始まりの台地で御父様と合流した後、私たちは厄災の手に落ちた城を奪還すべくハイラル平原に布陣した。『姫様はあまり前線に出ないように』と言われたが、いてもたってもいられなかった。
何しろ誰もがハイラルのため、厄災打倒のためにこの平原に集っている。そんな中で、私だけひっそり後方に隠れて、厄災に堕とされた城への突入を待つだけなどできなかった。
「ご無事ですか姫様!」
「大丈夫ですインパ!」
私だって戦える。力にも目覚めた。封印の姫巫女として、皆を率いていかねばと心を奮い立たせ光の弓を振るう。
でも確かに、少し怖いのは変わりなかった。
そのわずかな恐怖が、赤い月の現れと共に大きな隙に変じる。
「……あッ!」
赤い月に目がくらんだ一瞬のうちに、復活した白銀のライネルに背後を取られた。
振るわれる大きな刃が目の前に迫り、全ての動きが遅く見える。体は動かず、これまでの日々が走馬灯のように駆け巡った。
ようやくここまで来たのに、この一瞬で今までの全てが費えるのか。
どうして言われた通り後方に待機していなかった。
最前線に立たずとも兵たちを鼓舞することなどできたはずなのに。
ああ、それよりも。
「姫様!」
鋭い声の後、私は自分と同じぐらい小柄な影に突き飛ばされていた。
振り向きざまに見えたのはライネルの振るう大剣と、空に舞い上がるマスターソードを握ったままの腕。血しぶきが後を追う。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
聞き覚えのない叫び声が戦場に響き渡る。
声の主がリンクだと気付くまで、瞬きすらできなかった。
退魔の剣を振るう腕が、剣の柄を握ったままびくびくと痙攣をしながら目の前に落ちる。離れた草地に背を丸めて転がり、肘から先のなくなった腕を抱えてのたうち回る人影。
赤い月夜に、真っ白になる頭。何も考えられなかった。
「リンク!」
慌てたミファーの声、他の者たちがライネルと斬り合う音、私の身柄を案じて飛んでくるインパ、そして初めて聞くリンクの苦悶の叫び声。
撤退が完了するまで、自分のしでかしたことに頭が追い付かなかった。
「もう右手では剣は持てない」
野営地の天幕の中で、静かなプルアの言葉が深く突き刺さった。
持ち帰った腕は到底くっつくようなものではなく、斬り上げられた際に右目も刃で薙がれて失明していた。今は薬で強制的に眠らされているが、起きればまた痛みをこらえて食いしばる歯が欠けるだろうと猿轡をはめられているらしい。
「私のせいで」
「姫様、あまりご自身をお責めになりませんよう……」
「私が出しゃばったせいで……!」
今までどんな過酷な戦場でも無傷だった勇者が負傷したという噂は、あっという間に戦場に広がった。全く関係のない戦線にすら動揺が広がり、一進一退を繰り返していた平原での戦いは瞬く間に形成が不利に。あと一歩で厄災の巣食う城まで押し入れるかというところで撤退に追い込まれた。
それもこれも全て私のせい。崩れ落ちそうになる体をどうにか立たせ、震える指で自分の腕を掴む。代わりに自分の腕を差し出したい、切り刻んで持っていってほしいとさえ思った。
「腕は無くなったけど命に別状はないから、トドメだけ左手でやってもらうしかないでショ。そこまでは私たちが血路を開くしかないワ」
「プルア、少しは言い方を考えてください!」
「他にどういう言い方が?」
インパとプルアは、先ほどからずっと言い争っていた。そうでなくとも野営地の空気は最悪、緊迫して苛立っている。
インパは私のことを気遣ってくれているし、プルアは現実を見ている。でも私にはどちらをすることもできず、ただ唖然とするのみ。
未だリンクの顔を見ることすら禁じられていた。会えば卒倒するだろうからと、プルアから止められていた。
侃々諤々の言い争いの中、静かにロベリーが手を上げる。
「メソッドが、あるにはある」
ザザッと皆の視線が集まる。
ゴーグルで目元が隠れているのでしかとは分からないが、俯き加減のロベリーは苦い顔をしていた。
「どのような方法ですか!」
「ベリーハード、しかもリンクの人格が失われる可能性が高い」
腕と目を治すのに、なぜ人格が失われる?
