その裸リボンに訳はあるのか - 1/2

 ルージュは少なくとも三度見した。
 なぜならリンクが裸にリボンを巻いて座っていたからである。監視砦の避難壕のことであった。

「なっ……、は……?」

 ゲルドの長たる者、ヴォーイの裸リボンの一つや二つや三つや四つ、どんと構えて受け入れねばならぬ。――などという話は、あのウルボザの日記の中にも書かれていない。
 しかし事実として、ハイラルで一番強いヴォーイが、神妙な面持ちでリボンを巻いて座っているのである。
 鍛え抜かれた傷だらけの身体に、リボンである。赤と緑の幅の広いサテンリボンだ。赤と緑の取り合わせに、黄金色の髪がよく映えていた。

――映えの問題ではなくてだな!

 驚愕に声を失ったまま、かろうじてルージュは心の中で突っ込みを入れた。
 繰り返すが裸リボンである。
 まさか意味の無い行為などというはずがない、……と思いたいのだが、残念ながらそうとも言い切れないのがリンクだ。立てばパンイチ、座れば近衛、走る姿は女装癖とは、誰が言ったかハイラルの勇者のことである。これは言わば、何をしでかすか分からないリンクという青年を形容した言葉である。
 しかし普通に、ごくごく当たり前に順序だって考えれば、さすがの彼でも裸リボンにはきっと何か深い意味があるに違いない。ならばその深い理由とはいったい……。

「ルージュが一番乗り?」

 思わず腕組みをして考え込みそうになったルージュの頭上に、明るい声が降ってきた。ハッと上を向くと、監視砦の避難壕の丸穴に白い飾り羽が見えた。チューリだった。
 そののんきそうな顔を見て、ルージュは我に返る。どうして避難壕へ来たのか、その理由を思い出した。
 実は今日これから宴会があるのだ。
 時間は夕刻より、発起人はゼルダ、集まるのは賢者たち4人とゼルダとリンク、そしてプルア。魔王を倒し、ミネルが天へと旅立ったのち、一息ついた祝いに皆で集まろうという趣旨だった。だから夕日が赤々と焼ける時刻ともなれば、チューリではなくとも、誰かしら訪ねてくるのは当たり前と言えよう。
 ただ今のリンクは、唯一未成年のチューリの目に入れるのには大変差し障りがある格好だ。表情だけは大抵まっとうを装っている男が一人、全裸にリボンをぐるぐる巻きにしているのだ。むしろ全身で差し障りを表現している。
 今日も今日とて顔だけは文句なしに良いのに、肩口には綺麗なリボンをこさえている。いったいどこでラッピングの技術を学んだのか、それとも百年前のハイラル城勤務の近衛騎士ならできて当たり前なのか、見事なダブル蝶々結びだった。かわいい。
 そういったもろもろのせいで、ルージュは思わず鋭く叫んでしまった。

「チューリ! だめだ、こちらへ来てはならぬ!」

 その声が存外切迫しすぎていた。
 チューリは幼いながらも一人前の戦士だ。ルージュの声色から危機感を察知した彼は、逆にするりと入ってきてしまった。
 そうしてルージュ同様、長椅子に鎮座したリンクを見つけて目を丸くした。

「り、リン……むぐっ!」

 慌ててそのくちばしの上と下とを掴んで押し付ける。こうすればリト族は話ができない。
 迷惑そうに首を振るチューリに対し、ルージュは鬼気迫る表情で詰め寄った。

「声をかけるな! あやつ、何か必死で考えておるであろう?! さすがにパンイチ顔パスのヴォーイとはいえ、裸リボンは非常事態だ! 何かのっぴきならない事情があるに違いない」
「そ、そうなの? そ、そうだね?!」

