五人目の同僚

 箱の中にニーニーと鳴く小さな動物が全部で5匹。それからお母さんが1匹。色は白地に灰色のぶち模様が2、茶色いとらじまが2、真っ白が1だった。

「かっわいい、ですっ……」

 可愛いのは貴女の方でしょうという言葉を飲み込んで、俺はゼルダの背後から猫たちの入った箱を覗き込んだ。マンサクの家の屋根裏で生まれたという子猫は、まだ耳が立ち上がらずに横を向いていて、毛もタンポポの綿毛みたいに立っている。お母さん猫のお腹のあたりにくっついて、そろそろ午後の昼寝の時間のようだ。

「リンク、かわいいです」

「そうですね、……お団子みたいで」

 白黒はごまあん、茶色はみたらし団子かな。でも小さくて食べでが無さそうだなぁと考えていたら、母猫の目つきが鋭くなったので目をそらした。

「1匹貰ってくれないか、美しいお嬢さん」

「え、いいんですか!」

 ハテノ村の端にある家の主がちゃんと俺の方だと分かっていて、マンサクはゼルダに向かってしゃべる。失礼な奴だと思いながらも、すでに彼女は目の前の小動物にメロメロな様子だった。

 ちらちらとこちらを伺う新緑色の瞳に、溢れんばかりの期待がキラキラしている。これで駄目と言える男がいるのならば会ってみたい。

「いいですが、その代わりお世話があるから遠出はできなくなりますよ?」

「それは、困りますね」

「そういう時はウチで預かってやるよ」

 マンサクがどやっとキメ顔をしてみせると、ゼルダが嬉しそうにぴょんと飛び上がった。しょうがない。これは決まりだな、とゼルダに決定権を委ねた。

 そこから、5匹の中からどの子を選ぶかというのが大変だった。

 体格は同じぐらいで、まだ小さいので雄雌の判断はつかない。母猫の方も子供を触ろうとすると怒るので、丸まったりコロコロ動く以外に子猫をよく見る術がない。

 眺めて考えているうちに、一匹の子猫の長い尻尾がぴんと上がった。

「しっぽがしましまです! この子がいいです!」

 真っ白だと思っていた子猫は、実は尻尾だけ縞々の模様が入っていた。

 もう少し大きくなって離乳した辺りでもう一度貰いに来る約束をして、その日は家に帰った。帰る間もゼルダは子猫に夢中だった。

 母猫の目を盗んで人差し指だけ入れてみた感触、小さいのピンク色の肉球が見えたところ、ぴんと立った尻尾の可愛らしいこと。興奮した様子で今日出会った毛玉のことをしゃべり続けるので足元もおぼつかなくて、慌てて手を取って自分の腕に導いた。

「お名前はしましまの尻尾だからシマちゃんでいいですか?」

「ゼルダのお好きに」

「んもう、家族になるんですよ? リンクも真面目に考えてください」

 家族かぁと夕方の空を見上げた。ゼルダがカカリコ村からハテノ村の俺の家へ、居を移してからだいぶ経つ。以前の主従の関係ではなく、一応恋人として、あるいは家族として今は傍にいる。でもまだ二人。

 いずれ子供が欲しいなとぼんやりは考えていたけれど、まさかその前に猫が来るとは思わなかった。

 でもそれでもいいかなと思う。元々動物は嫌いではなかったし、猫はネズミを捕ってくれる益獣。きっとゼルダが大事にしている書物が齧られることも少なくなるだろう。

「でももうゼルダの中では名前はシマに決まっているのでしょう?」

「いいですか?」

「いいですよ。それよりも新しい家族のために準備しておかないと」

 シマが寝られるように古布を敷きこんだ寝床を作り、餌用と水用のそれぞれの器を準備した。それから2カ月ぐらいたって迎えたシマは、アーモンド色をした目がくりくり動くやんちゃな子猫に育っていた。横に寝ていた耳も元気よくピンと立って、気になるものがあるとシュタタっと軽快に駆けていき、背中を丸めて毛を逆立てて必死な顔で威嚇する。

 育ってから確認したら男の子だとかで、おそるおそる後ろから尻尾の間を見てみたら既視感のある丸い袋が2つ付いていた。そんな部分までふわふわの毛におおわれているので、自分のグロテスクなアレとは比較にもならないが、同じ性別なのかと思えば不思議と親近感も湧く。

