飢えの先

 兵士二人の手の平に赤いルピーを乗せる。すると、悪い顔をしながらも退いてくれた。その隙間を、私は長い外套を頭から被ってインパと共にすり抜けた。

「お姫様も健気なもんだよな」

「おかげでいい小遣い稼ぎになるけどよ」

 後ろからの声は無視した。

「姫様、お急ぎください」

 インパに急かされて塔の扉に手を掛ける。彼女はいつも通り見張りとして扉の外に残った。

 軋む戸を開けて入ると、まずすえた匂いが鼻腔の奥を突く。もう何日も身を清めてもらっていない証拠。その相手というのが目の前の寝台に座っていた。

「リンク……!」

 声にようやく反応するが、石の壁にもたれたまま虚ろな瞳がこちらを向くだけ。フードを取った私の顔を認めて、ようやく目元を緩ませた。

「ゼルダさま……」

「生きていますか」

 長く伸びた髪は腰までになっていたが、捨て犬よりも酷い荒れよう。おもむろに彼は立ち上がって歩こうとするが、その体を支えるには手足があまりにも痩せこけていた。二歩目を踏み出そうとしてバランスを崩す。その寸前で私が受け止める。

「もうしわけ、ありません」

「いいえ、いいのです。早く、人が来る前に」

 そう言って私は長い外套の前を開けた。付けているのは腰巻のスカートだけで上半身には何一つ身にまとっていない。

 いや、違う。

 首から下、臍のあたりまでできる限りにハチミツを塗っていた。黄金色に輝くそれを見るや否や、リンクはかすれる声で礼を言いながら舌を這わせる。

「ごめんなさい、こんな仕打ちをして」

 厄災を封じて以来五年、元勇者はこうして塔に幽閉されている。

 厄災の復活を見事に言い当てた予言者に褒美を取らせようという時になって、その予言者は「次なる災いは力を振るう者」と言い放った。それまで英雄扱いだった彼が国中からその存在を危険視されるのに長くはかからなかった。かつての仲間たちはみな口をそろえて「そんなはずはない」と言ったが、直接彼のことを知らない人ほど声高に危険を叫んだ。

「ならばこの身を死ぬまで戒めておいてください」

 そう言って、リンクは自ら進んで幽閉されることを選んだ。最初は軟禁程度のものだった。だが恐れをなした者たちが、さらに強い力での監獄を望み、気づけば彼の扱いは罪人よりもひどい。最初に幽閉を命じた御父様でさえ、すでに彼の身柄を左右する絶対的権利を持ち合わせていない。

彼が災いとなることを恐れる民の力が、彼を廃人に貶めていく。

 しかし国の誰よりも強い彼は力で殺すことができない。ならば飢えで殺してしまえと、一年ほど前から方針が明らかに変わったことを私も察していた。

「どうにかここから出せるように、せめて食事だけでもどうにかするようにしますからっ」

 食事だけと言っては見たものの、すでに一か月以上は身を清めてもらっていない様子を見れば、飲み水さえギリギリだということは予想に難くない。もはや一刻の猶予もない。

 それでも父王の力の強い管理下において娘の私ができることはと言えば、こうして兵士たちに賂を渡して扉を開けさせてひっそりと体を舐めさせるぐらいのこと。でも明らかにこれでは足りない。

 もう最低限の言葉しか出てこないリンクは、ひたすらに私の肌を舐める。舌が渇いて舐めづらいだろうに、それでもいま何かを口に入れておかなければ明日死ぬかもしれない恐怖に苛まれながら舐め続ける。

 このわずかなかかわりだけが彼を生かしていた。

「姫様、人が来ます、お早く!」

 インパの切羽詰まった声にハッとして、すでに甘味の消えた私の肌を舐め続けるリンクの頭を掻き抱いた。

「ごめんなさい、また来ます。どうかそれまで生きていてください」

「ゼルダさま……」

 ボロボロと零れる涙さえ、彼の飲み水になってくれればいいのにと思いながら私は闇夜に姿を溶かし込んで逃げ帰った。

 次はいつ侍女長の目を盗んで出られるか。そんなことを考えていたある夜、満月が夜空に輝いた。

 真っ赤な月だった。

 厄災を封じて以来、一度もなかった深紅の月夜。

 その夜自体は何も起こらなかったが、一気に疑いの目が塔に幽閉されたリンクに向いた。早く殺すべきだ、せめて国外へ追放しろ、いかな災いを呼ぶのかもう一度占いをせよ、などと人が押し掛ける。