 本当のところがどうなのかは分からない。
 だが彼が座る卓は、山盛りの山海焼きと蒸し焼き果実、いつもより倍大きいトマトピザにハテノチーズの盛り合わせ、あげバナナとトリ肉オイル揚げを並べた完全に『呑み』を想定した布陣だ。そんなワクワクな予感を前にして、近年まれにみる真面目な顔をした大の男が、理由なく裸リボンで何をか待っている方がよほど難しい。むしろこれだけの食事を準備したのは当然リンクなのだろうし、どんな気分で準備した食事を前にリボンを巻き付けたのかは想像を絶する。
 無論、彼の性格上、何の理由もなく『ただやってみたかった』とかいう理由でやっている可能性はいまだ否定しきれない。が、少なくともルージュとチューリには訳なく裸リボンをする(百)二十ン歳成年ハイリア人の思考回路は理解できなかった。
 ゆえに二人は、宴会とは関係なくその場で働く者たちに交じって、顔を見合わせひそひそと小声で話し合う。

「どどどどどどうしたらいいの?!」
「それはわらわが聞きたい! チューリは同じヴォーイであろう、何か心当たりはないのか?!」
「無いよ! あるわけないじゃん! だってリンクだよ?!」
「二人ともどうしたゴロ?」

 二人の横に、大きな影がぬっと落ちてきた。
 片手にロース岩を抱えたユン坊だった。もちろん気遣いのできる彼は他の種族でも食べられるものを、スパイシーな香りただよう包みをもう片方の手に持っている。組を率いる社長の気遣いは伊達ではない。
 ちなみにルージュはゼルダから食べたいと所望されていたフルーツを、籠一杯分持参していた。チューリもなにがしか持ってきたのだろう、背負った荷物からは何やら甘い香りがする。
 そんなユン坊は当然ながら、リンクの異変に気付いた。

「あれ、リンク? 今日はおリボンつけてるゴロ?」
「ユン坊! ならぬぞ、あの真面目腐った顔を見よ。きっとただならぬ事情があるのだ!」
「そうだよ、タダナラヌだよ!」
「ただならぬ? ゴロ……?」

 大らかなのがゴロン族の美徳だが、ユン坊は小さな目をひそめて首をかしげていた。有り余る裸リボンの衝撃も、ユン坊には効かないらしい。恐るべき[[rb:ご先祖 > ダルケル]]の護りのおかげかもしれない。
 だがそもそも、とあらためてルージュは座したリンクを遠目から眺めた。
 裸リボンというのは、ただの伝説かおとぎ話の類だと彼女は思っていた。
 なぜならば、自分で自分の身体にリボンを巻くなんて芸当は、難しくて到底一人ではできないことを彼女は知っていたからだ。幼い折に可愛いリボンを手首に巻こうとして上手くできずに諦めたなどということは、誰しも一度は経験しているはず。
 それが本日の勇者は全身にリボンのみを装備、さらにダブルリボン結びで難易度・極位は難くない。そんな装備でいったい何と戦うつもりなのだろうか。
 ……とまぁ、対戦相手はともかく、つまりあれほど見事な裸リボンは誰かに手伝ってもらった可能性が高いということだ。
 そんな大変な、あるいは変態な彼の願いをかなえられるのは、ハイラル広しといえど、酸いも甘いも心得たほんの一握りの猛者のみ。幾人もいない候補のうち、ルージュは最もそれらしい人物の顔を思い浮かべて首を傾げた。

「もしやプルアが手伝った、いやそもそもがプルアの仕業か……?」

 彼女ならばやりかねない。一つ間違えば人体実験も辞さないマッドなサイエンティストなのは有名な話だ。碌な説明もなく、鳥望台から人体を空に打ち上げたのも彼女である。
 ならばリンクの裸リボンもまた人体実験、もしくは肉体強化の一環なのではと考えたところで、ユン坊が首を横に振った。

「プルアさんはいまごろカカリコ村ゴロよ。そこで会ったゴロ」
「なんだと?」

 同じく宴会に呼ばれているプルアが今の時刻から移動とは妙だ。もちろんゼルダからプルアパッドを借りたのだろうが、それにしたって直前すぎやしないだろうか。
 疑問を口に出す前に、ユン坊はちょびっとばかし生えたひげをゴシゴシとしごいた。

