女傑の恋 - 1/6

 気乗りしないのはそっちも同じなのね、と私は自分の隣に座る男を横目に睨んだ。彼は座についてからずっと、ため息を吐きながら首を傾げている。
 名をラウルという。
 今日いまから、私の夫になる人だ。

「……ふぅむ」

 なにが「ふぅむ」よ。
 そりゃ十三の小娘なんて神の末裔様にとっては赤子も同然かもしれないけれど、これでも一応私は台地の巫女なのよ! 嬉しそうにしろとは言わないが、もう少し取り繕うことはできないのかしら。
 苛立ちを丁寧に隠して、私は笑顔を崩さぬまま彼の袖をついついと引っ張った。

「ラウル様」
「あ、ああ……ふむ」

 これではどちらが年上か分からないな、とため息を飲み込む。
 私は金銀や宝石をあしらった豪奢で重たい婚礼衣裳に身を包み、次々と言祝ぎに訪れる客に挨拶をしていた。これがハイリア人の婚姻のやり方だ。
 ところが彼は習わしを知らないのか、それとも頓着しないのか、訪問客に対して素っ気ない。本来客の相手は新郎の役目で、花嫁はじっと黙っているのが良いとされる。なのに客に言葉を返すのはもっぱら私の方だった。

「…………んー……?」
「ラウル様……、もうっ」

 ところが訪問客の視線は、律儀に言葉を返す花嫁の私ではなく、上の空なラウルばかりに集まる。これでは着飾った意味などない。
 ああもう! なんて無様な結婚なのかしら! 相手が彼じゃなければ、新郎をひっぱたいてやるところだ。

「そんなに私が珍しいのかな?」

 訪問客が途切れた瞬間を見計らったかのように、彼はまた首を傾げる。
 もちろん彼がハイリア人ではなく、天より降り来た神の末裔とされるゾナウ族ということもある。面長な顔の額には閉じた第三の目があるし、金の角が四本も生えている。特に大きな白い耳が目立っていて、たれ耳の兎のようだなと思った。でも全身を覆う黒っぽい毛並みには可愛らしさはない。
 しかし単純な物珍しさ以上に、訪問客たちは彼の手首を飾る秘石に釘付けだった。ゾナウ族が神の末裔とされる所以だ。
 でも当人はその視線の意味を理解していないらしい。
 分からないのならそれでもいい、言わないでおく。いま彼の機嫌を損ねたくはなかった。

「失礼かもしれませんが、ラウル様のお姿が珍しいのだと思います」
「ふぅむ。やはりこの辺りにもゾナウ族はもういないのだな」
「ラウル様とミネル様以外のゾナウ族には、私もお目にかかったことはございません」

 殊勝な返事をした私は、しかし内心では言いようのない腹立ちでいっぱいだった。
 台地に住むハイリア人たちの首長である父は、谷を挟んで長年戦い続けているゲルド族からこの地を守るため、何をどうやったのかラウルとの婚姻を取り付けた。
 勝手に決めた。
 いきなり、半月後に結婚しろと言われた。
 一族のためと言われたら、私に否を唱える術はない。
 だからいま私はこの場にあなたと座っているというのに、その意味をこの男はどれほど理解しているのだろうか。そう思うと嫌味の一つでも言ってやりたくなる。

「ラウル様にはハイリア人の結婚式などご興味ないかもしれませんが、もう少しお客様の相手をしてくださると助かります」
「そうでもないよ。ただ、同胞のいない我らは長らく婚姻などなくてね。勝手が分からないだけだよ」

 言っているそばから、人々の喧騒にひょいと長い耳が動く。こちらは目くじらを立てないようにするのに必死だ。私だってひっきりなしの堅苦しい挨拶よりも、外で気楽にはしゃぎたい。お祝いの日にしか食べられないお料理や、糖蜜漬けのお菓子や特別な薔薇水がほしい。
 でも新郎新婦はこうして訪問客たちをもてなすのが仕来たりだし、そうやって多くの人に認めてもらわなければ一人前の夫婦になれない決まりなのだ。しょうがない。
 これは先々が思いやられるわと視線を床に落とすと、長い爪の不器用そうな手がすっと首元に伸びてきた。何事かと体を強張らせたが、どうやらラウルが慣れない手つきで私に首飾りを着けようとしている。

