半分の贈り物 - 1/2

 光が差し込む明るい窓辺で、ゼルダはナイフを片手に長いこと考え込んでいた。

 半ば睨むほど見据えた先には、鏡台に映る己の姿。そのたっぷりと艶やかな金の髪は、日の光を反射して明るく輝く。昨夜もパーヤが椿油を丹念に塗り込めてくれたおかげだった。

 百年前と同じかそれ以上に美しく保たれた髪を、今もまだ誰もが褒める。それは記憶の戻らないリンクも同じで、あるいは彼からは初めて聞く言葉でもあった。

「ゼルダ様の髪は綺麗ですね、お日様みたい」

 そう言いながら大ぶりの向日葵みたいに彼が笑った時、ゼルダは生まれて初めて自分の髪に感謝した。

 なにしろ元々は、伸ばしたくて伸ばしていたわけではない。一国の王女として、髪も衣装も、見目の全ては権力の盤石なるを知らしめるための道具でしかなかった。誰のどんな美辞麗句も、見え透いた下心か無才の姫への嫌味にしか聞こえなかった。

 だから国が滅びた今、他でもない彼がこの髪を綺麗だと褒めてくれるのならば、ようやくこの重たい髪にも愛着が湧こうかというのに。同時に知ってしまったのは、髪の維持にどれほど時間とお金がかかるかという事実。

「そうです、髪は、もう邪魔なのです」

 腰まで伸びた髪を綺麗に整えておくのはとても大変なことだった。旅する行商人はもちろん、カカリコ村にもゼルダほど長い髪の女性はいない。髪は短く切るか、ある程度の長さがあるパーヤでも背の中ほどまで。家事炊事を考えれば当たり前のことだった。

 髪に手間暇かける余裕は、ただの村娘にはない。それどころかリンクは未だ定住することを良しとせず、ハイラルを巡って人々を助け回っている。そんな彼と一緒に居たいと願うなら、髪は邪魔以外何物でもなかった。

「連れて行って欲しいと自分で言うと、決めたではありませんか」

 鏡の向こうで躊躇に震える自分を、鼓舞する声音もどこか震えていた。それでも彼女は口を引き結んで右手にはナイフを、左手には太い髪の束を握り直す。

 ゼルダが髪を切ると言ったらたぶん、リンクが大反対するのは目に見ていた。

「それでもリンクと一緒に居たい。私はもう、姫ではありません」

 「数日で戻ります」と言い残し、リンクはまたどこかへと旅立ってしまっていた。行先は聞いていない。だからやるとしたら、彼がいない今しか機会はなかった。

 刃を立てると、髪の一本一本が断ち切れていく重たい感触が頭皮を伝って体に響いた。ぶずぶずと、重く圧し掛かっていた髪も、彼が綺麗だと褒めてくれた髪も、区別なく弾け切れていく。

 何度も刃物を当ててようやく全て切り取った髪の束を持ち上げて、彼女はふぅと勢いよく息を吐き出す。片手にはずしりと重たいそれが、燦然と過去の光を放っていた。