不可知の獣 - 4/14

 禁帯出の印が押された本が並ぶ。その列に沿って本を探していた。後ろからこつこつと控えめな軍靴の音があって、リンクのかすかな気配を背後に感じる。

「これもお願いできますか」

 また一冊、彼の腕の中に本を重ねた。

侍女や傍仕えの者にやらせればよいのだが、城の中とはいえ何かあってはと本人が退かないので、どうしても雑用までさせてしまう。一緒になって本を探す騎士など、王城広しと言えども彼ぐらいなものではないだろうか。しかもこき使っているのが、無才の姫だから笑ってしまう。

「もう少し大丈夫ですか?」

「問題ありません」

「ありがとうございます、そうしたら今度はこちらの棚を覗いてみましょう」

 祈り、聖なる力、あるいは霊力。私がいまだ得られない姫巫女の力については様々な言い回しがある。一般的に超常の力とされるそれを、私は六つ目の感覚ではないかと、このところ考えるようになっていた。

 その様な考えに行きついたきっかけはリンクだった。

ゲルド砂漠のカラカラバザールにて私は彼を撒いて出奔した挙句イーガ団に襲われ、間一髪のところで事なきを得た。しばらくして謝罪をすると同時に、どうして私の居場所が分かったのかと問うと、彼は少し考えた後『そのように感じたから』とだけ答えた。

「あなたの五感は普通の人のそれよりも、はるかに鋭敏なのでしょうか」

 その問いに対して彼は、少し考えてから「分かりません」とだけ答えた。

 私も五体満足な身ではあるが、厄災討伐の要を担うリンクの感覚の鋭さにははるかに及ばない。でも、もし彼が常人の感覚のさらにその先を感じているのだとすれば、私もいずれその境地に達さねばならないと言うこと。

そのために今持っている感覚、五感を把握しようと思った。

 つまり、味覚、聴覚、視覚、嗅覚、触覚。この5つの感覚について。自分がどれほど理解しているのかを探ろうと思った。

 まず目を通すべきは医学書の類であろうとあたりをつけて、こうして禁帯出の本の棚を見て回っている。医学書はともすれば人を害することもできる内容であるため、王女である私と言えども図書室から持ち出すことはできない。それで今、本棚の間を彷徨っていた。

「あら、この本」

 ずいぶんと懐かしい本が、分厚い医学書の間に隠れていた。

「どうしてこんなところに」

 思いがけないものを見つけて、ゆっくりと引き出してみる。厚い革の背表紙に箔押しの文字、鋲の打たれた表紙には『世界の幻獣』の飾り文字が躍る。大昔、お母様に頼んでよく読んでもらった本だった。

 こんな無関係の棚に紛れ込んでいたので、誰にも触れられずに長いこと放置されていたのだろう。以前読んだ時と寸分変わらぬ形をして、大きく痛みが進んでいる様子はない。

「絵物語ですか?」

「これは私が幼いころに読んでいたものです。どうしてこんな棚に」

「持っていかれますか」

「そう……、そうですね、持っていきます」

 医学書などではない、これは子供向けの本だ。ハイラルを含む様々な世界の想像上の生き物の絵と謂れに関する物語がたくさん載っている。幼心に空想を楽しんだ時分には、だいぶ世話になった。

 だがこの時、私の頭の中には別のことが思い出されていた。

 貴婦人の膝で眠るユニコーンと狩人の逸話、確かあの話もこの本に描かれていたはず。さらに曖昧な記憶をたどると、貴婦人がユニコーンを誘い出すときに使うものが匂いや声であったと記憶していた。

 もちろん子供用の絵物語に難解な内容は求めていない。しかし藁にも縋る思い、子供用の本だろうが何だろうが、きっかけになりそうなものは逃したくなかった。

 禁帯出本から必要な部分の写しを終えて図書室から出る際、司書の者に聞いてみると、その絵物語は持ち出しに関しては何ら制限がないとのことだった。それどころか本来は私のものだったらしいと聞いて、そのままお持ちくださいと言われたのでありがたく持ち帰ることにした。何しろ亡きお母様との思い出の品の一つなので、出来ることならば手元に置いておきたい。