「ゼルダ姫様に、梅酒をお願いされたって言ってたゴロ。だからインパさんが隠し持っている50年物の梅酒をくすねてくるって。楽しみに待っててね~って言ってたゴロよ」
「なんと、そんなことが」
「ボクもゼルダ姫様からゴロンの香辛粉のきいたものが食べたいって言われたから、これ持ってきたゴロよ」

 と、差し出した包みの中身はゴロンの香辛粉たっぷりのケモノステーキだった。どうりで先ほどから包みから良い香りがしてくるはずだ。
 すると張り合うつもりなのか、ふわふわの胸毛を逆立てながらチューリも背負っていた荷物から、きれいなリト柄の布巾の包みを取り出した。

「オイラなんかゼルダ姫様に、母ちゃん特製のアップルパイが食べたいって言われたんだ! どう、おいしそうでしょ?」

 母・サキが作ったはずなのに、息子・チューリが胸を張るとは。いささかの引っ掛かりを覚えつつも、ルージュは自分も持参していた籠を開いて見せた。山盛りピカピカのフルーツに、二人とも「わぁ」と声を上げる。

「実はわらわもゼルダからフルーツを所望されておった。……ということは、みなゼルダから頼まれたということか?」
「なーんだ、そういうことかぁ!」
「ゼルダ姫様のお願いなら、みんな考えることはいっしょゴロね」

 いまだ姿を現さないので分からないが、この分では恐らくシドもなにがしか持ってくるのだろう。ゼルダのお願いならばと、みんな一生懸命になってしまったわけだ。プルアがあの老獪なインパから梅酒をくすねてこようとするのもうなずける話だった。
 もちろん梅酒は急なお願いだったのだろう。リンクが座る長椅子の足元にはいくつか瓶や壺が置いてあり、酒好きのプルアが好き勝手に準備していたことが分かる。ただそこまでを考え、ある可能性についてルージュは眉をひそめた。

「もしやリンクはすでに、酒を飲んで酔っ払っているのでは……?」

 かように強いハイラルの勇者が、果たして酒精に強いのかどうか、ルージュは知らない。
 だがもし、彼の天敵がアルコールだったとしたら? いつもと変わらぬ素面に見えて実はもう、まともに頭が回っていないほど酩酊しているのだとすれば?

「えー? 大人って酔っぱらうと裸リボンするの?」
「少なくともボクはしないゴロ」
「やぁリンク! いい色のリボンだな、とても似合っているゾ!」

 考え込む3人を華麗に追い抜き、シドがリンクに話しかけていた。
 その肩には大きなマックスサーモンを丸々1匹担いでいるが、あれはいったい誰が捌く手筈なのだろうか。

「シド――――!」
「みんな、そこで固まって何をしているんだ? 早くこっちに来たらいいんだゾ!」

 もしユン坊がユン組を率いるボスであると表現をするのならば、シドはゾーラの一族を率いるボスと表現しても差し支えないはずだ。だがシドの猪突猛進はどう説明を付けたらよいものか。ヨナの多大なる苦労を想像しつつ、ルージュもフルーツの入った籠を机の上に置いた。
 そうしてようやく、裸リボンをまじまじと正面から見るに至った。
 どこからどう見てもやはり素肌にリボンしか巻いていない。まだしもパンツぐらいは死守していてほしいと願っていたが悲しいかな、リボンとリボンの隙間から垣間見える[[rb:肉置き > ししおき]]はまごうことなくお尻であった。羨ましいほどきゅっと引き締まっている。

