ifゼルダ言い訳+α - 4/8

ハテノ牧場の主 ドダンツの話

 腕の立ちそうなボーイか。立ちそうというか、ものすごい立つんだ。

 以前はよくエキスパの森のシカをゼルダさんに駆除してもらっていたんだが、彼女の連れ合いのボーイ、彼が手伝うようになってからはグンとシカが減ったよ。

 何しろ1回頼めば簡単に10頭のシカを狩ってくる。ゼルダさんの弓の腕もなかなかすごいのにそれを上回る、ここいらで最高のシカ狩りボーイだった。しかも最近の若いボーイにしては珍しく、シカの解体や皮の鞣しまで嫌な顔一つせずにやってくれる。肉を分けてあげるとシチューにするかカレーにするか、毎回笑顔で迷っているね。

 うちのトコユなんかは手に職が無い男は嫌だなんて言ってたが、あの歳できっと相当な苦労をしたんじゃないかと俺は思うね。最近は仕事を探しているみたいだが、仕事が見つかってもシカ狩りに時々来てくれると助かるんだがな。

 

 カカリコ村にインパを訪ねに行ったら、「真夜中に来るな」と開口一番に怒られた。パーヤが布団を出してくれたので朝まで仮眠をさせてもらい、家出してきた話をしたら今度は「自分探しは自分でせよ」と怒られた。

 朝ごはんすら出してもらえず、さっさと屋敷から追い出される。亡くなった老インパを思い出して、そっくりだと思わず真顔になった。あれは絶対に血だ。

 仕方がないので近くの店で買ってきたおにぎりを2個、道祖神脇に停めたバイクに腰かけながら食べる。片方は海鮮おにぎり、片方はカカリコ村名産の梅干しのおにぎりだった。

 こんな山間の村まで海産物が届いて、しかも美味しいおにぎりになって売られるんだから、物流も随分と発展している。ゼルダと2人で干物を運んだ時には随分と珍しがられたものなのに、世の中変わったな。

 そこへパーヤが朝のお勤めに出てきた。

 

「しわくちゃババァめ、仕事の一つぐらいくれてもいいのに」

「リンク様、聞こえております……」

「インパには恨みがあるから」

 

 俺が回生の眠りから目覚めてすぐの時、ゼルダが生きていることをインパは教えてくれなかった。正確には「亡くなった」とも「生きている」とも言わなかっただけで、勘違いし続けた俺に、それとなく嘘を吹き込んでハテノ村へ向かわせただけなのだが。

 後日、どうしてあんなことをしたのかと文句を言ったら、「100年の昔、我の手当てを無下にして、あまつさえ退けと怒鳴ったのはどこのどいつじゃ」とぎろりと睨まれた。覚えがあるのでそれ以上は追及しなかった。

 

「リンク様はお仕事探しですか?」

「うん、なんかないかなぁ」

「リンク様なら何でもできる気がいたしますけれど」

 

 カラコロと音が鳴るので見れば、道祖神の後ろからコログが顔を出す。やぁと声をかけて、梅干しのおにぎりを少し分けてやるとコログは美味しそうに食べていた。曰く、「梅干しすっぱーイ! おいしーイ!」だそうだ。

 ところがパーヤには見えていないようで、せっせと道祖神周りの掃除をしてりんごをお供えしている。そのりんごをひっそりと転がして持ち去っている張本人が隣にいることには、まったく気が付いた様子はなかった。

 こういうところは昔から全然変わらないなぁと思ってため息を吐く。その隣でポンとパーヤが手を打った。

 

「そうです! アッカレのロベリー様のところへ行ってみてはいかがでしょう?」

「ロベリー、今アッカレに居るの?」

「はい! 奥様と共に、キタッカレで研究所を営んでおいでですよ」

 

 そういえば、このバイクもロベリー作だった。目が覚めてから、まだ流石にアッカレの方までは足を延ばしていないので、お礼も何も言えていない。

 