「リンクには精霊などが見えるのですよね?」

「はい」

「でしたらこの本に描かれている幻想上の生き物も、あなたにとっては現実の世界のことなのかもしれません」

 カラカラバザールの一件以来、私はようやく彼と話ができるようになってきていた。この一見すると表情の変わらない自分の騎士について、ようやく知ろうと思えるようになってきていた。

 ぎこちないなりに話を始めると、まず驚いたのが、どうやら常人には見えていない精霊の類と彼には常日頃から会話しているらしいと言うことだった。

「コログとかが本に載っているのですか?」

「どうかしら。探してみましょう」

 そろそろ秋の風が吹き始める頃。ひっそりと人目に付きづらい場所にある外のベンチを選んだ。どこからともなく聞こえてくる悪口に気を散らしながら読むには、久々に再会したこの本はもったいない。

 お母様と一緒に読んだ楽しい記憶もあいまって、足取りはいつもより軽やかだった。

「こちらへどうぞ」

 ベンチの隣をぽんぽんと叩くのだが、リンクは小さく首を横に振る。今日は外に出る予定が無いので、英傑の青ではなく近衛の出で立ちをしていた。

「一緒に見てくれないのですか?」

 案外、こうして押してみると一瞬わずかに困り顔をするというのも、彼を知ろうと思ってからの発見だった。押しに弱い。それは私が主であるからかもしれないが、それにしても時折困らせてみるのも一興だった。

「では、失礼します」

 膝の上に広げた本は大きくない。額を寄せ合うようにして二人で覗き込んだ。

 外つ国には様々な生き物の伝承がある。例えば背に翼の生えた馬だったり、あるいは頭が三つある巨大な犬であったり、はたまた火を纏う不死の鳥であったり。色鮮やかな挿絵を眺めるうちに、お母様と一緒に読んだ記憶が次々に蘇った。

「この人魚というのはゾーラ族に似ていますね。もしかしたらゾーラを知らない人が見て、間違えたのかも」

「しかしゾーラ族には足がちゃんとあります」

「幻想上の生き物というのは、見間違えたものや、色々な動物をわざと混ぜた形状が広まったものも多いと言われているんですよ」

 リンクは目を丸くしていた。こういうことに関して、彼はどちらかというと素直な部類だから、腰から下が魚の一族がいると言ったら海に探しに行ってしまうのかもしれない。

他に何か面白いものはないかしらと思ってページをめくっていると、彼は「あ」と小さく声を上げて指をさす。

「これは見たことがあります」

「こ、これですか?」

「角があって、火を噴きだしながら飛ぶ大蛇、ドラゴンというのですか」

「これが、このハイラルに?」

「ククジャ谷を飛ぶ姿を遠目に見たことがあります」

 さすが、女神ハイリアのいとし子とでも言おうか。そんなものが空を飛んでいたら阿鼻叫喚の騒ぎになるだろうに、彼は事も無げに言う。居た、見た、だからどうした、と言わんばかり。

 しかしながらこの幻想上の生き物たちというのは、一概に嘘や見間違いばかりではないのだと思った。リンクのような特別な人にとっては日常の延長線上に居るもの。だが私のような一般人の目には映らない、だから空想上のありもしない物とされて子供の絵物語にしかならない。それは一種の傲慢のようにも思えた。

