その裸リボンに訳はあるのか - 2/2

「お待たせしました! 遅れてすいま……あら?」

 息を切らして避難壕に入ってきたゼルダの手には、色とりどりのおにぎりが入った弁当箱があった。
 彼女は、様々なお願いをいろんな人にしてしまってから気づいたのである。
 
――皆さんにお願いするばかりで、私自身は何もしていないではありませんか……!

 もちろんみんな快く引き受けてくれたし、永らく白龍として頑張ったのだから少しは人に甘えなさいとプルアなどには言われていた。だがそれはそれ、これはこれ。あまりにも無節操にお願いを言い過ぎた気が、今朝になってしたのだ。
 そう、寝ぼけたままリンクの前で例のお願いを口に出してしまい、はっきりと覚醒した後になって蒼白になったのである。
 そこでゼルダ自身も何か準備をしようと考え、最初は今のところ成功が比較的確実視される卵焼きを作ろうとした。しかしなぜか一つも卵はなかった。リンクが使ってしまったのかもしれない。
 そこで次点の成功率が高いおにぎりに少々アレンジを加えて作成したのが、この色とりどりのおにぎりであった。普通の白い物からキノコや海鮮の入ったもの、あるいは紫や青黒いものまである。形は不格好だし、加減が分からずギュウギュウに握り締めたのでなかなかの硬度だが、食べられるものしか入れたつもりはないので、あくまでも食べられる範疇のものが生成されていると推測される。
 それが完成したのがつい先ほど。すでに約束の時間はとうの昔に過ぎていて、慌てて走ってきたというわけだ。
 ところがなぜか、避難壕にはリンクしかいない。
 しかも彼は裸に緑と赤のつやつやとした幅広のリボンで体にぐるぐる巻きにしていた。

「皆さんはまだいらしてないのですか? というか、リンクその恰好は……、その……?」
「これは裸リボンというやつです」

 そうですね、とゼルダは頷いた。
 確かにリンクの言う通り、彼の今の姿は世にいう裸リボンである。間違いない。

「どこからどう見ても立派な裸リボンです。……私、生まれてこの方、裸リボンを実際に行っている人は初めて見ました」
「俺もです」
「撮っておいても?」
「ご希望とあらば」

 ありがとうと一つお礼を言って、机の上に置いてあったプルアパッドを手に取った。ウツシエを起動させて、前から後ろから撮っておく。なにせ裸リボンなどそうそう見られるものではない。もしも何かの拍子に裸リボンの挿絵入りの書物を書くことになったら、貴重な作画資料になるかもしれないのだ。
 だがプルアパッドがここにあるということは、プルアがここに来たということでもあった。しかも卓上は閑散としていて、何かが汁のようなものが零れた跡だけが残っている。それはつまり、ここにあった料理が何らかの理由で移動したのだ。
 ただ、何が起こったのかは全く見当がつかず、ゼルダはきょとんとする。するとリンクは空いた右手で椅子をひいて、どうぞと席を進めた。

「みんなは姫様が俺のリボンを解くのをはばかって、先にプルアさんの研究室で始めているそうです」
「リボンを解く? 私がこのリボンを引っ張っていいのですか?」
「もちろん、そのために巻きました」

 緩やかなカーブを描く赤と緑のリボンの端を、こわごわとゼルダが触る。以外にしっかりとした生地で、これを思いっきり引っ張って解いたらさぞかし気分がよいことだろう。
 しかしリボンを解いたとき、果たしてリンクはどうなるのか。たどり着いた想像図に思わず顔を赤らめて、ゼルダはぶんぶんと首を横に振った。

「そ、そんな! 引っ張れません!」
「ではなぜ俺にリボンを巻いておくようにおっしゃられたのです?」

 「へ!?」と、声が裏返る。
 全く身に覚えのないことだった。

「リボンを巻くようにと? 私が?!」
「今朝起こしに行った際に、『リボン巻いておいてください』とおっしゃられたではないですか」
「そんなことは、言った覚えありませんが……?」
「えぇ……?」