「で、どうしてリボンなんか巻いているんだゾ?」
「うーん、これは」

 空気を読まないシドにはひやりとさせられたが、幸か不幸か、ようやく本題に入れる。
 外国ではこういう何が起こるか分からないところへ先行するものを『ファーストペンギン』と呼ぶ、とルージュはゼルダから聞いたことがあった。だがペンギンとは鳥の一種らしいとも聞いていたので、さしづめ今回は『ファーストシャーク』だなと独り言ちる。
 先陣を切るのが鮫では怖いものはあるまい。などとうそぶこうとして、続くリンクの言葉でルージュは我が耳を疑った。

「姫様からお願いされたんだ」
「な、な、なんんン?!」

 普段は族長として、日ごろは冷静沈着を心掛けている顔が大きく引きつった。アップルパイをテーブルに置いたチューリに、ポフポフと羽で叩かれてむせる。

「ルージュ落ち着いて、キャラブレてるよ!」
「これが落ち着いていられるか! ゼルダはハイラルの姫なのだぞ! さすがにおのれの騎士とはいえ、このような不埒な頼みをするとはにわかには信じられぬ!」
「だよねぇ、俺もちょっと信じられないんだけどさ。今朝起こしに行ったら姫様がむにゃむにゃしながら『リボンを巻いておいてください』って言われたんだ」

 もとより朴訥とした表情の青年だ。何を考えているのかよく分からないと言われることもあったが、今は輪をかけて分からない。
 さらにルージュに追い打ちをかけたのは、リボン掛けされたリンクの左手に握り込まれたナイフだった。より正確に表現するのならば、ナイフを握ったままリボンを巻いて結んでいるのだ。
 どうやったらそんな器用なことができるのかと、ルージュの目が点になる。するとリンクは視線を感じたのか、「これ?」とフォークごとリボンの巻かれた左手を持ち上げた。

「リボンの端をナイフで擦るようにしごくと、くるくるになって可愛いんだよ」
「なるほど、可愛いのは大事なことだゾ!」
「シドは少し黙っておれ!」

 シドはさておき、開いた口が塞がらないというのはまさにこのことだ。よくよく見れば、確かにダブル蝶々結びから延びるリボンの端は斜めにカットされ、くるりと優雅なカーブを描いていた。リンクが動くのに合わせてふわんふわんと揺れ動くので、チューリがちょいちょいと触っている。猫か。
 ただリボンを巻くだけにとどまらず、可愛らしい蝶々結びを美しく肩口に持ってきて、あまつさえリボンの端はくるりとさせている。しかもこれがハイラルの叡智と名高い姫巫女によって、古より伝承に謳われる勇者に所望したものかと思うと、ルージュはめまいがするようだった。

「信じられぬ……、あのゼルダが? リンクに裸リボンを所望した、だと……? しかもくるくるの、可愛いやつ……?」
「くるくるさせるたのは俺の趣味」
「それにしてもうまく巻けたゴロね~」
「リンクは手先がとても器用なんだゾ!」
「ねえねえリンク、リボン引っ張っていい?」
「だめだよチューリ、せっかくのリボンが解けちゃう」

 男どもは当てにならぬと、ルージュは握り拳をきつく結ぶ。
 しかし問題はゼルダの願いだ。
 現在のハイラルで、最も『淑女』という言葉が似合うはずのゼルダが、リンクに裸リボンを所望する理由が全く想像できず、ルージュは天を仰いだ。分からない。分からないと言えば、裸リボンを所望されてそのまま実行するリンクの心理も分からないのだが、そちらは横に置いておく。むしろ彼の行動原理が理解出来たら問題だ。
 頭から湯気が出そうになるほど考え込むルージュの傍らで、男どもは楽しそうにリボンを引っ張るか引っ張らないかで和気あいあいとしていた。まだ酒も入っていないのに、余興だけが始まったかのようにキャッキャと楽し気である。
 と、思ったところで、ルージュは膝を打った。

「もしや! 百年前のハイラルに、裸リボンを引っ張って解くなどの奇抜な宴会芸があった、とかではないのか?!」

 奇抜、と言ってしまってから、裸リボンを実行した彼を傷つけてしまったかとルージュは一瞬焦った。だがまるで気にしていないかのように、リンクはリボンで縛り上げたナイフごと腕を組んで、首をかしげる。

