不可知の獣 - 13/14

 随分と懐かしい夢を見た。全て過ぎ去った日々だが、忘れるはずはない。

 ユニコーンは乙女の膝で眠ると言うが、実際のところ私のユニコーンは私の体を抱いて眠っていた。ハテノ村の端っこの家、その二階の窓際、薄い朝日をカーテンが遮るベッドの中で逞しい腕が私の身体を捕まえて離さない。

 こんな姿形をしていたのでは、周囲に怯えて牙を剝いていたあの頃の私には見つけようがないではないか。まったく、女神もややこしいことをする。

「最初は狩人かと思っていましたが……」

 リンクこそがユニコーンを狩る者だと信じていた。しかしよく考えてみると、彼は私の膝で眠る獣の側だった。悪意の欠片なく私に侍り、全てを委ねて信じて、ずっと私を守ってくれた気高い獣。

 でも一時は、文字通り私の膝に首を垂れて、腕の中で永遠の眠りについてしまうかと思った。厄災という狩人に私ごと食われてしまうところだった。そのことに気が付いたのは随分と後になってからだ。

 昨晩の営みのあとで、互いに何も纏わずに抱き合って目覚める朝。目覚めてすぐに目に入るのは濃い黄金色の髪、それから穏やかな腕に抱かれる感触が肌に気持ちいい。すうすうと静かな吐息を聞き、柔らかいお日様みたいな匂いを嗅ぎ、ちょうどよいので唇を味わってみた。

「ん……おは、よう?」

 ぼんやりと薄く目を開けながら少し笑って、私を抱き寄せる腕に力が入る。そのまま私の唇に何度も角度を変えて口づけを落とすので、応じるようについばむ。すると、すかさず舌を絡めて遊び始めた。

 まだ朝も早いというのにわずかに水音が立つ。相変わらず私の息を継ぐタイミングを良く心得ていて、上手く遊ばれてしまう。でもそれも一時のことで、すぐに離れしまった。

「どうしたんですか、珍しい」

「昔の夢で目が覚めてしまって」

「怖い夢?」

「少し怖かったけれど、でももう大丈夫です」

「そう。なら、よかった……」

 ふっくりと、以前なら想像もできなかったような笑みを浮かべて、リンクはまた瞼を閉じてしまった。もしここに狩人がいたら、このユニコーンは簡単に狩られるのではと危惧する。が、次の瞬間、いやいや並大抵の狩人なら逆に狩り立ててしまうに違いないと、頭の中で笑いながら首を振った。

 でも、昨晩のことを思い出してはたと止まった。私はもうとっくに乙女ではない。もう体の芯の方まで随分とこの目の前の男にひらかれている。

「そうです、私はもうとっくの昔に乙女ではありませんね?」

 急に甘い空気が現実の朝に冷えて固まっていく。

「……なんの話です?」

「いえ、こちらの都合です」

「……?」

 一瞬、全て説明してみようかしらと悪い意味での探求心が顔をのぞかせたが、私にもよくわからない感覚が多いのでやめた。力に目覚めないと思っていた頃ですら、実は未来のことを夢に見ていたのだから、結局、自分の感覚などあてにならない。

 自分が思うようにしか、世界は思う通りにならない。感じたいように心は感じる。それだけは身に染みていた。

「ん-。もう少し寝ようかと思ったのに」

 布団の中であくびを噛み殺しながら体を伸ばして、リンクが体を半分起こす。

 まだ起きるには少し早い時間だったのに可哀そうなことをした。もう少し寝ましょうと引き留めようかと思ったら、よいしょと彼はそのまま私の上に覆いかぶさった。

「あの、ゼルダ。……してもいいですか?」

 あの頃と変わらずちゃんと乞い願うのだが、まるで必死さが足りない。私が駄目と言わないのを確信している。実に甘い顔をして、自分の立ち上がりかけた物をゆるゆると私のお腹にこすり付けた。ちょっと冷たい。

 まったく。こんなことをするのなら、たまには焦らしてみようかしらと、わざとツンとしてみせた。

「まあ、朝からですか。どうしましょう」

「今日は何も用事がないから、……だめ?」

 返事も待たずに首筋に噛みついて舌を這わせるのだから節操がない。

 この人は外ではしっかりとしている割に、二人きりになると意外とこういう甘えたことをする。こんな人だったかしらと記憶をさかのぼってみたけれど、私の方も記憶が薄れている部分があるのかも。でも本人には間違いない。さすがにお互い、百年は長かったということだろうか。

 まぁいいか、と首筋に甘噛みを続ける獣の頭を撫でた。どう転んでも私たちは与え合う刺激に理性が擦り切れて、悦ぶ声で互いを呼び合うのだが、それでいい。それがいい。

 五体満足、感覚の全てが無事だったことを女神に感謝しよう。おかげで私は大事な人を余すことなく全身で感じ取ることができる。

「仕方のない人ですね」

 許しを与えるとやっぱり瞳が潤む、それを見止めて心がまた嬉しくなった。

 全ての感覚を研ぎ澄まして、深呼吸。おもむろに口付けをして、全身で愛を受け止めた。