「よろしくな、シマ」

 人差し指を向けたら匂いを嗅いでから額をこすり付けてくれたので、これで家族として認めてもらえたかなとちょっと嬉しくなった。

 でもその日からゼルダは変わってしまった。

 何かにつけてシマが優先で、俺は二の次三の次。しかもシマの方も分かっていて、どこへ行くにもゼルダの足元について回った。本来ならその位置は俺の場所なのにと隠れて睨むと、キリっとやんちゃな顔をしていっちょ前にガンを飛ばされる。

 まだまだ子猫だから遊ぶのも大好きで、暇さえあればゼルダはリボンを振って遊んであげていた。おかげでのんびりと語らう時間もない。シマの遊び相手をしている、片手間でしか話をしてくれない。

 本を読むときにまでシマを膝に乗せているし、シマの方もまんざらでもなさそうに柔らかい膝の上で丸くなっている。しかもひざの上で前足をもみもみ、挙句ちゅうちゅうと吸い出すのだからやってられない。あの膝は俺のものだったはずなのに。

「シマ、年功序列って知ってるか」

 とっつかまえてほっぺたをもみくちゃにする。

「ニャァ」

「リンク、シマちゃんをいじめないでくださいね」

「……はい」

「ニャァァァン」

 一番許せなかったのは寝床にまで入り込んできたこと。お前の寝床は作ってやっただろうと、何度箱に戻してもソロリソロリと足音を立ててゼルダの首筋のところに丸くなりに来る。俺でもなかなか気が付かないぐらい気配の消し方が上手い。しかも俺の首筋のところには来ない、必ずゼルダの方へ行く。

「ゼルダ」

「ああ、だめです、シマちゃんが起きちゃいます」

「……ねぇ」

「ふふふ、ふわふわ。いい夢が見られそうです、おやすみなさいリンク」

 俺のゼルダがどんどんシマのゼルダになっていく。せめてベッドの中ぐらい2人っきりにさせてほしいのに、シマは我が物顔でゼルダの首筋のところに丸くなる。

 さらに朝。

「ニャー」

「しーまー……」

 起こしに来るのは俺の方。絶対にゼルダの方にはいかない。

 くすぐったい前足が俺の耳をちょいちょいとやって、髭がちくちく、しっとりした鼻先が髪の生え際に冷たい。抱きかかえて寝ていたゼルダを起こしたくなくて、自分も起きたくなくてシマの声を無視する。しばらく耐えているとシマの気配が消えたので、諦めたかなとホッともうひと眠りしようかと思った。

 のだが。

「いてっ」

 足を噛まれた。

 がぶっとではなくて、牙を当てるだけの甘噛み。でも確実に俺の足だけ狙ってやっている。布団の中に足を隠すと今度は爪の出た前足で俺の足をカリカリ、それでも起きないと布団の中に入ってきてまで俺の足を噛んだ。

「シマ!」

「リンク、どうしたんですか」

「シマが噛むんです」

 柔らかい朝の余韻などなく、手を伸ばして悪戯子猫の首筋をむんずと掴んだ。

 少し乱暴にゆずぶって、怖い顔をわざと作って、「こら」と声を低くする。ところがゼルダがかわいそうとシマを抱きかかえてしまう。

「子猫だから、いいことも悪いこともまだ分からないんです。そんな乱暴はしないでください」

 子猫は首筋を掴むものなんですよ、とはいえず。情けないけれども「はい」とうなだれた。

 でも決めた。

 シマは家族じゃない、ライバルだ。ゼルダを奪い合う相手なのだ。

「今に見てろよ」

 水で戻しておいた干し肉をあげて、器の水を新しく替える。そうやってお世話されているだけのお前と違って、俺はゼルダのために働けるんだからな、と心の中で悪態をついた。

 それに俺は100年も前から狙っていたんだ。2カ月ちょっと前に生まれたばっかりのお前とは年季が違う。分かったら降参しろとこっそり言ってみたけれど、シマは一向に気にした様子はなかった。