「そっか、ちょうどいいから顔を見てこようかな」

 

 さすがにプルアと違って若返ってたりはしないだろう。でも、もしかしたら体の一部が機械になっている気はしなくもない。あのロベリーならやりかねない。おにぎりを食べ終えるとすぐさまバイクをアッカレに向けて走らせた。

 そのままロベリーのところへ直行するつもりでいたのだが、北へ向かう街道沿いのところで、そういえばゾーラの里にも顔を見たい人が生きていることを思い出す。どうせ無期限家出中だと言い訳をして、俺は街道を東へ向かった。

 だがその道中で思わぬ人に出会った。

 お互いに誰なのか分かっていなかった。俺の見た目は変わっていなかったが向こうはだいぶ様変わりしていて、向こうは俺を覚えておらず、こっちは彼が純粋に誰なのか分からなかった。

 大柄な赤いひれのゾーラ族の男が、槍を両手に道中の川でオクタの退治をしていた。煌びやかな銀の装飾をつけていることからして、おそらくゾーラ族の王族だろう。だが本人はどこの誰とは名乗らなかった。だからこちらもただの通りかかりの振りを続ける。

 

「オクタ退治、手伝おうか?」

 

 着の身着のままの俺がゾーラの里へ行ってすぐにミファーに会えるとはもちろん思っていない。だから仮にもゾーラ王族の何某なにがしの手伝いをすれば、お礼代わりにミファーに会わせてもらえるのでは、という下心もあった。

 だが下心以上に、大柄なそのゾーラの男がちまちまと1匹ずつオクタを突き刺していく様をみて、これは日が暮れても終わらないぞと心配になった。二刀流とはいえ、なぜだかオクタがとんでもなく多い。

 

「良いのか?」

「暇なんだ、片っぽ槍貸してよ」

 

 ぽいと投げられた槍はミファーが使っていたものに似ていた。

 話を聞くところによると、先日降った大雨で増水したゾーラ川にたくさんのオクタが流れてきたらしい。近年まれにみる量で、旅人が困っているので出張ってきたのだと彼は言った。

 

「それにしたって、ゾーラの王族が1人でオクタ退治とは恐れ入る」

「王族と分かっていて気安い君もなかなか剛毅だと思うゾ?」

「知り合いがいるんだ。退治手伝うから会わせてよ」

 

 互いに名乗りもせず、夢中で泳いでは刺し、泳いでは刺し。夕方になる前に2人で川をきれいに片付ける。

 久々に魔物退治だった。こういう方が俺は性に合っているんだよなぁとぼやきながら、赤いひれの彼と共にゾーラの里へ向かう。王族とはいえ、その彼はとても気さくだった。

 と、そこまでなんだかんだで互いに名乗りもせずに向かった里の入り口には、懐かしい彼女が待っていた。

 

「姉上、いま帰ったゾ!」

「ミファーが姉上ってことは、え、もしかしてシド?」

「えっ、リンク?! どうしてリンクがここにいるの?」

 

 3人で顔を見合わせ、「え、え?」と目を丸くする。

 一拍おいて、シドが大笑いした。

 

「なんと、知り合いとは姉上のことだったのか!」

「もう! リンクったら、どうして来る前に連絡くれないの?」

「まさかとは思ったけど、シドなのか……こんなに小さかったのに」

 

 腰ぐらいまでしかなかったシドが、今や背丈が俺の倍ぐらいある。長寿のゾーラがこれほど成長しているのを見て、やはり無事に100年が過ぎ去ったのだと実感した。

 ミファーも皺が増えておばあさんになっていたけれど、纏う空気の穏やかさは相変わらず。変わらないのは俺だけ。

 清涼な空気に包まれたゾーラの里を、ミファーの足に合わせてゆっくりと歩いた。

 

「インパさんからリンクが目覚めたっていうのは聞いていたの。でもきっと時の流れにびっくりしているだろうし、会えるのはもう少し先かなって思ってた」

「今もずっとびっくりしてる。まだどこかで、これは夢じゃないのかなと思ってるよ」

 

