リンクさんなら毎日ここを通るから、もちろん知ってるさ~。
なんたって毎日ゼルダさんのお弁当持って、一緒にお昼食べてるんだから。仲がいいのは間違いないさ。とっても優しそうだし、いい人だとは思うさ~、もちろん私の旦那さんの方がもっと優しくていい人だけどね。
でもリンクさんが1人で歩いているときは、随分と寂しそうな顔をしていることが多いさね。あれは何かに迷っているか分からなくて困っている顔さ~。
でも人間って時々、1人になって考えることも必要になるんさ。私もそう、何か分からなくて迷うことがあったら、風車番をしながら考え事をするのさ~。そうやって心を落ち着けて、そのあと誰かに話を聞いてもらうんさ~。
それが悩みを解決するための、ちょっぴりイイやり方さね。
ゾーラの里を出て一路アッカレ地方へ。年中鮮やかな赤い木々が目に染みた。途中でオルドーラ盆地の力の泉に立ち寄ってみると多くの人が祈りに来る観光地になっていた。あまりの賑わいに、ウルボザと死闘を繰り広げたことなんかすっかり忘れそうになる。
「ここからオルディンまで、よくまぁ俺も生きて逃げられたもんだよな……」
他の人に倣ってお参りをしていると、どこからともなく視線を感じた。顔を上げると泉の周りをぐるりと囲む崖の上に、コログが1匹座ってこちらを伺っていた。
おやっと目線を合わせると、そのコログは葉っぱをくるくるさせて飛んでくる。その場で話すと独り言みたいになるので、ちょいちょいと手招きをして泉の外へ出た。
「どうした?」
「ゆうしゃサマがひめみこサマから逃げタと、ハイラル中で噂話になってまス」
「逃げたつもりではないんだが。まぁ、でも、家出中」
「ゆうしゃサマ、家出?」
うーんと首をかしげるコログ。
そもそも家出って逃げたことになるんだろうか。なんかこれだと、まるで俺が酷い奴みたいだ。いや、確かに衝動的にゼルダを置いて飛び出したから酷い奴なんだけど。
これはちょっとコログの森に行った方がいいかもしれない。そのうちありもしないことまで言われそうで、例えコログとはいえ面白くない。
「コログの森に俺って行っても大丈夫か?」
「エッ、ゆうしゃサマくる? くる?」
「行っていいなら弁明に行きたい」
どうせハイラル城へも行こうと思っていたところだ。その途中でハイラル大森林の方へ足を延ばすのはやぶさかではない。久々にデクの樹サマにも会いたいし、剣にも会いたい。ゼルダの話によれば退魔の剣は彼女の手によって100年前にコログの森に戻されたという。もう抜こうとは思わないが、あの時あまり話ができなかったのが実は心残りだった。
コログは「待ってまスよ~」と葉っぱをくるくるさせて青い空に飛んで行った。きっとロベリーに空飛ぶコログを見る力があったなら、バイクや車の次に空飛ぶ乗り物を作り出そうとするに違いない。
「その前に体を機械化してないといいけどな」
バイクを飛ばしてキタッカレ高原へ向かう。南のアッカレ湖やヒガッカレ海岸には新しい村や港が出来ているという話だったが、さすがに北の僻地・キタッカレ高原には旅人の姿はなかった。それどころか、ガーディアンの残骸が残っていて近づくと動き出す始末。さすがにもう襲ってくることはなかったが、青い単眼が動いた時にはゾッとした。
その未だに動くガーディアンを通り過ぎて坂を上がっていったところに、巨大な筒状の物体がくっついた奇抜な建物があった。その筒状の物体に見覚えがあって、しばらく足を止めて眺めていた。
「あ、ファインドグラスって言ってたアレ! こんなにでっかいの作ったのか」
一緒に風呂覗きをした時、セカンドとサードはまだ手に持てる大きさだった。屋根に取り付けられたこれが何代目かは分からないが、なんともはや、巨大なファインドグラスを作るようになったものだ。
間違いなくここがロベリーの住処だと分かって思わず笑みが漏れる。