「いやー……、さすがにそういうのは、なかったよ……?」
「しかしリンクが全てを思い出しておらぬという可能性は完全に否定できまい!! 記憶喪失であったのは間違いないのだろう?! ならばいまだ回生の影響で記憶が欠落している可能性も……!」
「いいえ、そんなたのし……じゃあなかった、破廉恥な宴会芸はさすがに私も知らないわ」

 頼もしい声がした。プルアだった。
 心なしか疲れた様子ではあったが、片手には酒瓶を持っている。カカリコ村で何があったかは定かではないが、どうやら無事に梅酒は入手できたようだ。
 強力な味方の登場にルージュは心を撫でおろした。

「プルアよ、本当に100年前のハイラルに、裸リボンの宴会芸はなかったのか?」
「ないわよ! だーってそんな楽しそうな宴会芸があったら、絶対にロベリーにやらせてるもん。忘れるわけないわ」

 その言葉に誰もが口を閉じた。
 説得力が半端なかった。
 静かにルージュは首肯する。

「……すまぬ、納得した」

 「でしょー」と言いながら、プルアは瓶とプルアパッドをドンと卓の真ん中に置き、リンクの隣の席に座る。惜しげもなくリボンの巻かれた彼をしげしげと見て、赤ぶち眼鏡をかけた目をじぃっと眇めた。

「ねぇリンク。ほんとーに姫様が『リボン巻いておいてください・・・・・・・・・・・・・』って言ったの? プルアパッド借りに行った時は、卵がないって言いながら大量に米炊いてたけど」
「米は知らないけど、俺にはそう聞こえたよ。卵は俺が使っちゃったな……」
「……へぇ、そう聞こえた、…………ねぇ?」

 ふぅむとため息をつきながらプルアは、今度は料理の方を見た。
 豪勢に盛りつけられた数々の料理を見て、まだ乾いている杯やきれいな取り分け皿を見て、さらに一つだけ覆いのかけられた皿の中まで確認する。ルージュたちが持ってきたフルーツや香ばしい薫りのするケモノステーキ、可愛らしいリト柄の布巾のかぶったアップルパイまでも検分した。最後に見たのは、リンクが手に持ったまま巻き付けたフォークだ。
 しばらくして、彼女はおもむろにハテノチーズの切れ端を口に放り込んだ。それどころか杯に酒を注ぎ、一気に飲み干す。まだゼルダが来ていないというのに彼女はさらにもう一つチーズを齧ると、勢いよくヒールを打ち鳴らして立ち上がった。

「だとしたらもう、姫様にお任せするしかないわね」
「そ、それでよいのか?!」
「姫様のことだから、私たち常人には到底考えつきもしないような、深いお考えがあるのかもしれないわ。それにここにいる全員、姫様になにかお願いをされたのなら、リンクだけお願いされていないというのは逆におかしいでしょう」

 あ、とルージュは目を見張る。
 ルージュはフルーツ、チューリはサキ特製のアップルパイ、ユン坊はゴロンの香辛粉の利いた食べ物、シドはマックスサーモン(?)、プルアは梅酒。
 ここまで来て、リンクへのお願いが単に宴会の料理番ということはあるまい。彼ならば放っておいても料理を山盛り作るはずだ。

「つ、つまり、ゼルダは各々に実行可能な程度を考えて、願いを言っていた……?」

 リンクへのお願いだけが異様に難易度が高いように見えるのだが、微塵も羞恥心を感じさせずにあっさりと叶えてみせるのが彼のすごいところだ。もしくはこれが、リンクに対するゼルダの信頼度の高さの理由なのかもしれない。

「そうだな……さすがに友と言えども、わらわは裸リボンを所望されたら困ってしまうのに」
「ふつうは友人に裸リボンなんか所望しないわよ、ルージュ。冷静になって」
「それを言っては元も子もないではないか」

