もはや片方だけになった瞳が、次第に空に晴れ間が戻ってくるのをとらえた。それも次第にかすんで見えなくなっていく。かろうじて最後に見えたのは、暗雲が細く切れ、吹き飛んでいくところだった。
同時に本丸の方から清澄な風が吹いてくる。
「間に合ったようだな」
よかった。本当に良かった。
最後の手柄は本物の勇者に譲ることになったが、目的が達成されたのならばそれでいい。そもそもこれが、厄災討伐のあるべき形なのだ。
人形の代役で封じられるほど、厄災討伐は甘くない。それは私を作った古代シーカー族の彼女も理解はしていたはずだ。そえでも打てる手は全て打っておきたかったのだろう。
私が作られた時代は厄災の余波で焼け野原だった。
「今回はあそこまでにはなるまい」
人は歩みを止めないが、あの焼け野原から家を作り、町を戻すのは大変なことだ。そうならないための保険ならばいくらあっても不足はない。
その考えのもと作られた私は、確かに役割を果たしたと言えるだろう。少々胸を張っても罰は当たらないはずだ。
「でももう、眠い……」
不思議と眠っていた何万年もの年月よりも、起きてからの十五年の年月の方が長く感じられた。フィローネの樹海で目覚めてから、人間の振りとして寝たふりはしたことがあったが、実際には一睡もしていないのだ。疲れは知らないが、もういい加減、眠らせてもらってもいいと思う。
でも眠るのならばもっと温かな場所だと嬉しいなと思った。
自分でもそんな図々しい考えを持つことに驚いていたが、もし許されるのならば柔らかく温かな場所で眠りにつきたかった。
「リンク……!」
目はもう見えない。
音だけがかすかに聞こえる。姫様の声だ。それから軽い足音がもう一つするので、たぶんあの小さな勇者も隣にいるのだろう。
ご無事だったことに安堵すると、さらに私の意識は混濁していった。
ふわりと体が浮くような感じがして、体が温かな何かに包まれた。嗚呼とむせび泣く姫様の声が、目と鼻の先で聞こえた。
「ありがとうございます。どうか、安らかに眠って」
貴女がそうおっしゃるのならばそうしよう。
だがもし、私を起こすべき時が来たのならば、その時は躊躇なく起こしていただきたい。それまでしばし休ませてもらいます。
私は穏やかに凪いだ心持で、ゆっくりと意識を手放した。