貧乏くじの裏事情 - 2/4

 さて、私が下したリンクへの評価だが、剣の腕前は大変よろしいと感心していた。多少の荒々しさはあるが十三にしては強い、強すぎる。しかもそれを鼻に掛けることもないのが実によい。さすがは勇者、女神の性癖がぎゅっと詰め込んだ男子である。
 ただし、それ以外のことは良くて中の上、あるいはまったく仕込まれていないと思うこともあった。
 例えば立ち居振る舞い。必要最低限のことを仕込まれていたが、どうやらじっとしているのが苦手なようだ。言葉遣いも礼儀正しく丁寧ではあるが、貴人に侍る者が身に着けるべき慎重さと作法には程遠い。
 あと言い方は悪いが、小汚い。十三の少年に清潔さを求めるのが酷なのは分かり切った話だが、近衛騎士の選考基準には容姿も含まれる。見た目で王族の気分を害してはならない。
 さらに致命的だったのは兵法がまるで駄目だったということだ。

「ほーら、これで君の大隊は包囲されておしまいだ。だからもう少し慎重に扱えと言ったのに」

 試しに兵棋演習をさせてみたら、何度やっても全滅を繰り返した。どんなに手加減してあげても彼は単騎でどうにかしようとする。一般的な兵卒の平均的な力量を理解していない。
 恐らく持って生まれた資質ゆえ、単独での戦い方に慣れ切っているのだろう。だが残念ながら今後、彼は能力にかかわらず指揮せざるを得ない状況になる可能性が高い。今の状態ではだいぶまずい。

「もう少し簡単なゲームで基礎を養ってみようか」

 普通の子なら泣き出すほどコテンパンに兵棋演習で叩きのめしていたので、さすがのリンクもぎゅっと口を引き結んでいた。
 個人的には、こういう負けず嫌いなところは好感が持てた。まるで質の良い鋼のようで、叩き甲斐がある。
 ただ全くご褒美がないのも少々不憫だ。私もそこまで鬼畜生ではない……と思う。

「でもただゲームをするのでは面白くないねェ」
「……賭けは禁じられております」
「金銭以外なら違法ではないんだよ。法というのは抜け穴をあらかじめ作っておくものだ」

 これは本当だ。許可を得た賭場以外で金銭を賭けることは禁じられているが、それ以外は別にとやかく言われない。食事、酒、たばこ、次の夜勤、あるいは新しく入ってきた若い侍女の名前と素性を聞き出す役など、賭けの対象は腐るほどある。下世話なものまで含めれば、私もだいぶ勝ったり負けたりを楽しんできた。
 ところがそのあたりの事情を知らない嘴の黄色い雛鳥は、変に潔癖症なのか眉間にしわを寄せていた。まったくかわいらしいねェと笑って私はチェス盤を取り出す。

「なーに、今回賭けるのは『一回だけ相手を言いなりにさせる権利』だ」
「言いなりに? なんでもですか?」

 それまでずっと俯き加減だったリンクが、驚きと期待を抱いて顔を上げた。青い目が大きく輝く。よしよし、素直によく引っかかった。

「そう、私に一回でもチェスで勝てたらなんでも言うことを聞いてあげよう。ただし、君が十回負けたら私の言うなりになってもらうよ。それなら君もやる気が出るだろ?」

 ちなみに賭けの内容は、騎士たちが特に目的もなくただ暇をつぶす際に使われる手段だった。これならばあとでいくらでも融通が利く。ただし今回に限っては、私は彼に何を命じるのかはすでに決めてあった。

「私に命じたいことを考えておくがいい。……と言っても負ける気はないがね」

 駒を並べ始めたチェスは、手っ取り早くできる兵棋演習の簡易版だ。彼には単騎で戦場を制圧する力技みたいな解決方法以外を学ぶ機会が必要だが、それが現実の戦場で大量の人死にが出てからでは遅い。
 一通りの駒の動かし方を教えて一回だけ賭けなしの対戦をしたあと、私は一手先まで指させたうえでポーンを落として勝負をした。とんでもなく生ぬるいハンデ戦である。

「さて勝負だ」
「はい!」

 これは私のように世間を渡り歩いてずるがしこくなった者の意見だが、リンクのように何かに突出した者は勝負事となると不思議と強くなる傾向がある。普段からのたゆまぬ努力もあるのだろうが、ここぞというところで妙な運が味方して、勝利をもぎ取っていくのだ。凡才の身としては非常に羨ましい。

「それが天賦の才ってやつなんだろうけどねェ……」
「……てんぶのさい?」
「君が女神に愛されてるってこと」

 そうはいってもチェスの初心者であることに加えて、無茶な戦法を取るのが今の彼だ。
 八戦目あたりで危うく負けそうになったものの、何とか辛勝し、十勝目をあげたところで私は予定通り極悪な笑みを浮かべた。

「さーて、何をしてもらおうか……!」

 やらせることはすでに決まっていたが、わざと悩んでいる振りをして部屋を歩き回る。彼は十敗目を喫した瞬間から微動だにせず、顔を強張らせていた。
 どうせまた脱がされると思っているんだろう。ま、それもいいかなと一瞬思ったりはした。でも何度も何度も脱がせるのでは芸がない。脱ぎなれて恥ずかしがらなくなるのももったいない。

「よし。では今夜、湯を貰って体を清める際にこれを髪に塗り込むことを命じよう」
「……え、これ」

 と、手渡したのは小瓶に入った桃色の液体だった。トロリとしていて、見ようによってはちょっぴりいかがわしく見えなくもない。
 それを髪に塗り込んだらどうなるか? まぁ想像に難くはない。
 目を丸くしたリンクの手に小瓶を押し込むと、彼はしばらく黙って手の中の小瓶を見つめていた。その呆然自失しきった顔に私は満足げに頷いた。
 きっと瞳の青が映えるに違いない。それに陛下だって小汚い小僧より可愛い小僧の方が傍に置きたいはずだ。我ながらいい仕事をしたと思う。

「大丈夫だよ、効果は一時的なものらしいから。負けの代償にとしては安いもんだろう」
「……はい」

「今回のボクの命令はそんなところだ。今日はこれでおしまいにしよう」
 彼を部屋から叩き出す。どんな絶望顔で頭洗うのかなァと楽しみに翌日会ってみたら、彼は困惑気味に私を見上げていた。

「あの……染まらなかったんですが」
「そうだよ」
「染料じゃないんですか?」
「ボクは染料とは一言も言ってないんだけどねェ」

 えぇっとリンクが眉をひそめると、昨日とは一転して艶のある髪のひと房が額から零れ落ちた。ううむ、思惑通り昨日までは路地裏の子犬みたいだった毛並みが、一回でツヤツヤの飼い犬になっている。さすが娘が送ってよこした洗髪剤だ。
 ブラッシングが足りないようだが、それはおいおい教えてあげることにしても、毛並みだけでこうも印象が変わるとは驚きだった。意外と良い素地をしている。
 磨けば光る原石と分かれば惜しむ手間はない。せいぜい周囲がうらやむ程度には可愛らしくしてやろうではないか。

「身だしなみには気をつけるんだね」

 そのうち駄目元でゲルドから淑女の服を取り寄せてみようとほくそ笑んだ。