 御父様も大臣方もだいぶ頭を痛めている様子だったが、それよりも私は彼の身柄の方が心配だった。

 赤い月は厄災の復活を意味する。何かあったのではないか。居てもたってもいられず、その日の夜にまた忍んでいった。もちろんハチミツを塗って。

「リンク、大丈夫ですか」

 大丈夫なわけがない。分かっている、生きているかどうかの確認だ。

 ところが彼はずいぶんとしっかりした顔をこちらに向けた。高い窓から白い月明かりが差し込む。

「ゼルダ様」

「大丈夫ですか、昨晩赤い月が昇ったのです。あなたの身に何かあったのではと……」

 と、言葉を待たず、リンクは私の長い外套の前を開けた。

「ください……」

 そうだ。彼に今最も必要なのは私の言葉ではなく、滋養のある食べ物の方。どうぞと差し出した肌を、彼はまた嬉しそうに舐めた。

 はあはあと息を荒げて、慌てた様子で舐めとる。

「厄災を封じてから初めて赤い月が昇ったんです……もしかしたら、あなたの力がもう一度必要になって、だから外へ出してもらえるかもしれません」

 なんて酷い言い草。

 その力が強すぎて災いになるからと幽閉して殺しかけておいて、必要になったら戒めを解いて力を貸せという。厚かましいにもほどがある。

 でもリンクは、そうであってもおそらく首を縦に振るだろう。そういう人だから。姫巫女たる私の対の人は、そういう優しい人だから。

「そうは、ならないと思います」

 ぐりっと、腕を掴まれて体を押し倒された。すでに体に塗った大半のハチミツを舐めとって、リンクは口の周りを舐めている。とても満足した様子で、目を細め。

 瞳が赤かった。

「リンク……?! 目が……」

「俺が、次の厄災です」

 白い歯を見せて嗤う彼は、見知らぬ人だった。

「占いはおそらくこうなることを予見していたんです」

 そう、歪んだ笑みが一瞬だけ悲しそうな顔になったのを見呆けた瞬間、胸の頂点をぱくりと頬張られた。いつもの舐める調子ではなく、明らかに吸い付いて舌で転がして刺激を与える。

「やぁっ……やめて、どうしたのですかリンク! んんっ……ぁ」

 明らかな声を上げては外にいるインパに心配をかけてしまう。なるべく小さな声で諭すように語り掛けるのだが聞く耳を持たず、挙句、私の腕を片手で押さえてもう片方の手で揉みしだく。

 明らかに弱り果てた様子の彼とは違う。

「元気になったのですか? だとしても、ちょっとこれはッ」

 まるでこれでは、彼が私を犯すような。

 思ってみてからゾッとした。

 私の身体の上にのしかかり、腕を押さえつけているのは曲がりなりにも男の体を持つ人だった。いつ死ぬか分からないような廃人ではない。

「リンク……?」

「ゼルダ様、おれ、お腹が空いているんです」

 私の腕を離したまでは良かった。ところが彼は私の巻きスカートに手を掛けて、こともあろうに引き裂かん勢いで引っ張る。

「駄目です、そんなことをしたらっ」

 と言って止まるべくもなく、剥かれた足を無体に割り開かれる。同時に顔が近づいて、先ほどまでハチミツを舐めていたはずの舌が私の一番柔らかいところに差し込まれた。

「ひゃぁッ」

 固く閉じていたはずのところに熱い吐息がかかる。ぬめぬめと舌が這いずり周り、でもそれが逆に気持ちいい刺激になる。止めてと口では必死に抵抗していたが、私は足を閉じる努力を早々に放棄してしまった。

 なにせ誰よりも強かった頃の彼の腕が私の太ももを押さえつけている。抵抗など無駄に等しい。

「おいしい……」

 一瞬だけ顔を上げて、恍惚とした表情で言う彼の瞳は、やはり何度見ても赤かった。

「喉が渇くんです、ゼルダ様の泉、湧いてくるから飲ませて」

「んぁ……リンク、こんなことは、あぁ………駄目、です……ンぅッ……」

 あられもない体勢で駄目と言いながら、彼がようやく飲めたのならばそれでも良いのじゃないかと頭に霞がかかってくる。そう、お腹が空いていて当たり前だ。昨晩の赤い月の騒ぎで城内は騒然としていたから、ここぞとばかりに数回食事を抜かれてもおかしくはない。