「羨ましい。いつか私も見えるといいのですが」

 火を噴きながら飛ぶ巨大な蛇とは一体どんなものだろう。どれほど熱いのか、鳴き声は、瞳はどんな風で、どうして飛べるのか、想像は尽きない。

 姫巫女としての正当な力があれば、世界のヴェールを一枚めくった向こう側に生きる者たちに出会える。それはもしかすると、姫巫女としての責務よりもずっと魅力的に思えた。

 私はもっと世界の深きを覗き込み、さらに先の奥深いところを感じてみたい。

 でもまずは自分の役割を果たしてからだと戒める。己の欲望よりも先にやらねばならぬことはたくさんあった。

 そのためにも、件の獣の仔細が書かれていたページを探す。

ぱさっと束になってページが開かれ、明らかに何度も開いて跡が付いた場所があった。そこに目的の獣、ユニコーンが居た。

「このページだけ随分と開かれた形跡がありますね」

「ユニコーン、好きだったんです」

 開いたページの左側には貴婦人とその膝の上で眠る一角獣、右側には木の影から矢をつがえて狙う狩人の姿があった。

 思い出す、あの長大な一本の角。

 見るたびにすり減っていった角は、おそらくお母様の薬となって消えていった。でもお母様はあっという間に、子供の私が察知できるほど体調が悪くなってからは、転げ落ちるように亡くなられてしまった。本当に病だったのか、今となってはそれも怪しい。

どちらにせよあの高貴な一本角は、お母様を救わなかった。

だから分かる。ユニコーンの角は偽物だったのだ。

「ユニコーンとは、気高く、獰猛で、優雅な獣だそうです。白く輝く毛並みの馬のようで、額に真っ直ぐな一本の角があるのだとか。その角は薬になると言われていますが、信憑性はありません」

 あの角はお母様の命の灯火を守るには至らなかった。万病に効く薬というのは嘘。だとしたらユニコーン自体も偽りなのだろう。

 でも全部が嘘だったとしても、私はこの優美な獣を嫌いにはなれなかった。いつか自分の膝の上にもユニコーンが来てくれないかしらと、柔らかな空想を枕に幾晩も寝た幼子だった。

「この獣は乙女の膝の上でだけ大人しく寝るという習性があるのだそうで、安心して寝たところを狩人が捕らえるしか方法がないんですって」

 宮仕えの娘たちの笑い合う声が風に乗って聞こえた。

もしここにユニコーンが現れたとしたら、今の私の膝で寝てくれるだろうか。遠く声に聴くような娘たちを差し置いて、私の膝を選ぶ理由があるのかは分からない。

それに今の私には、常に隣に騎士がいるから怖がって近づかないかもしれない。その、一つ間違えば狩人になりかねない優秀な騎士は、首をかしげていた。

「どうして乙女の膝でだけ眠るのですか」

 やはり私が幼いころに疑問に思ったことと同じところが気になる様子。

 だから今度は私が答える番。

「もしかしたら全てを委ねても良い相手だと思っているのかもしれませんね」

 ざーっと乾き始めた梢を揺らす音が駆け抜けていった。風向きが変わり、急に温度が変わった。夏から秋へと移ろいゆく季節、時折冷たい風が吹きぬける。それは何かが来る予兆のようにも感じられた。もちろん力のない私のことだから、ただの勘違いかもしれないけれど。

「今だから白状しますけど、最初にリンクに会った時にユニコーンの話を思い出して、あなたが悪い狩人ではないかと疑ったのですよ」

「私が狩人ですか?」

 わずかに眉をひそめるようにして言うので、心外だと思っているのだと察することができた。その小さな表情の変化を見つけるたびに、最近は少しずつ嬉しくなる。

「だって、あまりにも目つきが鋭いんですもの」

 くすっと笑いながら返すと、眉間のしわに指をやって伸ばそうとしていた。でも上手くいかない様子で、さらに難しい顔になったのでこれ以上いじめるのはよそうと思った。

「私がこの乙女で、リンクが狩人ならば、さしずめユニコーンは目覚めない力といったところでしょうか」

 人差し指で文字をなぞると、わずかに紙の表面が指に引っかかった。心のささくれみたい。

「そうなのですか?」

「物の例えです。遠い他の国では賢い王が即位する際には空に吉兆を示す獣が飛ぶと言いますし、案外このユニコーンも、不思議な力の隠喩ではないかと。そう、考えることも……」

