願いの神頼み

 まだ寒風吹きすさぶ1月も末のことだ。学校の帰り道にある廃れた神社に私は来ていた。

「ま、祈願出来るならどこでもいいや」

 独り言を堂々と言えるぐらい境内はすっからかんだった。コンクリート製の鳥居と、赤いよだれ掛けみたいなのを付けた狐が左右に1匹ずつ。

 全く信心深くないので、何の神社かも知らない。

 お財布から五円玉を出して、賽銭箱にぽいと放り込む。初詣以外は神社なんかは来ないので、参拝の仕方も親の見よう見まねで手を2回叩いた。

 そんな私でも神社というものに来てみようと思ったのには訳があった。

「サキって、神頼みしない派だよね」

 唐突に、学校の友達にそう言われた。

 とっさに意味が分からなくて問い返す。

「なんで?」

「だってお守りとか一個も持ってないし、占いとかも信じてないでしょ?」

「占いは確率の問題だし、神様にお祈りしても成績は勉強しないと上がらないよ」

「そういうところだよ」

 友達に指摘されて気が付いたが、私は神様をあまり信じていない。疑っているわけではない。居なくても困らないという感じ。

 ちゃんと手は合わせるようにしている。

 詣でたらちゃんと手は合わせるが、そもそも神社やお寺に行くのは初詣か法事のときだけ。占いを神様と同列にするのは可笑しい気もするが、確かに朝のテレビの占いもあんまり見ない。だからと言って嫌いというわけでもなく、ラッキーカラーを見てもわざわざその色のシュシュを選ぼうとは思わないだけだ。

「なんか別にいいかなぁって思って」

「いいよね、サキは心が強くてさ」

 心の強度の問題なのだろうか。私だって英語の宿題忘れて怒られたら、それなりに心が縮み上がるぞ?

 思ったけど、言わなかった。

 ならばむしろ神社にお参りにでも行ってみようかと思った。友達が美味しいって噂しているお菓子をコンビニに買いに行くのと同じような、その程度の気分だ。

 こうして私はお賽銭を入れ、パンパンと2回手を叩き、両手を合わせて瞼を閉じ。

 そしてはたと立ち尽くしていた。

「何お願いしよう……」

 別にこれと言ってお願いすることなんかない。

 受験の年ではないし、何かに困っているわけでもない。彼氏も今は別に欲しくないし、成績もそれなりにある。お小遣いは定額制だから決定権は神様じゃなくて母親で、欲しい漫画はたぶん来月発売されるから待っていればいいだけの話。

 お願いするようなことが思い当たらない。

 もしかしたら友達は、どうにもならないと分かっていることをどうにかしてもらいたくて、神様にお願いするのかもしれない。ところが私はあっさりと諦めてしまう。

「心が強いんじゃなくって、諦めが早いんだなきっと」

 ふふっと笑いながら、何か腑に落ちたものでほっこりと体は温かくなった。しかしながら、五円分は確実に財布が寒くなっている。せっかくだから何かお願いしておきたい。

 少しでも可能性のあることを。

 寒風に足を晒しながら、考えることしばし。ニヤリと笑って私は手を合わせて目を閉じた。

「お願いしたいような事ができますように!」

 誰に聞かれる心配もない。こんな馬鹿馬鹿しい願い事は、きっと神様がいても呆れて叶えてはくれないだろう。

 叶えてくれなくともよいのだ。どうせ私は諦めが早くて、自分でどうにかなる範囲の事しかどうにかしないタイプの人間なのだから。

 その舐め腐った願い事を大声で唱え、叶えられるもんなら叶えて見ろと笑った。

「帰ろ」

 背を向け歩き出す。

 その瞬間。

 ぴゅうと強い風が吹いて、目の前を赤い物が飛んで行った。

「あ、狐のよだれ掛け!」

 神様の遣いの狐だから、たぶんよだれ掛けではないと思うけれど、それ以外の呼び名を知らなかった。木の根元に引っかかっていたのを取り上げる。

 パンパンと叩いて、「ごめんなぁ」と一声かけてから狐によじ登った。リボン結びにし直し、ついでに反対側の狐のも緩んでいたので直してやった。

「これでよし。じゃあね」

 すでに夕日が傾きかけて随分と寒い。家路を急ごうと短い石段を駆け下った時だ。

 目の前に見覚えのある顔があった。同じぐらいの年の男の子で、制服も同じ中学のもの。でも学校では見たことが無い。でも何となく見覚えがある。

 誰だっけ。

 しばらく眉をひそめていると、向こうも気が付いたのか私の顔を見返してきた。そして向こうが「あっ」と声を上げる。

「もしかして、サキちゃん?」

「えっと……」

「俺、翔。覚えてない? 幼稚園の時、お隣だった」

「あー!」

 大口を開けて、私はその男の子を指さした。

 少し釣り目のほっそりした顔、道理で見覚えがあるはずだ。幼稚園の時同じクラスだった翔くん。マンションの隣同士だったので、家族ぐるみで付き合いがあった。

 あれから多分もう8年ぐらい経つだろうか。すっかり背が高くなっていた。

「え、戻ってきたの?」

「そうそう、こっちの中学に通うんだ」

「ほんと? そっかぁ、同じクラスだといいね」

 明日からよろしくと言われ、まんざらでもなく頷く。じゃあまたと手を振って別れると、私は踵を返して通学カバンから財布を取り出した。

「五円玉まだある!」

 たった数段しかない階段を駆け上り、もう一度お賽銭箱まで取って返す。

 何を隠そう、翔くんは初恋の人だったのだ。

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