しかもそれが、ロベリーから出て来た話ということにも違和感があった。ロベリーの専門はガーディアン、人体に関してはまだしもプルアの方が研究分野としては近いはず。
どうして、なぜ、という言葉がぐるぐると頭の中をめぐる最中、ロベリーは重苦しい口を開く。
「古代遺物の、特にガーディアンの中枢にある巨大なコアの中身は、ただのマシーンではない」
眉をひそめた。
仮にも古代遺物の研究に携わっていた身だ、ガーディアンの構造も簡単にならば分かる。だが確かにガーディアンの動力源となるコアだけは触ることを許されなかった。いかに王家の姫と言えども、ガーディアンの動く仕組みについては触れるのを許されなかった。
それは軍事的なものだからだと納得していたのだが。
「ガーディアンのコアは、特に巨大なコアは生きている」
「生きて……?」
「イエス。ガーディアンのコアの中身は、いわゆる疑似的な生き物だ」
「ロベリーあんたまさか!」
「女史、その通りだ」
腕組みをしていたプルアが顔を跳ね上げた。
頭脳明晰な彼女だけがまず先に理解をし、掴みかからんばかりに睨みつける。でもロベリーは言葉を濁さず、私の方へ向き直った。
「リンクの失われた体の部位に、生きたコアの中身を移植させば、神経と結合して動かすことが可能になるだろう。バット、いずれボディ全てがガーディアンに乗っ取られる可能性が高い。なぜなら、無駄な増殖を抑えるためのシェルが無くなるから」
ひゅっと喉が狭まって音を立てた。
「アームが、人を食うことになる」
それでは駄目だと、首を横に振る。
ただでさえ勇者と退魔の剣は、厄災に対する切り札となる存在。そのどちらが欠けることも許されないし、ましてや私はあのリンクが消えてしまうなど耐えられない。ほとんどのガーディアンは厄災に乗っ取られ、多くの人が殺された。これ以上、ガーディアンに大切な者を殺されたくない。
でもゴトリと音がして、彼は現れた。
薬がまだ効いているのか青い瞳は虚ろで焦点が合っていない。先の無くなった腕に巻かれた包帯はまだ大量の血が滲んでいた。そんな満身創痍でも猿轡を片手で外し、肩で息をしながらリンクは立っていた。
「ロベリー、やってくれ」
「でもリンク!」
「俺はだいじょうぶだから、おね、がいし……」
ずるずると崩れ落ちると、彼はそのまま気を失った。
その後、厄災を打ち倒したリンクの姿を、兵たちは黒い単眼の勇者と称えた。失った腕を古代の秘術で取り戻し、高い兜に据えられた青い大きな目で戦場の全てを捉えるという。
でも真実は違った。
移植したガーディアンのコアの中身は、古代炉の炎と同じ青い光を放つ粘液に包まれた赤黒い筋肉のような見た目をしていた。一見すると皮膚のない腐った生肉のようで、それが右腕と顔の右半面に組み付いて体を補完する。巨大なコアの武骨な外殻は自己増殖を適度に抑えるためのもので、その殻を外してリンクの腕に移植すると瞬く間に腕と目の形を成した。
だが皮膚を形成することはなく、その見目がとても異様だったために隠さざるを得なかったのだ。
「古代兵装の試作品がまさか出来てるなんてね……」
「完成ではない。秘匿していたガーディアンのコアをハイドさせるために使うとは、ミーも思わなかった」
ロベリーが秘かに作成していたガーディアンのパーツを加工した古代兵装の試作品は、薄気味悪いと皆が顔を背けた部位を見事に覆い隠していた。プルアとロベリーは一戦ごとに手当ともメンテナンスとも言えない処置をする。ゆっくりとガーディアンの腕と目に体を侵されて、受け答えが怪しくなっていくリンクはされるがまま。兜と鎧を脱がされて処置を受けていた。
そして戦いが終わった今、彼は私の部屋にいる。青い瞳を閉じて人形のように椅子の背にもたれていた。
「戻りましたよ、リンク」
声を掛けると微動だにしなかった体のうち、わずかに顔が上向きになる。しかし答えはない。
