詩人と一緒に退魔の剣をカカリコ村まで持ってきてくれた、あのチビコログだ。あの時はぼろぼろだった葉っぱのお面はすっかり綺麗に治っている。

 

「お前、無事だったのか」

「ゆうしゃサマ、ペパパはペパパと言いまス」

 

 そのコログ、ペパパはぺこりと頭を下げて台からぴょんと降りて俺の服の裾を引っ張った。ツイツイと指さす先には葉っぱのベッドが綺麗に整えられている。

 

「これ、ペパパが準備してくれたの?」

「ゆうしゃサマのために毎日ベッドきれいにしておきましタ。むにゃむにゃゴロゴロしていってくださイ。ペパパ、ずーっとずーーーっとこのベッドにゆうしゃサマが寝てくれるの待ってたんでス」

 

 コログがにっこり笑うのかどうかは定かではないが、ペパパが随分と喜んでくれているのは分かった。コログの森は明るく見えても実は夜。ちょうどいいから今晩はここに泊めてもらおうとベッドに腰かけた。

 フカフカの葉っぱのお布団、これたぶん毎日変えているはずだ。すごい手間なはずなのに、いつ来るともしれない俺を待っていてくれた。ありがたいのを通り越して申し訳なくなってくる。

 

「ペパパは偉いね、ちゃんとお仕事していて。俺は、やりたいこともお仕事も全然だめ、見つからないんだ」

「ペパパお仕事してまセンよ? ルピーもいらないでス」

 

 とぽとぽと踏み台の上に戻っていくぺパパの声は、とても不思議そうな響きをしていた。これだけの準備をしているのにお金が要らないって。ポーチの中に突っ込んだ手が、では何を差し出せばいいのか分からなくて彷徨う。

 

「ペパパはゆうしゃサマに喜んでほしいだけでス。他のコログも同じだと思いまスよ」

「それだけ?」

「それだけでス」

 

 そうか、ペパパにとってこれは仕事ではない。でもやりたいことではあるんだ。コログ族だから許される感覚なのかもしれないが、目から鱗が落ちたようだった。

 ところがペパパが続けた言葉に、さらに何枚も目から鱗が落っこちる。

 

「だからもしペパパがお仕事しているなら、ゆうしゃサマもちゃんとお仕事してまス」

「俺? 何もしてないよ?」

「だってペパパはゆうしゃサマに会えて、準備しておいたベッドでむにゃむにゃゴロゴロしてもらえてうれしかったでス。ゆうしゃサマはゆうしゃサマって仕事してまス」

 

 目が丸くなった。

 とんでもなく図々しいことだが、俺はペパパが喜んでいる姿が見られて嬉しかった。

 俺が、勇者だというだけでペパパは喜んでくれた。ここへ来ただけなのに、喜んでもらえた。なんだかそれが嬉しい。

 誰かに何かをして、喜んでもらえるのは実はとんでもなく嬉しい。それが他愛ないことでも、何でもいい。思えばシドの手伝いをした時もそうだった。誰かが笑って幸せそうにする姿を見るのは好きだ。もちろんその一番手はゼルダだが、そうでなくとも誰かが笑顔になるのは喜ばしいことだ。

 

「そうか、俺は誰かが幸せになるところが見たいのか」

 

 100年前の自分だったら、魔物を討伐したりして人の役に立ちたいと行動しただろう。でも剣で誰かを救う時代ではなくなり、すでに勇者としての剣もなく、咄嗟にそういう武勇に頼ることが出来なかったから迷っていた。というか、そもそも俺は退魔の剣をずっと失くしていたから、元から剣で誰かを救うような質の勇者ではないのだった。

 俺のやりたいことは何も大それたことではない。たぶん普通の人と同じ。誰かを笑顔にすることなのかもしれない。

 

「んーでも難しいなぁ」

 

 ものすごく漠然としているし、ペパパのように無償で続けることは、ハイリア人としては生計が成り立たない。

 でもどうにか、仕事に結びつけることはできやしないだろうか。考えあぐねているうちに眠くなってくる。今夜はよく眠れそうだ。

 ペパパにありがとうと言うと、彼は首をかしげていた。いつかもっと別の何かの形でお返しが出来たらいいなぁと思う。

 フカフカの葉っぱのベッドで寝て、朝は隣のきのこ屋さんで朝食を食べる。迷いの森では見かけないキノコもある気がしたので聞いてみると、なんとコログの森まで入ってこられるとんでもないポストマンがいるらしい。宮廷詩人のようにコログの声が聞こえるやつも時々いるから、きっと専門職だ。

 俺はロベリーからわけてもらった無地の葉書に、デクの樹サマの花びらを張り付けて即席の絵葉書を作った。

 そうしてまた、何と言葉を書こうか迷う。

 俺はゼルダを幸せにしたい。今でも十分幸せなんだけど、俺がゼルダに幸せを分けてもらっているだけで、何かしてあげられているわけじゃない。一緒にいるだけでいいと彼女ならいいそうだけど、そうじゃなくって。

 そんな気持ちが上手く文字にならなかったので、コログたちの姿を描いておいた。あんまり上手じゃなかったけどいいや。

 