 それどころかずっと足りない量の食事でやせ細っていたのだから、私の肉を少しぐらい食べさせたとしても罰は当たらない。どうしてならぬといえようか。

「ぜんぶ、食べます……?」

 赤い瞳が爛々と喜色に輝いて、力強く頷いたのを見て私は体から力を抜いた。

 リンクの舌が全身を這い、唾液も汗も涙も蜜も、あふれ出るものすべてを丹念に舐め取っていく。その感覚に身をよじって声を上げる寸前で息を飲む。こんなことをしていてはインパにばれてしまうから。

 どろどろに舐め上げられる頃になって、リンクはぼろぼろの服の中からそそり立つ自分のものを出した。

「たべていいですか」

 抵抗などすまい。もはや厄災に立ち向かう力など、私には残っていない。

 仮に抵抗する力が残っていたとしても、相手がリンクならば。別に抵抗する必要などない。だって彼は勇者だから。

 ハイラルという国に最大の奉仕をしておきながら、何の因果でこんな仕打ちを受けなければならない。きっとそう思っているはずだし、私だって間違っていると思っている。

 ならば彼に全てを明け渡してやってもいいではないか。

「どうぞ、リンク」

 笑顔で、両腕を開いて出迎えると、嬉しそうに抱きつく。でも次の瞬間、彼は私の腹の底に大きくなったそれを一気に潜り込ませて体を抉っていった。

 痛い、痛い、痛いけれど、でもこれが彼を虐げた報いならば耐えられる。

 叫ぶ声を噛み殺そうとすれば熱い舌が絡まって逆に声を飲み込まれた。喉の奥で「俺のゼルダ」とつぶやいて、彼はぐりぐりと腰を奥へ進めていく。

 熱い、痛い。これが罰。零れる涙まで舐め取られて、どんどん私は彼の中に食われていく。

 騎士だったころからは考えられない邪まな笑みを顔に張り付けて、長くなった髪を面倒くさそうにかき上げながらリンクはひたすらに腰を振った。私の腕が拒否をしないのを良いことに、腰のあたりを目いっぱい掴んで嬉しそうに打ち付ける。そのたびに痩せた体の骨が当たって痛いのだが、逆に彼の方は柔らかい私の身体が気に入ったのか指を沈み込ませては遊ぶ。

「おいしい、おいしい、おれのぜるだ……」

 うわ言のように繰り返しながら、赤い瞳を潤ませてついには私の首筋にかじりつく。

 よほど腹を空かせているのだ。私の身体で満足するならばいくらでも食べなさい、と頭を撫でる。

 そのうちに律動が速くなり、呼吸もせりあがっていって、方や私は痛みと格闘したまま。引き裂かれる体の痛みに耐えながら見守っていると、リンクが体を震わせて私の中に欲望をそのまま吐き出したのが分かった。

「何をやっているのですか……?!」

 私の戻りがあまりにも遅いことに心配したインパが扉を開いて硬直していた。私は長外套も唯一身に付けていた巻きスカートも取られて組み伏せられている。しかも繋がったまま、リンクは半ば夢うつつ私を舐めていた。

「姫様から離れなさい!」

 インパのクナイが空を切り裂く。的確に狙ったはずの凶器は、しかしながら元勇者にはかすりもしなかった。必要最低限の動きで空を切る鉄の塊を避けると、私の身体からわずかに緩んだ雄を引き抜く。

 力なく倒れたままの私の身体を長外套で包むと、同時に石の壁に刺さったクナイを抜いた。

「退け、さもなくば殺す」

 クナイの切っ先は私の首筋へ。インパの顔に焦りが見えた。

「姫様を離せと言っている!」

「退け」

「姫様はあなたのために尽力しておられたではないですか! その方を人質にとるのですか!」

 答えず、リンクは私を盾に塔から出た。もちろん外の兵士も漏れなく抵抗できずに通すしかない。

 いつ私の身体を捨てて逃げていくのだろうかと、力の入らない足で従う。むしろ彼がやりやすいように私は辛うじて動く足で自ら進んで歩いた。

 でもリンク一向に私を手放さず、ついには厩舎まできた。私を使って自分の馬を引き出させ、そこでようやく捨てるのかと思いきやぐったりとした体を馬上に引き上げられる。

 鋭い嘶きが一つ。走り出した軍馬は早い。

 追う兵士は数多いた。でも乗り手も馬も、国で一番だった。

「どうして私を捨てて行かなかったんですか」

 静かな泉のほとりまで逃げてきて、そこでようやく体を休めた。

 これではお互いにぼろをまとっただけの不審者、でも嬉しそうにリンクは私の身体をかき寄せる。

「ゼルダ、一緒にこの国を滅ぼしましょう」

 そう呟いて、押し倒す彼の瞳に映った私も、いつしか瞳の色が赤く染まっていた。

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