 そう、考えるだけなら、何を考えても自由。

 しかしながら、言葉の最後まで上手く言えなかった。だってこれは私が苦し紛れの考え事だから。何の根拠もない妄想だ。

 こんな空想を御父様に話をしたら、よくて笑われるか、おそらく怒られる。そんな他愛ない妄想で時間を浪費するぐらいならば、黙って泉で沐浴して祈りを捧げよと。

分かっている、私の求める力は祈りの先にしかない。

 でも時々こうして別の可能性を考えていないと息が詰まった。

 しがない妄想だ、現実逃避だと言われても、わずかな可能性にしがみつきたくなる。それを素直に話して笑わないでいてくれる人はほとんどいない。

だからこんな馬鹿みたいなこと、口に出すべきではなかった。

 ところが、そういった空想について、まるで融通が利かなさそうなリンクは大真面目な顔で、なるほどと頷いていた。一言「現実的ではありません」とでも返ってくるのかと思いきや、真逆の反応をする。

 いつもの柔らかくない騎士殿はどこへ消えたのやら。

「もしユニコーンが力の象徴だと言われるのなら、どうやって乙女はユニコーンをおびき出すのですか」

 笑わないどころか、さらに話の先を催促する。この他愛ない空想の続きにまでちゃんと付き合ってくれる。

 ここまで私の誇大妄想に付き合ってくれるのであれば、逆に楽しくなってくるというものだ。おのずと興も乗ってくる。

「そう、そこのところの記憶があいまいで、気になってこの本を持ってきたんです。確か次のページに書いてあったはず」

 ユニコーンに関する記述は確か見開き二ページ分。私が探していた文言は、記憶通り次のページに合った。

「あった! 乙女は自分の五感を差し出すことによってユニコーンをおびき出す、と。ほらここに書いてあります」

「五感というと、つまり耳とか目とか?」

「匂い、音、味でおびき出し、美しい見た目と触る手によってユニコーンをなだめすかして寝かせてしまう。……そういう意味ではこの貴婦人、乙女という割にとても腹黒いですね? それに狩人と共謀しているとも取れますし、大人になってから読むと、とても酷い女性に見えてしまいます」

 ユニコーンは乙女のことがきっと好きですり寄ってくる。彼女のかぐわしい香りに柔らかく甘噛みをして、心地よい声色にほだされ、美しい彼女の指で鬣を梳かれる。

でもそれは背後に狩人を従えた罠。となるとこの乙女、かなりの悪女ではないか。

私はそんな悪女になれるかしらと首を傾げたが、一方でリンクの方は違う意味で駄目だと首を横に振った。

「だとすると、私には狩ることしかできないようです」

「ゲルドの街の時のように淑女の服を着ても、声や匂いでバレてしまいますね」

 カラカラバザールでの襲撃事件の後、傍を離れたくない一心で女装までしてきた堅物の騎士殿の渋い顔を思い出す。何でも一人でやってのけてしまう天才剣士と言えども、どうやら無理は通らないと判断したらしい。

リンクは至極真面目なだけで、ユニコーンを殺すような悪い狩人ではない。以前の私であれば知恵を絞って狩人を退けようとしただろうが、今はそんなつもりはなかった。むしろ彼と協力してでも、力を招かねばならない。

となると、狩人と乙女はやはり共犯関係なのだ。

「でも、だとしたら私の元にユニコーンが現れないのは、私に魅力がないということでしょうか……魅力? 魅力って何かしら」

「それはあると思いますが」

 案外、即答があった。

「そうですか?」

 首をかしげて問うと、わりに答えづらそうにしていた。

当たり前か、主人の卑屈に付き合うなどやっといられないだろう。無体な質問をしてしまった。

やりづらそうにリンクはこほんと一つ咳ばらいをして、声色が少し変わる。

「それよりも『五感を差し出す』という文言が気になります」

 ついと白い手袋に包まれた指が撫でる先、確かに乙女は五感を差し出すとあった。

 差し出すと言うことは、つまり何者かに取られるということ。その相手はユニコーンなのか、狩人なのか分からないが、ただならぬ雰囲気なのは間違いない。

 でも。

 本当に私の体ごときと引き換えして、封印の力が手に入るのならばやぶさかではないと、どこかで納得が勝つ。足を捥がれて歩けなくなろうと、目をえぐられて光を失おうと、耳をそがれて音が無くなろうと、それでハイラルが救われるのならば幸いだと、どこかで腹落ちする。