「そういえば、ここにポストマンが来られるってことは、つまりコログ宛の手紙も出せるってこと?」

「もちろん出せるじゃも」

 

 頷くコログ族の長老スタジイの言葉に、思わず驚いて素っ頓狂な声が出そうになった。でもいいことを聞いた。いつか、俺がやりたいことを実現する方法をちゃんと見つけたら、ペパパにお礼の手紙を書こう。

 ありがとうと礼を言って霧深い森を抜け出た。その足ですぐさまハイラル城下町へ向かう。

 回生の祠を出てすぐの時に感じた通り、城は増改築を経て俺の知るシルエットとは少し違う形をしていた。厄災に壊されて修復した部分もあるだろうし、なにより城の周囲にそびえたつ5本の古代柱はそのままだ。俺にしてみれば異様な光景なのだが、待ちゆく人々にとってはこれが日常のようだった。

 試しに城の方へ近づいてみたら、議事堂の見学などというものがあったので中に入らせてもらった。城の中は市民から選ばれた人たちが会議をする大きな議事堂があって、儀仗兵としての騎士はいたが戦闘員としての騎士の姿はもちろんなかった。大勢に混じって城の中を歩くうちに、やはりここが俺の知るハイラル城ではない確信が深まっていく。

 一通りの見学を経て、外に出るとすごく疲れていた。

 

「腹減ったな」

 

 区画整理で街の様子は大幅に変わり、道もよく分からない。それでも城下町の中央には昔と変わらず噴水だけはあった。噴水の周囲には屋台が出ていて、初めて城下町に来た時もここで何か昼飯を食べた記憶があった。確かパンに何か挟んだ奴。

 

「なんだったかなぁ」

 

 ぐるりと一周屋台を回ってみたが思い出せず、適当に選んだサンドイッチを食べた。まあまあ美味しい。でもあの時の驚くほどの美味しさとはちょっと違った。

 

「昔の方が美味いってものもあるんだなぁ」

 

 なんだか物足りなくて、でも露店では食べる気になれずに街をそのまま歩き回る。衣服の店もあるし、花を売る店もあるし、食べ物屋なんかもある。目の揃った綺麗な石畳に綺麗な装飾付きの街灯、お店の軒先にまで薄い玻璃の窓が入っている。おのぼりさんになって街を散策した。

 その中でひとつ、興味のそそられるお店を見つけた。若い女性や子供たちが並んでいるので、何かと思ったらお菓子のお店らしい。

 

「何のお店だろ?」

 

 面白そうだったので並んでみたら、店先で色とりどりのアイスクリームの中から2種類選ばされた。

 アイスクリームと言えば、フレッシュミルクとトリのタマゴときび砂糖を氷で冷やしながらかき混ぜて作るお菓子。100年前の中央ハイラルでは、氷はとんでもない貴重品だった。王侯貴族でもアイスなんて年に何度食べられるかどうかの超高級お菓子だった。

 それがポンと、たった30ルピーでカップに二段重ねにされる。迷いに迷った末、ゴーゴースミレの蜜を混ぜた紫色と、普通の白いのを選んだ。

 この分では当然のように傷病者用に使われるようにもなっているだろう。そういえば城下の一等地にある家庭には保冷庫があると聞いたが、まさか各家庭で氷が買えるようになっているとか?

 

「うわぁ……」

 

 思わず軒先のテーブルにおいて、ウツシエを撮る。

 

「すっごい。どうやってこんなの作ってるんだ? 氷が大量に必要なはずだよな」

「お兄さん知らないの?」

 

 ちょうど隣のテーブルで、訳知り顔の女の子とその子のお母さんが俺と同じカップを持っていた。女の子のアイスはピンクと薄い黄色で、たぶんイチゴとりんご味な気がする。

 

「昔、厄災を封じたゼルダ様っていうすごい女王様が、ゲルドの氷室の仕組みを解明してくださったの。だから今じゃハイラルのどこでも氷が保存できるんだよ」

「そうなの?」

「お兄さん、教科書でお勉強しなかったの? わたし、大きくなったらゼルダ様みたいにすごい発明するんだ」

 

 女の子は俺より先に食べ終わって、お母さんと一緒に帰って行った。でも、その何とも誇らしそうな横顔にくぎ付けになる。

 そうか、今はどんな子でも勉強できるんだ。昔は読み書き計算以上のことは、貴族や裕福な商人の子供、あるいは俺みたいに従卒にでもない限りは勉強する機会が与えられることはなかった。特に歴史なんて、平民は知らなくても生きていけた。でも今の子は知っているし、やりたいことや目標になる。なんて羨ましい。

 紫と白のアイスクリームと共に取り残される俺。

 

「ホント、すごい時代だな……」

 

 生まれて初めて食べたアイスはとんでもなく冷たくて、とんでもなく甘くておいしかった。1人で食べるにはもったいないぐらい。周りで食べている人たちもみんな嬉しそうだった。

 家出中でもなければ、一緒にゼルダと食べたかったぐらいだ。

 

「あー……」

 

 一緒に食べたかった。

 

「帰ろ」

 

 慌ててアイスクリームの残りをかきこみ、キーンとする頭を振ってバイクに飛び乗る。俺は一目散にハテノ村への道をひた走った。