「あ、あの?」
「今のうちにこれを渡しておこう」

 贈り物は嬉しいけれど、なぜ今? しかもつけるのが下手! 髪が引っ張られて痛い!
 思わず手を振りほどき、髪に絡まってしまった首飾りを自分で整えようとする。でもばあやが持ってくれた鏡越しに見えた首飾りに、私は硬直してしまった。
 ラウルの手首についているのと同じ石形の白っぽい石が、私の首元を飾っていた。

「秘石の周りに白い石をあしらってみたのだが、どうだろうか」
「……いまなんと?」
「白い石をあしらって」
「その前」
「ん? 秘石のことかい?」

 秘石って、ゾナウの秘宝のあの秘石?
 戦士たちが喉から手が出るほど欲しがっていたあの石のこと?
 そんな重要なものを、いま酷くぞんざいに私の首元に着けた?
 いいえそもそも、この石を持つゾナウ族を味方に引き入れるために、どれだけの人が手を回したのか理解しているのかしら、この男は?
 次々と押し寄せる疑問を口にすることができず、まるで酸欠の魚みたいに口をパクパクさせてしまった。そうこうしているうちに秘石はより強い力を放ち始める。ラウルの秘石よりも濃い黄金色のとろりとした光と共に、石の表面に何かが刻まれた。

「ふむ、ソニアの力は時のようだね。いずれ力の使い方も教えよう」
「秘石って……ゾナウ族の秘宝では……? 私が持っていてよろしいのですか?」
「そう数があるものではないが、扱いは私にゆだねられている。婚姻の証に一つ君に贈ったとて構いやしないよ。ミネルからも許可は得ているしね」

 困惑する私をよそに、彼の意識は戸口の方に向いていた。長い耳が緊張気味に持ち上がる。その頃になって私もようやく、外の喧騒に祝いの日には似合わない悲鳴が混じり始めていることに気が付いた。
 乱暴な足音が近づいてきて、戸布が乱暴に引き裂かれる。その隙間から背に矢の刺さった戦士が、膝から崩れ落ちるように転がり込んできた。

「ゲルドが来た! こっちが祝いだと分かってあいつら、攻めてきやがった!」

 その瞬間、私は婚礼の冠を放り投げた。
 重たく長い裾を両手で抱え込み、祝いの品々を飛び越えて走り出す。

「ソニア様!」

 ばあやの制止の声を悠長に聞いている暇はなかった。
 外はすでに血と煙の臭いが漂い始め、手負いの戦士に驚いた子供が泣き叫んでいる。
 私はすぅと息を吸うと、婚礼当日の花嫁とは思えぬような太い声を張り上げた。

「酒を飲んで寝ている男どもに水をかけてでも起こしなさい! 女子供は早く家へ!」

 私の声で女たちがまず正気に戻った。祝いの酒ですっかり出来上がっていた自分の亭主に水をかけ、子供たちを家々へ押し込む。それを見届ける前に、私は走り出した。

「蛮族どもめが、おのれ……!」

 藍色に染まり始めた夕暮れの空に、真っ黒な煙が立ち昇っている場所があった。あそこの下が戦場だ。おおよそどこから攻められているのかを理解すると、私は煌びやかな装飾を引き千切るように外し、投げ捨てながら走った。
 こんなものがあっては戦えない。
 私は台地の巫女だから、皆を護るために望まぬ婚姻も受け入れねばならないし、皆を護るために戦わねばならない。それなのにゲルドは今日が私の婚礼と知って攻め込んできたのだ。本末転倒過ぎる。