「こういう時は『おかえりゼルダ』ですよ」
「おか……ゼルダ、さま」
「違いますリンク、『おかえり』です」
「違いま、……ク?」
キョトンとして首を傾げる彼の頬は、ひんやりと冷たかった。体の大半がガーディアンに侵食されて、もはや体温と呼べるものはほとんどない。
「今日もね、大変だったんですよ。テラコが書類をひっかきまわしてインパと大喧嘩です」
「てら?」
「そう、テ・ラ・コ」
「て、ら、こ」
「覚えていますか?」
首を傾げて分からない顔をしていた。もう意思の疎通もわずかばかり。でも私の言葉だけはなぜか理解していることもあって、リンクを引き取ると言ったら誰も反対はしなかった。
食べ物も必要としないので人としての在り方が危うく、私が秘かに寝室に匿っている。実態を知っているのは御父様やインパ、身近な侍女と診察にくるロベリーやプルアだけ。
せめて移植したガーディアンの侵食を遅らせる方法はないのかとロベリーに問うと、血の巡りを良くするようにと言われた。血の通いが悪くなった場所から順番に食われていくから、ちゃんと動いて体を温めるようにと。
まだ意識がしっかりしていた時は自分で動かして、血の巡りを良くして体を温めるようとしていた。しかし次第に自分の意思では出来なくなり、常にリーバルが作ってくれたリト族の羽飾りを首から掛けるようになった。引き取ってからもできる限り体を温めるようにと、毛布で包んで羽飾りだけは欠かさない。
そんな彼の世話をお願いすると、誰もが移植されたガーディアンの腕から目を背けた。だから私自ら世話をすることにした。こうなったのは明らかに私のせいだったし、それにリンクの世話をすること自体は嫌ではなかった。なんて恵まれた贖罪かとさえ思った。
「さ、体を拭きますから、こちらへどうぞ」
ベッドの縁に腰かけて手招きをすると、音もなく立ち上がり私の隣へ腰かけた。動きに違和感はない。
部屋の掃除に入る侍女が気味悪いと言うので、試作ながら古代兵装の兜だけは借りたままにしていた。兜を外すと右目を中心に顔の反面を赤黒い塊が額から頬にかけて張り付いているのが見える。真ん中に目のような塊を作り出して、ご大層に瞼まであって瞬きをした。
次いで脱ぎ着させやすいように着せておいた貫頭衣と首にかけた羽飾りを脱がせ、あらわになった体を確認する。汗をかかない体を清める必要はもうない。でも何かがあってからでは遅いと毎日全身をつぶさに観察しながら、温かいタオルで体を拭ってやった。
大きな人の子か人形でも相手にするように、赤黒い右手の爪先までしっかりと拭う。背丈は一向に伸びなかったが、髪だけは不思議と伸びた。
プルアに言わせれば髪は死んだ細胞だから、人としての名残とのことらしい。それを聞いて以来、髪を切る気になれず、毎日背の半ばまで伸びた髪を梳いて、最後にうなじのところでゆったりと一まとめにくくった。
そうやって一通りの支度を済ませてから、これから起こることに備えて大きなタオル地の敷布をベッドの上に広げる。その上へ、私は夜着を脱いで上がった。
「さあ、今日も抱きしめてください。でも力いっぱいは痛いから駄目ですよ」
「はい」
腕を広げると無表情のまま肌をぴったりと合わせ、感触を確かめるように頬をこすり合わせた。まるで幼子か、あるいはそう振舞うようにしつけられた人形のよう。
身長は私の方が少し大きいぐらい、でもリンクはいつも私の体を抱き寄せて肩口に顔を埋める。
「温かいですか?」
コクンと頷くので、私も彼の傷らだけの体を抱きしめ、人とガーディアンの継ぎ目に指を這わせる。
冷え切った体にしたのは私。あの時、前線に出しゃばった罰として、せめて温めさせて欲しいと自分の体を差し出した。ところが教えなければ、もはや温まり方すら思い出せないのか、無垢な瞳が私を抱え込んで沈黙する。
だからおとがいを撫でて、冷えた唇を割り開いて温かい舌を差し入れてあげた。