 ふわふわの愛くるしい表情ですり寄って、時に素足のゼルダの足に絡みつく。しかも猫なで声って本当にあったんだー?!と分かるぐらい、俺とゼルダのそれぞれに対する態度が違う。ワントーンぐらい声が違う。解せぬ。

 でもご飯の世話はもっぱら俺らしく、足首の危ないところに牙を当てる。相当に賢いやつだ。相手にとって不足はない。これでも100年前は近衛騎士をやっていたのだし、100年経ってだいぶ記憶が無くなってはいたけど厄災だって倒した。俺は強い、大丈夫。こんなチビなフワフワには負けない。

 そう思って自尊心を保っていた。

「見てくださいリンク! シマちゃんがネズミを捕ってくれたんです!」

 死んだネズミを事も無げに持ち上げるお姫様もどうかとは思います。でもその時のシマの得意げな顔が頭について離れなかった。

「シマちゃんは素晴らしい猫ですね。こんな小さいのに、ちゃんとネズミの取り方を知っているんですもの。穀物や書物を齧ってしまうネズミから私たちを守ってくれているんです」

 俺だって。

 俺だってネズミぐらい捕れます。何なら鹿でも熊でも猪でも、山のヌシでもご覧に入れます。シマに捕れるのはせいぜいナミバトぐらいまででしょうと声高に主張したい。でも俺は褒めてもらえない、褒められるのはシマばかり。耳があったなら多分しょぼんと垂れていた。

 俺は多分、気質的には犬なんだと思う。ご主人役であるゼルダに褒められると嬉しい。

 でも猫のシマはそのさらに上を行く。犬が猫に勝てない運命でも仕組まれているんだろうかと、女神に伺いを立てたくなるぐらいだ。

 もしかしてあれですか、女神は猫派ですか。

「それにね、シマちゃんは人間の食べ物は絶対に取らないんですよ。賢いですね」

 俺も取らないですよ。

 俺も人のものは取らない……。いや、ボコブリンから馬とか焼きケモノ肉はぶんどったことあるな。でもあれは人じゃないからいいか。

 いや、でもはじまりの大地で焼きリンゴ取ろうとして怒られたな。あれも記憶がなかったからノーカンにしてくれないかな。

 だめだ。

 シマに勝てる気がしない。厄災には勝ったのに、俺は猫に負けるのか?

 半ば絶望していたある日、ゼルダが一日留守にしたいのだが、と話を振って来た。プルアと一緒にウオトリー村まで遊びに行くという。インパとパーヤも現地集合するそうで、一種の女子会のようなものだろう。年齢層が若干高めの、と言ったらインパに怒られるやつだ。

「シマちゃんと二人っきりになっちゃいますが、お世話お願いしてもいいですか?」

「大丈夫です、任せて下さい」

 ご飯と水と糞の始末は俺の世話で、ゼルダはおやつと遊びとブラッシング。シマはちゃんと二人の人間をいい様に使い分けている。

 だが2人っきりになれば、その限りではない。俺という男に頼らねば、おやつも貰えず、ブラッシングもしてもらえない、遊び相手もいないのだ。

「やけに、楽しそうですね……?」

「そんなことはありません」

「私だけで出かけると寂しそうにするのに」

「寂しいですがシマと2人っきりですからね。いい機会なので男同士、腹を割って話をしたいと思います」

 大丈夫ですかリンク、と困惑したゼルダを見送り、俺は早速シマと対峙した。

「噛んだらご飯あげな……、減らすからな」

 シマはいつもの可愛らしい顔をきゅっとひきしめて、俺のことを睨んでいた。昼間はずっとつかず離れずで、シマの方も俺を警戒していた。ぴりぴりと緊張が走る。

 だが、やはりシマはまだ子猫だったから、たまらず遊びたくなったのか俺の足に飛びついてきた。仕掛けてきたのはお前の方だからな!とニンマリ笑って、いつも遊んでいるリボンにどんぐりで重石をつけて、家の梁の高いところに投げ込んでやった。唖然とする奴の目の前で。

「取れるもんなら取ってみろ」

 ゼルダが居たらこんないじわるは絶対にできない。以前みたいに、ガノンの中から俺の行動を見ていた時でもおそらくできなかった。

 封印の力が消えたと言っていたけれど、よかった。たまにはこういうこともさせてくださいと女神に懺悔しながら笑った。

 でもシマは高いところでひらひらしているお気に入りのリボンに焦点を合わせていた。姿勢を低くして、お尻をふりふり、距離を確かめて垂直にパァンとはじけ飛ぶ。びっくりするぐらいの垂直飛び。いったい身長の何倍飛んだ?