「よりによって今日攻めてくるのを、先読みできないなんて」

 自分のふがいなさに唇を噛んだが、それでも幼い私が戦士でもないのに戦場へと急ぐのは巫女だからだ。
 台地の巫女は時の先を読む。
 古の女神に由来する力が先々の大事なことは全て夢で知らせてくれた。ともすれば白昼夢として少し先の未来を知ることもあった。そうやって私たち台地のハイリア人は、ゲルドの侵略から大事な土地を長年護ってきた。
 それがいつのころからだったか、先の見通せないことが増えた。風の噂によると、女ばかりのゲルド族に生まれた男が、戦場に立ったと聞いたあたりからだったか。先代の巫女である私の母は、その男のゲルド族に殺された。まだ八つだった私はその時も先を読むことが出来なかった。
 私たちの女神から授かった力を、なぜかあのゲルドの男は打ち消してくる。
 それでも私には、女神しかすがるものがない。

「今でもいいから、お願いです。今から何が起こるのか教えて女神様……!」

 走り疲れて立ち止まり、木の幹にもたれて肩で息をする。走らなければ、早く戦線を維持している父や兄たちの元へ助けに行かねばと思うのに、重すぎる婚礼衣装ではもはや限界だった。
 涙ながらに祈りを捧げても、女神は答えない。未来を指し示してもくれない。いったい私に何が足りないのかと天を仰いだ拍子に、矢羽根が風を切る無数の音が聞こえた。

「あッ……!」

 木立の隙間から無数の矢が私目掛けて降り注いでくる。
 真っ白い矢羽根はマシロバトの風切り羽だ。マシロバトはゲルド高地かラネールにしかいない。私たちの矢ではない。台地の内側にまでゲルド族が入り込んでいる。
 瞬時に理解はできても、それ以上のことが私にはできなかった。
 避けることも、逃げることも、声をあげることすらできず、ただ鋭く尖った矢じりが自分目掛けて飛んでくるのを見ているだけ。ふと脳裏に浮かんだのは、母もこんなふうに死んだのだろうかという諦観だけだった。

「っ――――!!」

 咄嗟に顔を庇った腕は無力だ。
 ところがいくら待っても痛みが訪れない。

「……なん、で?」

 恐る恐る瞼を持ち上げると、目の前に私を狙う矢じりがずらりと並んでいた。
 まるで待てと言われた従順な猟犬のように、矢が私に狙いを定めたまま宙に浮いて止まっている。
 異様な光景に、ポカンとしてしまった。

「なに、これ……?」

 矢は落ちもせず、飛びもしない。見えない糸で縫い留められているみたいだ。
 なぜそうなったのか分からないまま周囲を見回すと、ゲルド族の射手達が木立から顔を覗かせていた。特有のフェイスマスクで表情は見えづらいが、私と同じように目を丸くしている。矢を射たのは彼らだが、矢を止めたのは彼らではないらしい。
 そのうちパラパラと小雨のような音を立てて矢は地面に落ちた。何事も無かったかのようにあたりは静まり返り、遠くに戦線の喧騒だけが聞こえる。私もゲルドの射手達も、あまりに奇妙な事態に戸惑って動けずにいた。
 そこへ大きな動物が草を掻き分けて来る音がして、ハッと身構える。
 だが灌木の間から転がり出たのは大きな耳の彼だった。手には私が外して放り投げてきた装飾品が握られていた。

「ラウル様?!」
「何も教えていないのに、秘石の力を引き出すなんてすごいな、ソニアは」

 深緑色の目を細めるので、ああ、この人はこう笑うのかと思った。戦場にはまるで似合わない、屈託のない笑顔だ。
 それがのっそりと私の方へと歩み寄ると、いきなり片手で私を担ぎ上げてくる。私がまだ子供なせいもあるが、ラウルは普通のハイリア人よりも大きいので抵抗はできない。まるで陶製の壺のように軽々と肩のあたりまで持ち上げられてしまった。

「なっ、なにをするの!」
「私はこういう時のために婚姻を結ばされたのだろう?」

 そう言ってゆったりと右手を前に、ゲルドの射手達に向けた。彼女たちの間に緊張が走るも、ラウルは全く意に介した様子はない。
 再び矢を番えようとする射手達など見もせずに、彼は担ぎ上げた私に笑いかけた。