 リンクもまた、驚いたように青い目を見開く。一緒になってリボンがふわんと揺れた。
 だがこれについてはゼルダも正真正銘、本気で身に覚えがない。親しい間柄とはいえ、さすがに裸リボンを所望するなんて大それた真似はできない。
 できないのだが、予想外の心当たりが一つだけあって、まさかと思いながら今朝むにゃむにゃと寝ぼけながら口走った言葉をつぶやく。

「あの……、朝のあれは『シフォン焼いておいてください』と言った記憶は、ありますが……」
「し、ふぉん?」
「以前リンクが作ってくれたふわふわの、シフォンというケーキ……とっても、美味しかったから……つい……」

 シフォン焼いておいてください。
 リボン巻いておいてください。
 見事に母音は一致していた。
 たくさん卵を使うからめったなことでは焼けませんよと言われたのに、あまりのおいしさに夢にまで見てしまい、寝ぼけながらついお願いしてしまった。そんな自分を恥じたのが今日午前のこと。急ぎ各種おにぎりを頑張って作ってきたのだが、リンクはリボンを巻いて待っていた。
 これが全て聞き間違いによるものだったとは、女神だって予想できまい。ただ、聞き間違えた本人は、唇を噛んでうつむいてしまった。
 どう考えたって、この状態で小一時間いたのだろう。雪山でパンツ一丁になるような人なので風邪についてはゼルダも心配していないが、羞恥心に関してはその限りではない。
 案の定、青い瞳がうるうるとし始めた。

「姫様が、むにゃむにゃ言うから……」
「それについては本当に、本当にすいませんでした! ともかくそのリボンを解いて、着替えをしたら行きましょう。みんなの誤解を解かねば……!」

 きっといろんな人にちらちらと見られ、しかしゼルダの願いなら致し方なしと耐えていたに違いない。その心境は察するに有り余る辱めを受けたも同然だ。羞恥を隠してやり通してしまうリンクもリンクだが。
 ともかく何か覆うものがないかとあたりを見回し、ゼルダはベッドの毛布を取りに立とうとした。その手をリンクが力強くつかむ。一刻も早く隠してあげたいのに、当人がそれを遮るとは何事か。

「ところで姫様、これ食べたいですか?」
「え?」

 振り向き、目を疑う。
 一つ残された皿の覆いをリンクが取り払うと、そこには夢にまでみたシフォンケーキが乗っていた。
 訳が分からない。
 だってリンクは聞き間違いをして、裸リボンでずっとゼルダを待っていたはずだ。それなのになぜシフォンケーキがあるのか。偶然? たまたま?
 いいや、そんなはずはない、とゼルダは目を見開いた。

「聞き間違いをしていたんじゃないんですか?!」

 悲鳴のようなゼルダの声に、リンクはにこりとしただけで答えなかった。
 それどころか面白そうに口角を上げ、肩口にある大きな蝶々結びの端をふりふりと振ったのだ。

「ああでも、食べたかったらここを一思いに引っ張ってください」
「そ、そ、そんなことをしたら、リンクが、はっ、裸に!」
「ですがリボンを解かないと、ナイフが手から取れないので切り分けられませんよ」

 先ほどまで羞恥に頬を染めて、涙目になっていたはずの彼はどこにもいない。ゼルダの目の前にいるのは、リボンを解いてもらうのを今や遅しと待ち構えている彼だけだ。

――どうしてこんなことを?!

 理解及ばず、ゼルダは酸欠の魚みたいに口をパクパクさせる。すると声には出していないのに、まるで心を読んだかのようにリンクは目を細めた。

「姫様がいろんな人を頼るようになったのは良いことだと思います。……でも俺に余力を残しておくと厄介だって、ご理解いただけました?」

 そう言って、裸リボンの彼はぞっとするほど可愛らしく笑って見せたのだ。

 

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