 青く淡く光る夜光石の輝きに、まだどこか夢うつつ。夜寝て、朝目が覚めたら100年前に戻っているんじゃないかと思うことは多い。でも一向に時間が巻き戻る気配はないので、たぶんこれが現実なのだと思う日々。そして何もできない頼りない自分だけが取り残される。

 そんなことを考えていたら自然と視線が下がっていて、2人に「大丈夫?」と顔を覗き込まれた。こんな風に心配してもらいたくて会いに来たわけじゃない。元気なところを見せたかったのにと思って、苦笑いを返す。

 

「リンク、今はどうしているの? 姫様には会った?」

「会ったというか、いま一緒にハテノで暮らしているんだけど……」

 

 うーんと言葉を濁しつつ、頭を掻く。

 

「実はいま、家出中で……」

「「家出?」」

 

 姉弟の大声が俺の両耳に直撃した。そんな声をそろえて言わなくてもいいのに。

 

「うん、ちょっと、仕事探しというか、自分探しというか……」

「それで家出してきたの? 姫様にはちゃんと言った?」

「それは大丈夫、目の前で家出してきたから……。あまりにも100年前と事情が違い過ぎて何もできない自分が不甲斐なさ過ぎて、勢い出てきてしまったというか……」

 

 もごもごと言葉を胡麻化すけれども限界で、ミファーに怒られるのを警戒する。勢いよく顔を上げて逆に彼女の方へ詰め寄った。

 

「ミファーの方は? あの時の傷大丈夫だった? インパから聞いたけど、今のゾーラの女王はミファーだって」

「もちろんこの通り、大丈夫よ。でもね、そろそろシドに王位を譲ろうと思ったの」

「譲るの?」

「うん、私もそれなりに歳だもの、せめて元気なうちにと思って。だから里への道を守る役目を担ってもらって、そう、力試しみたいなものをしてもらっていたの」

 

 それでシドがわざわざ1人でオクタ退治をしていたのだと、ようやく得心がいった。あれだけの量のオクタだ、どうしてみんなでやらないのかと不思議に思っていた。

 ところがミファーはスッと目線を厳しくして、自分よりもはるかに上背のある弟を睨んだ。

 

「でも今回はリンクに助けてもらったから失格よ、シド」

 

 しゅんと肩を落とすシドに、申し訳なくて謝った。彼は「気にしなくていいゾ」と言っていたが、明らかにしょげていた。

 ミファーは優しそうに見えて、こういうところは昔から厳しい。はるか昔に槍の稽古をつけてもらった記憶が蘇る。

 でも俺は、実を言うとシドの手伝いが出来て嬉しかった。なんだか胸がスッとしていた。

 

「助けられてもいいんじゃないのかな」

「だめよ、シドにはもっと強くなってもらわなくちゃ。立派に里を率いてもらわなければならないんだもの」

 

 ミファーはつんと澄まして言ったが、でもなんか違うなぁと俺は首をひねる。

 

「助けてって、言いたいのに言えない方がずっと問題じゃないのか? 何でも1人でやるのが正解ばかりではない気がする」

「リンク?」

「現に、俺は随分とミファーに助けてもらった」

 

 あの時、カースガノンと名付けられた厄災ガノンの分裂体と唯一戦って、瀕死の傷を負ったミファーは遅ればせながらカカリコ村の俺のところに来てくれた。ゼルダへの伝言を携え、ハイラル城へ乗り込む俺を癒しに、わざわざ傷ついた体を引きずってでも来てくれた。

 ミファーが来てくれなければ、俺はハイラル城へたどり着くこともままならず、厄災に憑りつかれたゼルダを助ける方法も分からなかった。俺は確かにいろんな人に助けられて、勇者としての役割を全うしたのだった。

 

「それに俺はシドの助けになれて嬉しかった」

 

