トリのタマゴと岩塩とキノコ、それから料理用の小さなナイフでヤギのバターをひと固まり切って鍋に放り込んだ。俺はいま、馬宿の共用の鍋を借りて、二人分のキノコオムレツを作っている。
オムレツを作るならバターだ。松の実の油の悪くはないけど、やっぱりバターの方が断然美味しい。思わず鼻歌が出るぐらい、良い香りがしていた。
「あら、その鼻歌初めて聞きました」
「ん……? ん、うん……」
そんな風に改めて言われると、こっ恥ずかしくて鼻歌も引っ込んでしまう。でも姫様はふふふと笑って続きをせがんだ。
鼻歌の続きと言われても繰り返しばかりで先は知らない。そういえば、彼女も同じ節ばかりを歌っていて、その先は教えてくれなかった。
いや、教えてもらったわけじゃなくて、彼女の鼻歌を勝手に俺が覚えていただけなんだが。
「なんだか躍り出したくなるような歌ですね」
そうかもなぁと思った。もしかしたら誰かが陽気に踊ったのかもしれない。
ただ己が名を思い出し、役目を思い出し、歌を思い出した今、名も知らぬ彼女の顔を見に帰ろうにも懐かしい森への入り口は見つからなかった
了