「もし私の五感を捧げて力に目覚められるのなら、もちろん当然のように差し出すでしょうね」

 思わず淡い願望が漏れた。口を塞いでも溢れてくる、やり切れない思い。喉から手が出るほど欲しい封印の力のために、差し出せるものは多くない。少なくとも財などではないだろう。だとしたら心か、体か、その両方か。

 王家の姫君たちは祈りによってその力を授かって来たというが、何かを得るために対価が必要なのは世の常。只人とは違う力の代償が祈るだけだとは到底思えないし、もしそうなら私はすでに力を得ているはず。

だとしたら彼女たちは一体何を差し出したのか? お母様は何と引き換えに力を得たのか、聞きたいのにその人はもういない。

「耳でも目でも髪でも、執着などないのに」

「どうかご自身を傷つけることだけはお止め下さい」

 手入れされた毛束を持ち上げて、こんなものならいくらでもと思ったのに、リンクの声は少し怒っていた。

怒ってくれるのは優しいが、それは時に残酷だ。いつまでも正解にたどり着けずに、もがき続けた私は次の誕生日で成人になる。この苦しみが体と引き換えに終わるのならば、一種の救いでもある。

でもほぼ間違いなく、そういった事態にはならない。

「そんなことで力が得られるのなら、私はとっくの昔に生贄にされているはず。それが答えです」

 王家の姫巫女は生きてその役割を果たす。だから生かされているだけ。かしずかれて暮しているのも、リンクが私の騎士を務めているのも、すべては厄災を封じるために生かしておかなければならないから。それが無くなってしまったら、私の意義はなくなる。

 私はまだ、このハイラルにとって価値がある。だからまだ試されている。ちゃんと役割を果たすものなのか、生かしておくべき人間なのか、つぶさに見られている。

とみに冷たい風が吹いたので、身震いをして立ち上がった。そろそろ現実に戻った方がいい。

「さて、空想はここまでにします。書物の写しを読まねばなりません。今回は医学書が多いので楽しみです」

 にっこりと微笑んで、私は嘘を吐いた。本当はあまり楽しみではない。

 医学書が楽しみなのは本当だけれど、封印の力のために読みたいわけはない。病の人を助けるために知恵をつけるのならばまだしも、自分のために読む本は退屈だった。でもやらなければ、私は本当に無価値になってしまう。だから藻掻く。

「五感の先にある第六感と呼ばれる感覚について、何か分かるといいのですが」

 学者の真似事と言われようが、これでも私は自分なりの方法で厄災に立ち向かおうとしているつもりだ。遺物の研究はもちろん、力に目覚めるための方法だって当の本人なのだから思考錯誤ぐらいする。

それどころか一向に力に目覚めないのに、同じ方法を繰り返す方が無益ではないのかとさえ思う。間違った方法をやっていたら、何千何万と繰り返したところで成果は得られないとは考えないのだろうか。

 なのに御父様も家臣団も皆一様に私の努力不足を疑う。何なら言われた通りにしているその姿勢こそが、彼らの精神安定剤なのではないかとすら勘繰りたくなる。

 だからこうして、時々突拍子もない考えが頭を占拠するのだろう。それを嘲らずに聞いてくれたリンクという人は、とんでもない真面目なのか、それとも相当な変わり者か、まだ私には分からなかった。

「くれぐれも無茶だけはなさらないでください」

「はい。もう心配をかけるようなことはしません」

にっこりと返したけれど、彼はきゅっと眉を引き締めていた。これも嘘だと、その鋭すぎる直感で見抜かれていたのかもしれない。

たかだか痛み程度のことで、続くこの苦しみが終わるのであれば、早く終わらせてくれと願う姫巫女の私は確実に存在する。目をえぐられれば痛い、耳を削がれれば痛い、でも痛みで姫巫女の役割から解き放たれるのならば喜んで身を捧げたい。

何しろ心はすでに鋭い言葉で血だらけなのだし。

 分かっている、こんなだから私には力が訪わないのだ。姫巫女としてそう在るようにと育てられたから、ハイラルを救いたい、愛していると微笑んで自分に勘違いさせているだけ。

 結局のところ、私はこの世界を愛してなどいないのだ。