「出来ているのだから必要はないかもしれないが、秘石の使い方を一度見ておくとよいかもしれぬ」

 言うや否や、彼の手から真昼のような光が放たれた。
 影をも吹き飛ばす光の塊は、さながら小さな太陽だ。あまりの眩しさに目を細めながら、でも必死に何が起こるのかを見届ける。
 ラウルの手から放たれた光は束となり、触れたものを焼き溶かした。燃えるのではない。私の耳を飾るガラス細工と同じように、高温に熱されて地面が焼け溶けていく。
 それがゲルド族の一団の間を流れ星のように突き抜けて、遠い崖に当たって崖の先端を崩した。

「なんてこと……」

 ゲルドの射手達が戦意を喪失したのは言うまでもない。私も抱えられていなかったらその場に崩れ落ちていただろう。思わずもっふりとした毛を鷲掴みにしてしまった。
 誰もが欲しがる秘石の力がどれほどのものなのか、実は少々疑わしいと思っていた。得体のしれぬ神の末裔を自陣営に加えるために自分の婚姻が利用されるなんて、腹正しいとさえ思っていた。
 でもガラガラと音を立てて崩れ落ちる崖を見れば、この婚姻は間違っていないと確信が持てる。秘石を持つラウルが剣や槍でどうこうできる相手ではないことは、幼子でも分かるだろう。

「ひとまずこんなところか。まぁ追々練習すればよい」

 造作もなく微笑んだ私の夫は、あるいはこの秘石はとんでもない戦力だ。誰もが喉から手が出るほど欲しがるのは当たり前だ。
 それと同等のものが自分の胸を飾っていることに、一種の恐怖すら感じる。

「貴方は……」
「ん?」

 己が胸元を飾る黄金の秘石を撫でながら、私は言葉に詰まった。
 助けてもらった礼を言わねばと思うのに、それを遥かに上回る胸の高鳴りで言葉が上手く紡げないでいる。
 ラウルの途方もない力を我が一族に貸してもらえるのなら、私一人の人生を捧げることなど造作でもない。彼が秘石の力を振えば、間違いなく台地はゲルドの侵略から護られることだろう。それどころか砂漠を併呑できるかもしれない。
 あるいは長らく分断が続くハイリア人の統一だって、いや……、ハイリア人だけではない。それ以外の全ての種族たちだって――。
 遥か古の時代以来、誰も成しえていないハイラル統一の可能性が、いま私を担ぎ上げている。こんなに気持ちが浮つくのは初めてのことだった。
 どうしましょう、どうやってこの胸の高鳴りを彼に伝えたらいいのだろう。私はとんでもない人を夫にしたのだわ!
 そんな夢心地を口にしようとした瞬間、ラウルの発した言葉で冷や水を頭から被ったように目が覚めた。

「さてそなたたちは、砂漠へ帰るよう、仲間に申し伝えよ。今夜は祝いなのだ、出直すと良い」

 さっさと手を振って、なんとラウルはゲルドの射手達を追い払ってしまった。しかも這う這うの体で逃げていく彼女たちをよく見れば、誰一人として傷を負っていない。

「えぇ?!」
「どうした? 戦線の方もどうやら決着がついたようだが、今からでも行くかい?」

 

 一人も敵を倒していない。それどころか無傷で砂漠へ返してしまった。
 敵は減らさなければ意味が無いじゃないの!
 前言撤回。私はとんでもない人を夫にしてしまったようだ、もちろん悪い方の意味で。