コンコンと扉を叩く。中からは違和感のある声が「イラッシャイマセ ワレ」と妙なイントネーションで答えた。シーカータワーを起動したときに聞こえた機械みたいな声よりも、輪をかけていびつな声だ。
嫌な予感。
「こんにちは、ロベリー居ますか?」
扉を恐る恐る開けて、あっと声が上がった。
部屋のど真ん中に、壺に頭をくっつけたような機械が立って喋っていた。ぐるぐる回る両脇の丸、青く横一文字に光る目。
「もしかして、ロベリー……?」
「ウゴイテマスヨ」
「そんな……」
やはり、ロベリーはもう体が老いに耐えきれず、全身を機械化させてしまったのだろうか。変わり果てたかつての風呂覗き仲間の姿に、がっくりと膝をつく。
姿の変わったロベリーは「マイド オーキニ」と、何語だかよく分からない返事をするだけ。
「人間の形が保てなくなる前に起きられなくてごめんよ」
「オオキニ マタキテヤー」
「バイクありがとう、家出するのにすごい助かってる」
悲しいなぁと、ロベリーの隣に三角座りをして天井を見上げた。
せっかくバイクの乗り心地を伝えたかったのに、これでは会話すら成立しない。機械になったロベリーはピポピポ言いながら、なんだかよく分からない言葉を繰り返した。
この様子だとご飯とかも食べないのかもしれない。でも青い光を放っているところを見るに、恐らく原動力は古代エネルギーのはずだ。ならば誰かが古代炉に青い火を運んでいる。その人にせめてロベリーが人間だったころの話を聞きたい。
そういえば奥さんと一緒に住んでいるとパーヤは言っていたから、その奥さんがいるはずだ。探そう。
そう思って腰を上げた時だった。扉が開いて小柄な影が戸口に立つ。
背丈は俺よりも小さくなっていて、髪の毛も随分と後退していたが
「ヘイ ユー、ここで何をしている?」
形が変わってもゴーグルを掛けていることと、相変わらずのジャンキーっぷり。見間違えようがない。こっちの小柄な爺さんが正真正銘のロベリーだ。
ってことは、こっちの機械は一体誰だ?
あれ?っと機械とロベリーの双方を見比べていると、人間の方のロベリーがハッと身構えた。
「……まさか、ユーは産業スパイか?!」
「さんぎょ? え、何だって?」
「シット! ジェリン! スパイ撃退オペレーションZ発動じゃ!」
「もうボケてしまったデスカ? インパ様からリンクさんが来ると連絡ありマシた」
ロベリーの背後にはもう1人、シーカー族の女性の姿があった。それなりに歳だが、インパやロベリーほどじゃない。
でもロベリーと共にいるということは、もしかしてこの人が?
「ロベリーの奥さん……?」
「チェッキー! 私はジェリンデース♪ ロベリーはぶっちゃけ、旦那サン、デスヨネ」
俺とゼルダもハイリア人としてはそれなりの歳の差だとは思っていたけれど、ロベリーには敵わない。一体何歳差だろう。
インパが祖母と瓜二つなことにも、プルアが若返っていたことにも驚かされたが、ロベリーにはまた別の意味で驚かされる。シーカー族すごい。でも言わないでおいた。
100年ぶりの再会に、随分変わったねと言うと、ユーは変わらないなとロベリーは笑った。
「アイシー、理解した。つまりバイクは役に立っておると」
「家出の役にだけど、立ってます。なんだかスイマセン」
「なんにせよ、それはベリーグッドじゃ。カカリコ村へ送った時には、インパ様に『乗れない乗り物は乗り物ではない』と怒られたからな」
「昔からロベリーって、人の3歩ぐらい先を行く発明するよね」
それを乗りこなしてゼルダ姫から逃げ回っているのはどこの誰だと言われ、肩をすくめる。逃げているつもりではないのだが、やはり他の人から見ると俺はゼルダから逃げていることになるのだろうか。
なんだかやるせない。
研究所の屋根に上がり、ロベリーと2人で広いアッカレの大地を見回した。何もなかったはずのアッカレ地方にも、人の営みが進出してきている。もはや何もないアッカレとは呼べない。
「何か、仕事になりそうなことのヒントでもあればいいと思ったんだけどな」