 見上げるシドは一瞬びっくりした顔をしていたけれど、すぐににっこり笑って白い歯を見せてきらりと笑った。この調子なら、シドはきっといい王様になる気がする。

 そう、たぶん俺は、こうやって人の助けになるのは好き。もしかしたらゼルダを守ることに一生懸命すぎて、以前は他人に意識を向けるほどの余裕がなかったからかもしれない。こうして誰かが嬉しそうにするところを見るのは好きだった。

 傍やミファーはうーんと首をかしげていたが、なるほどとうなずく。

 

「言っていることは分かったわ。でも力試しはまた別でやりましょ」

 

 その晩はゾーラの里に泊まらせてもらった。2人と共に食卓を囲む。ミファーと一緒に食事が出来るなんて、夢にも思わなかった。

 出されたのは里で採れた魚、それからなんとビリビリフルーツ。

 

「びっくりした?」

「だってこれ、ゲルド砂漠でしか採れないよね?」

「姫様がハイラル中の街道を整備して、ロベリーさんが冷蔵装置を作ったおかげで、砂漠の食べ物がこの里まで届くようになったの。すごいでしょう?」

 

 やっぱりハイラルは随分と変化していた。その土地へ行かなければ食べられなかったはずの物が、比較的気軽に手に入る。これでは物の価値も随分と様変わりしているはずだ。一度、城下町へ行ってみた方が良いかもしれない。

 料理は美味しかった。ところが俺とシドがまだ食べているというのに、ミファーはすでに手を休め、のんびりとお茶を飲んでいる。歳を取って随分と食が細くなっていた。妙なところに歳の差を覚えてなんだか寂しくなる。

 そのミファーが、思い出したかのように俺を見た。

 

「そういえば姫様にはどこに行くか伝えているの?」

「いや、言ってない」

「じゃあ私の方から連絡しておいた方がいい?」

「連絡?」

「そう、あれ? 知らない? 今はハイラルのどこへ行っても手紙が出せるのよ」

 

 手紙。昔は書簡と言って、小間使いが手渡しで持っていく書類だった。俺も従卒の時はわざと遠くまで使いに出させられたものだ。ところが今や手紙は一般的なものになっているという。

 おかげで俺が目覚めたことは、インパから速攻で各里の英傑の関係者に伝えられたらしい。聞けばポストマンという手紙を運ぶ専業の人がいて、ハイラルの内であればどこへでも手紙を配達してくれるのだとか。

 

「俺でも手紙出せるってこと?」

「もちろんよ。じゃあ姫様にはリンクが知らせてあげて。絵葉書にしたらいいわ、言葉だけじゃ伝えづらいでしょう」

 

 渡された手のひらより少し大きな絵葉書という厚紙には、ゾーラの里の絵が描かれていた。裏側には宛先と宛名を書くのだという。幸いなことに文字だけは何年たっても変わらなかったので、その夜、せめて居場所ぐらいは知らせておこうと宛名と宛先を書いた。

 

「なんて……書こう」

 

 ミファーからは、絵葉書なら居場所が分かるだろうけれども、せめて一言ぐらいは言葉を書きなさいと先手を打たれていた。しかしながら元より筆不精。騎士の時にだって、最低限の書簡しか書いたことが無い。浮いた手紙の1つや2つもらった経験はあったが、おしろいの香りがするだけで顔をしかめて捨てていた。返事を書いた記憶もない。

 だからなんて書けばいいのかよく分からない。一方的に飛び出してきてしまった手前、言葉を書きづらいところもあった。

 

「とりあえず、謝っておくか」

 

 ごめんなさい、と一言。

 うん、本当にごめん。でも俺はもう少し自分のことを見直したい。

 ゼルダが嫌いなわけじゃない、好きだから呵責なく一緒にいるにはどうしたらいいのか考えたい。それが全部詰まったごめんなさいを書いて、翌朝ポストマンという人にお願いした。

 白い服に赤いのっぽな帽子、赤いのぼり旗を背負った妙な人だった。