「ゼルダ、一つ頼まれてはくれませんか」
『自分の時代のために力を使うよう』にと言ったことなどさも忘れたかのように、私は苦渋の表情を浮かべてゼルダの表情を伺う。そのように振舞えば、彼女が拒否するはずがないことは十二分に分かっていた。
部屋に呼ばれ、人払いしたのをいぶかしんでいた彼女は、ぱっと表情を変える。
「もちろんですソニア様、私にできることでしたら何でもおっしゃってください」
予想通り私の可愛らしいゼルダは、翡翠色の目を輝かせて大きく頷いてくれた。私に頼られることがそんなに嬉しいのだろうかと思うと、ツキリと胸の奥が痛む。
だがこの一件に彼女を巻き込むことは、それだけの価値があった。いずれ王国の巫女として私の息子を導いてもらう存在となるかもしれないのだ。私の持てる術を教えるとっかかりとしたい。
いつになく神妙な表情を作り、私はゼルダの方へと顔を寄せた。
「最近、貴女の姿に似た幽霊騒動が起こっているのは知っていますか?」
「あ、……はい。先日も、侍従に聞かれました……」
でも私はその夜はぐっすり寝ていて、部屋から出ていないのです。
そのように答えたゼルダは、心底不思議そうな顔をしていた。私もそうだろうなと思う。
私と侍女が一人で歩くゼルダを目撃して以来、城ではゼルダに似た幽霊の目撃が相次いでいた。でもそれは当然、彼女の仕業ではない。むしろゼルダの姿を模したことは、私に対する挑戦状だと感じた。
「私の勘が正しければ、恐らくガノンドロフの手の者が貴女の姿を真似ているのだと思います。そしてそれは、日に日に私の方へと近づいてきています」
「では、ラウル様にお知らせしないと!」
「いいえ、それはなりません」
「なぜですか?」
侍女だけでなく、どうしてゼルダまで同じことを言うのだろう。不器用なラウルに、こんな煩雑な裏事情を任せようとする気が知れない。無理でしょう、あのお人よしには。
……と、考えているのはもしかして私だけ? 皆は気づいてないのかしら……。
一応これでも私は妻なのねぇ、と変な感慨にふけりながら、私は申し訳なさそうに微笑むことにした。
「ラウルにはこの程度のことで心配をかけたくないの……。だからゼルダ、貴女にお願いしたいのです。引き受けてくれますか?」
「……はい、私でよければ!」
「ありがとうゼルダ。私と同じか、それ以上に時の力が使える貴女がいれば安心です」
いずれ件の亡霊は、ゼルダの姿を利用して何らかの行動に出るだろう。受け身はあまり好かないが、本物のゼルダをこちらで押さえている以上、化けの皮を剥がすのは時間の問題だ。
そう思っていたのに。
*
「――――ッ?!」
背後から誰に胸を衝かれたのか、咄嗟に理解ができなかった。
つい一瞬前まで、私の後ろには誰もいなかったはずだ。私とゼルダと、ガノンドロフの配下が化けた偽のゼルダしかいなかった夜のテラスに、あの男がいる。
ガノンドロフが、いる。なぜ。
「ソニア様ッッ!!」
ゼルダの悲鳴で、私はあの男に負けたのだと理解した。