「真似をして」
言えば彼は理解して冷たい舌を差し出した。ぴちゃぴちゃと音を立てて舌を絡める。彼の口から溢れるものには、すでに人らしい味はしなかった。
プルアによると唾液と呼べるようなものではなく、ほとんどが水のようなものらしい。ガーディアンが人間の挙動に似せて、体液の代わりに分泌させているのだという。暗いところで見ると、唾液に似た分泌物は古代エネルギーの青い光を仄かに灯していた。
人体に害はないが、ガーディアンにとっても本当は必要なものでもない。ただちょうどいい潤滑剤にはなった。
始めは私の方からばかり、でもそのうちに真似をしてしっかりと吸い付いてくる。舌を絡め、口蓋を舐め、歯列をなぞる。私の熱が伝わる頃、ようやく生温くなった指先が私の体をまさぐり始める。
こうして毎晩、熱を与えると、リンクは人だった頃を思い出すように動き出した。
「……んっ」
「ゼルダ、さま?」
「っん、ふぁっ……好きに、して………」
許しの声を届けると、利き手とは逆の左手の指に力がやわやわと背を愛撫し始める。応じるように私もリンクの傷だらけの背に腕を回して、体の熱を移し込むように胸を押し付けた。
すると一拍遅れで人の振りをしているガーディアンの右手が私の体に指を立てる。まるで人真似をする機械みたいに、私の体の柔らかいところを触れる。
機械みたいとは、まったくその通りなのだが。遅れて人の振りをする右の腕が、酷くアンバランスだった。
「あったかい」
「よかった……んっ」
口からこぼれた言葉を拾って微笑んで見せると、リンクもがらんどうになった青い瞳を細める。でもそれは多分私の真似をして、生き物の振りをしているのだろうとは分かっていた。それでもいい、まだ人らしくあるから。
そのうちに冷たい太ももが私の股を割開いて、同じく冷え切って立ちそうにもないそれをひたりと私のお腹にくっつけた。こうまでしてもはっきりとは人間を思い出さない彼の体は、もうどこまでもガーディアンになりかけている。でも触れればまだギリギリ間に合うところにいた。
体の向きを変え、立ち上がらない彼の雄を温めるようにゆるゆると撫でると「んんっ」と反応がある。
「……気持ちいい、ですか?」
「んっ……きもちいい」
少し物憂げな吐息を出したリンクは、うっとりと自分のものが私の手に扱かれるのを見ている。本当に奇妙な光景だった。
一切鍛えてもいないのに、均整の取れた体が一向に衰える気配がない。ガーディアンの自己保存の機能がこんなところにまで働いているのは、皮肉以外の何でもなかった。
でもだから、私はこの身体を愛するように努めた。人の形を忘れないように留めている間は、出来る限りその形が無くならないように熱を移し続けた。
扱くと生理的な反応で血が巡るせいで、次第に芯が固く持ち上がっていく。まだ生きている。でもそれはガーディアンにとっては食うべき体の抵抗でしかなかった。気持ちがいいと緩んだ顔が、ある瞬間にびくりとひび割れる。
「いっ……だぁ…んあぁッ……」
「リンク」
「ひめさ……いたっ……や、あぁ……」
シーツを掴む指に力が入る。痛みと快感の両方が同時に訪れる恐怖。毎晩の慰めに、リンクは苦しみながら喘いだ。
痛い、でも気持ちいい、やめて、もっと触って。
二つの相反する反応に、体の方もどうしたらいいのか分からないように藻掻く。ガーディアンの体は痛みから逃げようとする。人の体は快楽を追おうとする。混乱した体がのたうつ。その中でようやく人間であったリンクが目を覚まし、矛先が私へ向く。
苦痛に戸惑う腕が私をきつく掻き抱いた。何度もシーツを蹴りながら、痛みを打ち消そうと舌を伸ばす。
「ひ、めさ、まァ……あぁっがッ」
「リンク、口付けをして」
舌を繋ぎ、少しでも痛みから遠ざける。
