あら、と石壁を見る。上の方に紫色があった。
「こんなところにも咲くのですね」
城壁の少し高いところにゴーゴースミレが咲いていた。普通は切り立った崖に生えているのだが、どこから種が運ばれたのかハイラル城の城壁に根を張ったらしい。大小三つの花が俯き加減にゆわゆわと風に揺れていた。
「お採りしましょうか」
「いいえ、せっかくですからそのままにしておいてください」
答えてはみたものの、目が離せなかった。
栄養の少ない場所でも育つことが出来て、しかも滋養成分も過分にあると聞く。薬として煎じれば何らかの効果もあるかもしれない。
でもそれ以上に近辺では珍しい花で、可愛らしいなと思ってしばらく眺めていた。
「でもこのあたりの城壁は、来週整備されると聞きました」
「まあ、では」
振り向いたそこに居るリンクは淡々と答えた。
「姫様が採らずとも、あの花は来週には手折られてしまいます」
城は美しくあるべきとして、城壁の草は抜かれてしまう。それは当然のことだったし、整備をする者にとっては花も草も大差はない。それどころか可愛いからと花を摘み残せば、職務怠慢で怒られてしまう。
せっかく咲いた紫が無下に捨てられるのはいたたまれない気分だ。
「三輪咲いてございますから」
言うや否や、リンクは辺りを見回す。幸いなことに周囲に人影は無かった。
それを確認すると彼は城壁に足をかけた。小さな出っ張りに指先とつま先をかけて、上手い具合にするすると登っていく。
見守るだけの私の方もドキドキして、思わず口を抑えて見守った。
左手で体を支え、右手で一つスミレを手折る。それで終わりかと思えばポケットから黄色いリボンを出して器用に根元に結び付けた。
それを一瞬で行うと、すとんと飛び降りてスミレを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。でもリンク、あのリボンは?」
「菓子の包みを結わえていたものです。ああしておけば、誰かが見守っている花だと分かるかと思って」
受け取ったスミレは綺麗な紫色をして儚げ俯いていた。
それに摘まなかった後の二輪も黄色くおめかしをしている。心遣いが嬉しくて思わずにっこりしてしまった。
手にスミレを隠したまま東屋へ。せっかくだから押し花にでもしようかしらと思った。
でもふと、少し離れたところに立つ彼の後姿を見て悪戯心に火が付く。押し花もいい、研究材料でもいい、でももっと飾り立てるのに良い場所があるではないか。
私が一人でのんびりとしたいのを分かっていて、リンクはわざと木立の傍で背を向けていてくれる。その後ろにこっそり近づいた。背丈はさほど変わらないのだから、髪の結び目へは私でも簡単に手が届く。
息をひそめ、ゆっくりゆっくり。こくりと唾を飲み込む音もなるべく静かにがんばった。
「姫様?」
ちゃんと髪に紫が刺さってから、彼は振り向いた。
よし。悪戯は成功です。
了