三次試験の結果は、親の七光りと言われるのを助長する結果だった。自分でもまさかなぁと思った。十七で、一回で受かるとは。
色んな人がさすがはあの英傑の息子だと褒めてくれた。もちろんおべっかの下にたくさんの舌打ちが聞こえた。けれどもうそんな奴らのことなど気にしない。
俺が両親を侮辱した相手を殴った話は尾ひれがついていて、直接何か言ってくる連中は本当に少なくなった。それも大きいのかもしれない。
合格が分かった日、父は大層喜んでくれた。季節外れだというのに色んな果物をどこからともなく手に入れてきて、いそいそとフルーツケーキを作り始める。こんな甘いもの、どうして年頃の男子に食わせるんだろうとちょっと気恥ずかしい気持ちもあって「どうしてケーキ?」と聞くと、父は眉尻を下げた。
「お前の母さんが好きなんだ」
そんなこと言われたら、肉でいいのになんて言えない。もちろん肉は肉で、食卓にあったんだけど。
食べると甘酸っぱくて、これが母さんの好きだった味なのかと頭がぼんやりした。大好きではないけれど、たまに食べるならいいのかもしれない。
そんなことをしている間に冬が過ぎて春になり、初めて登城する日が来た。十八になる年、父が厄災と対峙したのと同じ年齢になっていた。
学士として働き始める、つまり大人の仲間入り。そして陛下から正式に辞令をいただく日。
最終試験に合格したのは五人だった。俺が殴った二人組の片方も、なんと合格していた。こいつと同僚になるなんてついてない。この先、色々言われるのかもしれないが、だったら仕事で見返してやろう。陛下に諭された言葉を胸にしまった。
広間の真ん中に並んで陛下のお出ましを待つ。
詰めかけた貴族たちの視線は、もちろん一番若い俺に集まっていた。ひそひそ声が耳に届かないわけはなく、正直言ってうるさいぐらい。気にしない、気にしない、と心の中で何度も唱えた。
「女王陛下と王配殿下の御成りです」
声がかかると一斉に静まり返り、一同に倣って頭を下げる。衣擦れとヒールの音でゼルダ女王陛下が着座されたのが分かり、もう一度お声がかりがあって顔を上げる。
そこから新しい学士が成績の順番に着任と辞令が言い渡される。残念ながら五人中、五番目が俺。最後でもいい、そのうち見返してやるんだから。
そうして最後に名前を呼ばれる。
「――、前へ」
思えば初めて陛下に名前を呼ばれた。進み出ると優しく微笑む人がいる。
「励みなさい」
人前だから女神のように繕ってはいるけれど、俺には陛下がまた心の敷居を跨いでこちらへ半歩だけ出てきてくれているように見えた。思わず頬が熱くなる。恐れ多くて嬉しくて「はい」と答えたっきり上手く言葉が続かなかった。陛下はすぐに女神の仮面をかぶり直してしまったけれど、しばらく胸を叩く心臓の音がうるさかった。
元の末席に戻ってこっそり目を泳がせると、女王陛下のすぐ背後に父の姿を見つけた。陛下の目の前まで言ったのに全然気づかなかった。父の顔にすら気が付けないほど緊張するなんて、やっぱり俺には騎士としての才能は無いんだと思う。あんな方の隣に常に控えているなんて、俺には無理だ。到底務まらない。
女王陛下が王配殿下と何かを話し、そのあと父に耳打ちする。案の定、父は平然と頷き返していた。
と思ったがわずかに、ほんのわずかだが父が頬を赤らめた。一緒に暮らしている俺だから分かったぐらいの、ほんの些細なことだった。
そんな、まさか。そういうことなのか?
もしかしなくても、陛下の隣にずっと居座る父はとんでもなく豪胆か、あるいは欲張りなのだろう。ようやく理解すると同時に、俺は気持ちの良い諦めに頬を緩めた。
了