目を補完した人間と赤黒いガーディアンの境界面からボタボタと、青く発光する粘液が私の体の上に落ちた。腕の境界面からも、ぐぷぐぷと音を立てて同じ色の粘液があふれ出る。古代エネルギーの青い光を帯びた粘液が、体から排出されようとしていた。
血が巡って体温が上がるたびに、痛みと共に溶かされたガーディアンが粘液となって零れ出る。まだ体の主であるリンクが抗っている証らしい。
苦痛だけならば理性のないリンクはもう熱を求めようとはしなかっただろう。でも痛みは熱と快感の波に乗ってやってくる。一度体に覚えさせてやると、きっかけさえあればリンクは人間であった頃を思い出す。
そうして快楽を求める彼に、毎夜、熱と痛みの双方を与えた。
「きて」
「ぁあッ……ィ、がぁぁ………ひめ、さまァっ」
どうにか立ち上がった剣は熱を帯び、まだ生きている証拠を私の秘所に導く。ずぶりと一気に刺し貫かれ、ひぁっと思わず声を上げると勢い口を塞がれた。
足のつま先まで絡められ、激しく口腔を荒らされた。味のない唾液に似た体液が、飲み込めないほど分泌されて溢れていく。また右目のあたりから、一塊の粘液が青い燐光を放ちながら敷布の上に落ちて広がった。
苦しそうな息を噛み殺しながら肌をぴったりとくっつけてゆっくりと腰を振る。寒いからなのか、体の触れ合う面積が多い体位をリンクは本能的に選ぶことが多かった。剣先がこつこつと奥に当たる。そのたびに私は息継ぎを忘れて鳴く。
もっと私から熱を奪って。私の熱を全て奪って殺してもいいから、どうか人間に戻って。その体からガーディアンなど追い出して戻って来て、どうかどうか。
固く膨らむ胎の中のそれを感じながら願う。
「いぁッ……はっあぁ………、ぃだぁっ、め……っ!」
「ん…ふっ……リンクっ……」
リンクは藻掻きながら淡青色の粘液を滴らせ、私は透明な懺悔の涙をこぼす。
うわ言のように「痛い」と繰り返す彼だったが、だんだんとに愉悦を求めてひとりで体が勝手に動かすようになる。しばらく痛みと快楽の狭間で揺れていた彼を導こうと私の方からも奥を当て擦ると、彼は喉の奥から獣のような声を絞り出した。
均衡が破れる瞬間、リンクは体を起こして私の足を肩にかけた。ついに痛みが負ける瞬間が来る。
にわかに律動が激しくなり、自分の気持ちの良いところに腰を打ち付ける。体は素直に本能に素直に従った。もはや意識などというものではない、そうしなければガーディアンに食い殺されるだけ。かすかに「ひめさま」と何度も早口に口の中で繰り返す。
痛みを堪えながらせり上がる息を後押しするように、私も余裕をなくして熱い質量を締め上げた。
「いっ……いだアァッ………はっ、あぁっ…」
「あぁッ…りんく、ゆるして……ッ」
「ァあがっ………ひめ、さま……ッ!」
ガーディアンの追撃を振り切って二人で高みに昇っていく。この時だけが幸福だった。
私は意識が弾けて真っ白になる寸前、強張らせた体を数度痙攣させるリンクの姿を目に焼き付ける。上り詰めた吐精の瞬間にだけ、感情らしい感情が顔に見えた。恐れと悦びの狭間に歪む、その一瞬に生きている彼の表情を見ていた。
胎内が生温いもので満たされたのを感じ、でも次の瞬間、リンクの口からは青光りする粘液がどっとあふれ出る。慌てて体を支えるも、激しく咳き込んでからブツっと糸が途切れたようにベッドに倒れ込んだ。
痛みと快楽。双方の刺激が許容を越えて、ガーディアンが作り出す体から意識が途絶える。
「リンク……」
浅くなった息を整えると生温くなった体を起こし、あらかじめ用意させている大量の柔らかな布で二人分の体を清めた。部屋中に青い古代エネルギーが濃密に香る。吐き出した粘液で濡れた敷布を外し、乾いたシーツの上に体を横たえた。
しばらくすると青い瞳が開いて、事情の前に戻った人形さながらの顔が私を覗き込む。温かみのない青い灯火のような瞳。綺麗だけど、でも違った。
「大丈夫ですかリンク」
コクンと頷くだけ。もう言葉は出てこない。