「ユーはワークを探しているのか? ハテノ村なら、畑作でも染色でも、なんでも仕事の口になるものはあるだろう」
「それもそうなんだけど」
言われてみれば、ハテノはすでに村というより町ほど発展していた。ハイラルの東に在っては一番大きな町だ。だから探せば賃金がもらえる仕事が無いわけではない。
だが、一時的にやったとして、それを常の仕事にしようという気にはなれなかった。俺の感覚でいえば、仕事を探すというのはいわば騎士の代わりになる職業を探すに等しい。
ずっと幼いころから父のような騎士になりたかった。念願叶って騎士になってからは、ゼルダを守れるような騎士になりたかった。全部自分のやりたいことだった。
「そうか、俺、仕事がしたいしたいって言っている割に、やりたいことの方を探していたのか……。道理で見つからないわけだ」
「ひとつセルフアンダスタンド、自己理解が深まったようじゃな」
「そうだね、随分と我儘なこと言ってたんだなぁ」
何の迷いなく騎士になりたいと思っていたあの頃が懐かしい。迷っている余裕などなかったし、自分にもそんな自覚も余裕もなかった。
平和になってこそ迷う。本末転倒な気もするし、あるいは贅沢な悩みだ。
俺とゼルダで厄災を封じ、彼女が長年かけて平和にした世の中で、1人取り残された俺は何をしたらいいのか分からない。やることが分からないなんて随分と傲慢だ。これはいかん。
すぐにでもハテノに戻って、それなりの仕事を探そうと腰を上げる。その瞬間、ゴツンとロベリーの拳が俺の腰のあたりを叩いた。
「リンク、我儘は悪いことばかりではない」
その言葉は意外の何物でもなくて、言葉を失った。
てっきりロベリーには、我儘言わないで何でもいいから仕事をしろと言われるのかと思った。ところが違うと小柄な影は首を横に振る。
「こだわりと我儘は紙一重、タッチの差じゃ。[[rb:厄災 > ガノン]]と戦っていた当時ならいざ知らず、今はピースフルな時代。若者がちょっと悩んでも問題ない」
ぴょこぴょこ動くゴーグルがしっかりと俺の方を捉える。
「ユーはすでに相当なワークをやり終えた。だから今度はやりたいことを探すべきだ。新しい時代の中にやるべきことではなく、やりたいことを見つけろ!」
そう俺に言うロベリーは、ビシッとかっこよく決まっていた。でもそれはとても難しい。きっと、単に仕事を探すよりも難しい。
俺は必要だからやるという思考しか持って生きてこなかった。さぁ自由ですよと現実から手放しにされた途端、途方に暮れてしまう。これではまるで、立ち上がって間もない赤子、足元がおぼつかない。
なるほど、だから俺は不安でしょうがなかったんだ。腑に落ちた。
「やりたいことか、難しいな……」
「心は未だティーンエイジャーだからな、ユーは! 迷えばよい」
はぁとため息一つ。頭を掻いた。
そのあと他愛ない話をして、ジェリンさんの手料理を食べながら、ここでも葉書を書かせてもらった。もちろんロベリーの研究所は観光地ではないので、アッカレの風景を収めたウツシエを葉書に打ち出してもらった。まだ試作機らしいが印刷機というらしい。本当にロベリーは色々なものを発明する。
それでまた、書く言葉に詰まる。
謝罪の言葉はもうゾーラの里から送り出してしまっていた。それにもう、単純にごめんというより、待っていてほしい気持ちの方が強くなっていた。
『もう少し時間をください』
俺がやりたいことが見つかるまで、申し訳ないけどもう少しだけ時間をください。ごめんゼルダ、あなたと違って俺の100年は、ただ寝ていただけの在って無いような空白期間でしかない。
30歳のゼルダと肩を並べるには、18の俺には少しばかり背伸びをしなければ追いつかない。でもちゃんと追い付きたい。
「これは少しどころか、だいぶ我儘になった気がするな」
ただ漫然と幸せなだけじゃ、俺はもう満足ができないみたいだ。だからごめん、もう少しだけ時間をください。