 プルアの言い分を理解しつつ、ルージュは苦笑いをした。
 裸リボン程度、何でもない顔で易々とこなしてみせるのが、彼女の信頼する騎士なのだ。それもどうかと思うのだが、ともかくこれは『見せつけられてしまった』とでもいうべきであろう。
 ルージュはため息をつき、緊張と悩みでいかっていた肩からようやく力を抜いた。その横で、プルアは何とも言えない表情でいた。

「……ま、そういうことにしておきましょうか。進んで一番厄介なお願いを引き受けた剣士クンはさすがねぇ~」
「悪い、今度埋め合わせはする」
「いいわ、プルアパッドは置いていくから」

 言いながら、半眼でプルアはリンクの座った椅子をコツンと蹴る。するとリンクは、苦笑いをしながら「ごめん」と小さく呟いた。
 何の話だろうか、とルージュは聞こうとした。だが、プルアが料理の乗った皿をぽいぽいとシドやユン坊に手渡す。問う暇はなく、疑問は霧散してしまった。
 空気を変えるよう、プルアが手を打つ。

「と、いうことで、私たちは場所を移して先に始めてましょ。私の研究室なら平気かな」
「ん? どうしてゴロ?」
「オイラたち、ここで待ってちゃダメなの?」
「マックスサーモンはどこで捌けばいいのだ?」

 プルアは「切る物ぐらいある」とどこからともなくクナイを取り出した。いつ何を刺したかもわからないが、彼女曰く煮沸消毒すればいいでしょうとのこと。実におおざっぱこの上ないが、マックスサーモンはみんなで食べるならたぶん切ってからの方がよかった。
 すでに仕事を終え、避難壕で仕事をする者たちは続々と梯子を上がって、めいめい帰途につく時間だった。残りは入口の見張りぐらいだが、その人にまで酒の壺を持たせたプルアは自分の研究室の方に向かおうとしていた。

「だってさぁ、リボンは解くものでしょ?」

 何とは言わず、ジト目でプルアがリンクを睨む。その意味を察した4人は「ああ」と曖昧に笑って、それぞれあらぬ方へと視線を逃がした。
 現在のリンクはリボンしか装備していない。裏を返せば、あのくるくるリボンの端をゼルダが引っ張ってしまったら、リンクのリンクがまろび出ることは間違いないのだ。
 ヴォーイどもはそれでもよかろうが、ルージュはさすがにはばかられたので、視線をそらしたまま覆いのかぶった皿に手をかけた。ところがそれまで黙って皿が持っていかれるのを見守っていたリンクが、ルージュが持っていこうとした皿だけは止めた。

「ごめん、それは姫様に残しておいてもらってもいい?」
「ん? ああ、すまない。これはゼルダ用なのだな」

 代わりに取り皿を持って、足早にリンクから離れる。少し距離を置いてようやく彼を見た。
 ゼルダが裸リボンを所望したのだとすれば、それはリンクのリンクが眼前にあろうが彼女は構わないという意味でもあった。友であり姉のように慕う彼女にも、意外に積極的な一面があったのだな、とルージュは感慨深い思いに浸っていた。

「では、ゼルダにちゃんとリボンを解いてもらうのだぞ」
「うん。せっかく来てもらったのにごめんね」
「構わぬ。時の賢者の言葉だ、深遠なる考えあってのことであろう。リボンを解いたのち、プルアの研究室に来るがよい!」

 こうして一行は、裸リボンの勇者を一人置いて、プルアの研究室に向かった。
 ぽつねんとリンクだけが取り残される。

「プルアさんにはバレたかな……………………まぁ、いいか」

 彼は唯一動かせる右手でくるくるのリボンの先をもてあそぶ。
 誰にも聞かれないつぶやきが消えてしばらくたった頃、慌てて走ってくる足音が聞こえた。