でも真横に寝転がるとすぐに私の体に手を伸ばして頬ずりをする。冷たい指先の求めに応じて、私は毎夜、リンクの腕の中で眠りについた。
こんな生活が、かれこれ一年近く続いていた。悪足掻きがいつまで続くのか、先は真っ暗闇。でも途中で辞めることはできない。
そんなことを続けていたある日の夜のこと、寝室に戻っていつものように兜を取り外して息を飲んだ。
「リンク……? その顔は? 腕はどうしたのです……?」
黒い単眼の勇者の異名を取った試作古代兵装の兜の下には元の人間の顔があった。
瞼は閉じているので、まるで寝ているように見えた。しかし赤黒い部位は無く、髪の生え際まで人の皮膚の弾力がある。腕の方はまだ赤黒いガーディアンの筋繊維がむき出しだったが、しかし確実に人間の皮膚の面積が増えていた。
「リンク!」
嬉しくて思わず首に縋ったが、代わりに一切の反応が無かった。体の温かみもない。
昨晩までは名を呼べばこちらを見てゆっくりと瞬きをしたはずなのに。口づけをすれば答えるように冷たい唇で私を食んだ。指を伸ばせば温かい方へと体を寄せてくれた。
そういった反応が全くない。椅子に腰かけたまま動く気配が無かった。
慌ててロベリーとプルアを呼び寄せ、一通りリンクの体を調べてもらう。二人は難しい顔で何事か言葉を交わしていた。
「リンクは、どうなったのですか?」
「姫様、落ち着いて聞いてネ」
プルアが私の正面に向き合う。
悲愴な顔を見て、一瞬で嫌なことだと分かって耳を塞いだ。
でも両手を突き抜けて彼女の言葉が頭に届く。
「ガーディアンが内部を全て食らい尽くしたから、今度はリンクの外見を再現し始めたみたいなのヨ。反応がないのは、外部を生成するために機能を一時的に止めているみたい。もう人間の部分は残ってない、完全にガーディアンだワ」
「そんなことありません! だって昨夜だってちゃんと私の求めに応じてくれましたし、それに寒いと言って私のことを!」
「それがガーディアンの学習能力なの! 姫様と一年以上生活していくなかで、どういう反応をして、どういう見た目なら姫様が喜ぶのかを理解して、『リンク』を再現し始めたのヨ!」
そんな、そんなことない、と何度も繰り返した。でも二人は私の肩を持ってくれることは無かった。
「ゼルダ姫、見ていて欲しい」
ガタガタと震える私の目の前でロベリーはメスを取ると、美しく治ったはずの右腕の肌に刃を走らせた。
「そんな、止めて!」
「駄目よ姫様、ちゃんと見届けて!」
プルアに両肩を掴まれ、顔をそらすことなど許されず、リンクの腕の傷を見る。
血が出てこない。
一枚切り裂かれた肌色の下は、やはり赤黒いガーディアンの中枢のままだった。しかも傷口はぎちぎちと音を立てて、見る間に元通り塞がっていく。
「流石にここで全身切り刻むわけにはいかないから分からないけど、リンクの体はもう外見だけで、中身は全部アレになっている可能性が高いヨ、姫様」
元から、私はガーディアンが好きだった。
武骨で青い単眼をして、六脚の足で動くのを蜘蛛のようだと嫌う人も多い。でも私は図体の大きい犬のようだと思って接している節があった。それぐらいには好きだった。
でも可愛がっていたはずガーディアンたちは、厄災に乗っ取られてあの日以来、敵となった。それどころか今度は、私のリンクの体までも飲み込んでしまった。
好きだったはずのガーディアンが憎い。
リンクを食らったガーディアンが憎い。
「おのれぇっ!」
金切声と共に木の椅子を引っ掴んで振上げた。その先にはリンクが寝ていた。
違うこれはリンクじゃない、リンクの形を模したガーディアンだ。
リンクの姿を写し取って私に取り入ろうとする悪魔の手先だ。壊してやる。大事な物を奪っていったこの古代遺物を、全部壊してやる!
でも投げられなかった。
どう足掻いても私には、リンクの形を写し取ったガーディアンを壊すことはできなかった。すやすやと眠る彼の傍で崩れ落ちた。