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シメジと別れ、暗い冷蔵庫の野菜室で次に出会ったのはほうれん草だった。
こいつこそ、離乳食の超初期から大活躍の超便利お野菜ではないか。
「ほうれん草、どうしたら子供たちに食べてもらえるのか、君の意見を聞かせてくれ!」
「ピーマンのくせに何言ってんだこいつ」
振り向いたほうれん草の声は酷くムッとしていた。
それもそのはずで、ほうれん草は柔らかい穂先だけがバッサリと無い。見事に茎だけ、丸刈りになっていた。
「頭どうしたんだ?」
「そのおこちゃまに食べられるために、私の一番柔らかいところだけお母さんが切っていったんだよ!!」
「なるほど、柔らかさが大事なのか」
思わず心のメモ帳に書き加えようかと思ったその瞬間、ほうれん草の怒りが爆発した。
「柔らかいところだけ子供が食べて、茎ばっかりのお浸しを見たお父さん何て言ったと思う? 『亀かジュウシマツの食べ残しみたいだな』だって! 小鳥や亀にはほうれん草は灰汁が強すぎて食べさせないっつーの!! それは小松菜だっつーの!」
「やけに情報が細かい」
「私の一番嫌いな小松菜と勘違いしよって! っていうか風味自体は小松菜の方が癖あるじゃんッ! ほうれん草に擬態するなッ、レタスとキャベツじゃないんだぞ?!」
「君たち葉物野菜も大変なんだな」
後から聞いた話だが、ほうれん草は離乳食初期には柔らかい葉の部分だけドロドロに裏ごしされるらしい。それでも食べてもらえるならばよいではないかと思ったが、どうやら子供とは成長するにつれてほうれん草も嫌いになる生き物らしかった。
3歳のお兄ちゃんは現在、ほうれん草のお皿には不可侵条約を決め込んでいるのだとか。難儀なものだ。
「初期から食べてもらえるからと言って、ずっと食べてもらえるというわけではないのだな」
「ピーマンのくせに生意気だよ。緑の野菜なんて色で逃げられるのがオチさ」
すっかりやさぐれたほうれん草に哀悼の意を示し、僕はさらに他の野菜を訪ねて野菜室の奥へと進んだ。