今は亡きお母様が外つ国から取り寄せた長大な一本の角。それはとても印象的なものだった。
「ユニコーン?」
「これがその角だそうですよ、ゼルダ」
お母様は私の頭を撫でながら角を見上げていた。真っ直ぐに起立する自分の背丈よりも大きな角。およそ子供の背丈の三倍はあろうかという、螺旋が刻まれた真っ直ぐな白いそれは高貴を纏っていた。
今でこそ知っているが、ユニコーンの角は高価な薬の原料となる。もしかしたらあの頃から、すでにお母様は死期を察しておられたのかもしれない。病を隠しながら、でもどうにか抗おうとあらゆる薬を試されていたのだろう。
もちろんそういったことは、当時の私には知る由も無かった。
だから目の前の長大な角を見た時、まず真っ先にユニコーンがどのような獣の角なのか気になった。
「ユニコーンってどんな動物なのですか?」
「きっとそう言うと思って、絵物語も取り寄せましたよ」
「読んでくださいませ、お母様!」
せがむと居室の窓際、安楽椅子で一緒に読んでくれた。
気高く、獰猛で、優雅な獣。馬に似た体躯をして、輝くばかりの白い毛並みの獣の額に真っ直ぐな一本の角が描いてある。それが美しい女性の膝の上に頭を置いて、静かに眠っていた。
「乙女の膝の上でだけ穏やかに眠るのですって」
「どうして?」
「どうしてでしょう。もしかしたら全てを委ねても良い相手だと思っているのかもしれませんね」
こんな優雅な獣がもし私の膝で寝てくれたなら、それは何て素晴らしいことかしらと祈るように組んだ手におのずと力が入る。
でも開いたページの反対側に、弓をつがえた男の姿を見つけて愕然とした。
「乙女の膝で寝付いたユニコーンは狩人に気が付かないのだそうよ。そうやって狩人はユニコーンを狩るんですって。あの角も、そうして獲られたものなのでしょうか」
お母様の指さす先で、乙女の膝の上を矢じりが鋭く狙っていた。
「ユニコーンは殺されてしまうの?」
「乙女の膝の上で眠ったユニコーンを狩人が狩る。そうしないとユニコーンは足が速くて力強いから、捕らえることができないと書いてありますね」
子供心にそれはとても残酷なことなのではないかと心が痛んだ。
きっとユニコーンは乙女のことが好きでたまらずにすり寄ってくるはずだ。しかし乙女は餌でしかない。乙女の方も己が罠だと分かっていて膝を差し出す。自分の膝の上で眠る高貴な獣が狩人に息の根を止められ、見事な一角がなすすべなく奪われるのを黙して待つ。
いや、もしかしたら乙女と狩人は恋人同士なのかもしれない。二人が示し合わせてユニコーンを捕らえようとしているのだとしたら。なんて酷い二人なんだろうかと、憤りすら覚えた。
もし私の目の前にユニコーンが現れたら、狩人などには絶対に教えてやらないとこの時心に決めた。そんな美しい獣が居るのだとしたら、殺して角を奪うなんて残酷なことは絶対に許さない。私はユニコーンを抱いて、必ず一人と一匹で幸せになろうと思った。
そんなやり取りがあった数年後のこと。私の目の前に現れた彼を見たとき、なぜだかふいにあの時のお母さまとの記憶が蘇った。
乙女と狩人と、ユニコーン。互いが作り出す歪んだ三角形。
真っ先に彼は狩人だと思った。無情なまでに透き通った青いそのまなざしが、私の膝の上で眠るユニコーンを殺す者に見えた。未だ現れないその獣を奪われてなるものかと思ったが、一方で彼はあまりにも優秀な狩人であった。
厄災討伐の要となる退魔の剣を引き抜き、瞬く間に御父様に気に入られ、気づけば一足飛びに私の仕える騎士となっていた。これではいつ現れるかもしれない私のユニコーンが彼に殺されてしまう。でも私には狩人に対抗するだけの力がいまだ目覚めないでいた。
乙女では狩人に勝つことはできないのか、乙女は狩人の操る餌にしかなれないのか、まったく彼と対等に成れる気がしない。握る拳の中で爪が食い込む。それどころか狩人はあの無表情の下に、無力な乙女をあざ笑う顔を隠しているのかもしれない。
どれだけ祈りを捧げても、乙女の私には力が宿らなかった。対する彼はどんどん力を蓄えていく。それが歯がゆくてならなかった。
私が狩人だと思った彼の名を、リンクという。未だ訪わぬユニコーンの名は知らない。