 さすがの俺でもそんなに飛べないと思っていたら、立派な長いひげをふわっと開いて胸を張ったシマがリボンを咥えてトトンと降りて来た。

 俺は負けた。悔しくてその晩は、枕を涙で濡らした。

「ゼルダ、会いたい……」

 1人で寝るベッドは広すぎて寒い。シマもゼルダが居ないのが分かっていて来ない。

 1泊2日だから明日には帰ってくる。でも俺は今、敗北に折れた心に優しく触れて欲しかった。

 記憶が戻らないうちから、いつもそばに寄り添ってくれる気配に安堵していた。厄災を倒してから後、少し距離が開いた時期もあったけれど、今はこうして一番近くにいてくれる。大好きなあの人が、今日という日にいない悲しさ。

「ゼルダ……」

 珍しく寝付けなくて寝がえりを打っていた。そのベッドの端にストンと重みがかかる。月影にぴんと耳が二つ、双子山みたいにみえた。

「シマ」

 クルルルルと喉を鳴らしながら、シマは俺の腹の上を歩き回った。それからもちもちと前足を踏みしめて、しばらくすると満足したのか腹の上で丸くなる。ものすごく暖かい。

「せめて首のところ来てくれよ」

 言ったけど、聞こえていないのかシマはそのまま寝てしまった。しょうがないのでシマをお腹の上に乗せたまま寝ることにした。

 次ぐ日の午後に帰って来たゼルダは開口一番「楽しかったです!」とのことで、楽しめたのならよかったねとシマと顔を見合わせた。お土産はヤシの実とお魚ですと差し出され、今日の晩御飯は山海焼きにしようかなと腕組みをする。

「そうそう、シマちゃんにもお土産があるんですよ!」

 ごそごそと荷物の中から取り出したのは青い首輪だった。

 青。

 そうか、お前も姫様の手ずから青を賜るんだな。

 すでに100年も昔に頂いているので羨ましいわけではない。だが、そうか。ゼルダにとってシマと俺は同格なのだ。同じ青を身に付けて良いと言われるほどに、こいつは有能な奴なのだ。

 もう認めよう。たしかに垂直飛びで身長の倍は俺も飛べない。それができるシマはすごい。すごいから、せめて朝は足を噛まないでほしいし、毎晩とは言わないがたまにはベッドで2人っきりにしてくれと願う。

 鈴付きの青い首輪をつけたシマはどこか誇らしげだった。ゼルダはとても喜んで、何度もウツシエに収めて可愛い可愛いと目を細めていた。

 ところがそれがゼルダの探求心に火を付けてしまった。

「できました、新作です!」

 首輪が似合うと分かって以来、ゼルダはシマに様々な首輪を作り始めた。最初は刺繍をする程度だったのだが、次第にリボンやフリルが付いて、最近では付属品として帽子まで付く。気に入った色の布がないと、自分で材料を集めて東風屋まで布を染めに行くほど。

 今回の作品は濃紺と臙脂の布をあしらって、縁取りと刺繍は金。どこかで見たことがあるなと首をかしげる。なんだろう、この、よく見知った感じ。思ったらセットの帽子を見て分かった。

「近衛兵の服……」

「お揃いですよ」

 すでに俺の近衛の装備を引っ張り出してきていた。しょうがないので着たら、その頃には帽子と首輪をつけたシマが悄然と尻尾を垂れていた。

「2人ともいい顔をしてください。はい、チェッキー!」

 ニコニコしながらゼルダはウツシエを撮る。これが毎回。

 ゼルダが楽しそうだから止めないが、シマは実は帽子があまり好きじゃない。でもゼルダが喜んでいるのが分かっているのか、耳をピピピと震わせてかすかに抵抗するだけ。非常に賢いやつだ。

「シマも苦労するね」

「ニャア」

 抱っこしたそいつは、俺と同じ英傑の青をもらった猫。しかし厄災無き現在、さしずめゼルダ姫を甘やかす同僚だった。

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