「あ、あなたは、私の父にゲルドとの戦で助力を乞われた代わりに、私を妻に娶ったのでは?!」
「いいや?」
「えぇ?!」

 声をひっくり返すほど驚く私をよそに、ラウルは肩で大きく息を吐いて歩き出した。
 元来た道を戻るようだ。

「私は助力の見返りなどそもそも要らないと言ったんだ。しかしそれでは一方的に私の庇護を受けるようなものだから認められないと、君の父上が譲らなかったんだよ。だから戦の手伝いはするつもりだがあまり相手を殺したくはないし、なにより君についてはどうしたらいいのか、ほとほと困っている……」
「ラウル様は、私などおらずとも、砂漠の蛮族と戦ってくださるということ……?」
「私の力でどうにかなるのならば、断る理由はないな。それで助かる命があるんだろう? ならば対価を要求するほどのことじゃない。それどころか妻なんて……はぁ」

 だからずっとため息を吐いていたのだと、ようやく理解した。すっとぼけた横顔には「君たちが心底分からないよ」と書かれている。
 しかしながらこちらとしては、それこそ「分からないよ」だ。
 砂漠のゲルド族のみならず、ハイリア人同士でも集団が異なれば諍いが起こることもある。そういった情勢を理解している者なら、ゾナウ族の強大な力は喉から手が出るほど欲しい。
 それを見返りも何もなくどうにかしてくれるなんて、もしかしてこの人は神か?

「あ、ああ……、そっか」

 ラウルはやはり、れっきとした神の末裔なのだ。
 要は私たちハイリア人を同等の存在としては見ていない。確かに片手で放つ光だけで崖を崩せるような人だ。遥かに劣る私たちハイリア人に求める物などないだろう。
 かといって見下しているわけでもない。助けを求める幼子に手を貸して、見返りを求める大人がいないのと一緒だ。

「どうしたんだい?」
「いえ、ちょっと驚いてしまったもので」
「……私は、そんなに変だろうか?」

 変と言い切ってしまうのは容易い。だがあえて言うのなら、彼と私たちは物事を判断する物差しが違うのだと思った。
 この人をハイリア人の考え方に則って表現するなら、『お人よし』とでも言うのだろうか。考えの根っこが安直でお気楽で、善人すぎて物事の裏側を想像しない。よしんば悪意を向けられたとしても、強大な力でいともたやすくねじ伏せてしまう。そんな己の価値をまるで理解していない『お人よし』。
 尊く賢いゾナウ族という触れ込みだが、もしやこの人は、力こそあるが人界においては飛び切りの阿呆なのではないか――。

「私たちハイリア人とラウル様は、だいぶ感覚が違うのだと思います」

 我ながら咄嗟に上手い言い回しができたと思った。

「そうかな? うーん、まぁそうかもしれないねぇ」

 心地よい夜風に、彼は気持ちよさそうに耳をそよがせていた。
 このまま穏便に事を運べば、砂漠のゲルド族との戦に引き続きラウルを巻き込むことはそう難しいことではない。私が妻として酷い振る舞いをしない限りは大丈夫なはずだ。
 腹を立て、腹をくくり、嫁いだというのに、ずいぶんな肩透かしを食らった気分だった。

「まぁそういうわけだから、私がソニアに何を望むことは実は特にないんだ。だから好きに振舞ってくれればいい。様付けもしなくていい」
「そうなのですか?」
「私もその方が気楽でいいんだよ」

 結局その夜、私は広い寝台を一人占めすることになった。
 何だ、あの男は。
 言葉を違える気がないのならば、きっと次の戦にも出てくれるのだろう。嘘が吐けるような器用さがあるとも思えない。
 だとしたら嫁に出された私って何なのかしら。いったいこれから何をすればいいのかしら。ラウルの力どころか、まさかまさか秘石まで手に入れてしまった私の意味って?
 ぐるぐると考えごとをしながら、私は首飾りの秘石を指先で撫でた。
 咄嗟に一度時を止めることが出来たが、同じことをしようにも成功しなかった。どうやら練習が必要なようだ。
 だからこそ。

「彼の力を上手く使わなければ……」

 問題はいつ、どうやって使わせるかだ。途方もない可能性を得たことに、胸が躍る。
 初夜に放っておかれた花嫁とは思えないほど満面の笑みで、私はひとりで床に就いた。