ライバルはお母様! - 8/10

7.愛され姫巫女の苦悩

 ごきげんよう、ゼルダの母です。

 本日は十六歳になって、ちょっぴり大人になったゼルダのお買い物を、こっそり実況させていただきます。最後までどうぞゆっくりしていってくださいね。

 さて、お買い物といっても私たち貴族や王族は、商人の方が私たちのところへ品物を持ってくる仕組みになっています。御立入りといって、許可された商人たちが指定の日に王城へ商品を持ってきて、まとめてお買い物をするイメージです。

 商人たちにとっても我々は大口顧客ですので、自慢の品をたくさん持って参ります。ドレスや香水、珍しいお菓子から美しい美術品、果ては可愛らしい小動物まで。気を引くための高価なものを取りそろえるのです。

 しかし現在、いつものお買い物とは一味違う事件が起こっています。

 私の可愛い御ひい様はどんなドレスもばっちり着こなしてしまう美人さんですし、あるいは可愛らしいという理由でカエルの瓶の香水を選んでしまうちょっぴり変わった女の子ですが、そのギャップが『尊い』の源泉なのでノープロブレム。

 何が事件かと言いますと、一通りのお買い物が終わってから、ゼルダが「贈り物を選びたい」と商人たちに伝えたのです。商人たちの顔色も、同じお部屋で品を選んでいた私の目の色も変わりました。

「どなたへの贈り物をお探しですか?」

「それは、えっと……、ある方が来月成人されるので、そのお祝いを探しています」

「男性ですか、女性ですか?」

「だ、男性です……、とてもお世話になっている方なのです!」

 はい、そこ! 部屋の片隅で「誰だろな~いいなぁ~」って顔をしているリンク、貴方ですよ! 来月誕生日でしょ!! 自分の誕生日忘れちゃううっかりさんですか?

 というのはさておき、一体どんなものを選ぼうとしているのか、実況するには近寄らねば。そこでいそいそと彼女の傍に寄ったのですが、ゼルダは猛然と私の背を押して遠ざけようとするのです。

「お、お母様はドレスなど見ていてくださいませ!」

 あらあら、まぁまぁ。百戦錬磨の差し入れ選者である母には頼らないわけですね?

 よろしい、お手並み拝見と行きましょう。

 ですが姫巫女の修行と遺物の研究に明け暮れているゼルダに、果たして贈り物センスはあるでしょうか。おそらくありません、皆無です。実は完全無欠の美少女に見えるゼルダの唯一はそのセンスの無さなのです。それがいいんですけれど。

 例えばロームの誕生日に長い舌までリアルに作り込まれたリザルフォスマスクなる珍品を贈り、ロームのお髭がヒクヒクとしたのは記憶に新しい事件でした。だからあれほど「欲しい物は伝えた方が良いですよ」とロームには申しましたのに。

 別にロームのお髭ぐらいならば構いませんが、贈る相手はあのリンク。輪をかけて慎重に選ばなければ頓珍漢なことになりかねません。彼ほど『姫様から貰うものならどんなゲテモノでも嬉しい』猛者はおらず、下手したら『姫様の書き損じ』すら後生大事に机の奥にしまうタイプです。

 しかし私はすでに協力を断られた身。となると、打てる手は彼女しかいない。

――インパちゃん、貴女の出番よ!

 私はゼルダの傍に控えていたシーカー族の娘に目配せをしました。彼女はインパちゃん、先日ゼルダの執政補佐官に昇進したばかりのリンゼル促進課期待の大物新人です。

 察しのいい彼女はコクンと頷くと、さっそくゼルダの横にぴたりと張り付きました。

「姫様、男性に送るのであれば、そうですね……、例えば体力増強のためにフィローネの珍品ガンバリカブトなどはいかがでしょう?」

 ガンバリカブトが必要になるのは結婚してからよ~!! しかも必要なのはたぶんゼルダの方!

 もしかしてインパちゃんって案外そそっかしいのかも。可愛らしいポンコツさんの可能性が出てきました。きっとカカリコ村でシーカー族の長となるべく修行を積んでいたので、独創的な発想をしてしまうのですね。大変微笑ましいです。

 しかしそれを悠々と上回るのが私の御ひい様です。

「いいアイディアです、インパ。でも私が気になったのはツルギダイの骨です」

「これはいわゆる鯛の鯛、えっと確か胸鰭のところの骨でしたっけ?」

「そうです。鯛の鯛と言えば縁起が良い骨であることはもちろん、これほど大きく形が良い物は稀です。ツルギダイの鯛の鯛なら攻撃力が上がるお守りとして非常に効果がある気がします!」

 待ってください、これ以上リンクの攻撃力を上げたら、後々困るのは貴女ですよゼルダ?! 無論止めはしませんが、彼の攻撃力は十二分に高いともっぱらの噂です。他の騎士たちが風呂上りに青ざめていたので恐らく間違いありません。

 というか、そんな可笑しなものを持ち込んだ商人は誰?!

 ドレスを見る振り止めてそっと伺うと、さらにライネルの被り物を取り出そうとしているちょっぴり気持ち悪い商人と目が合いました。何だか見覚えのあるマスク、あれはロームのお髭がぴくぴくしてしまったリザルフォスマスクと同系統です。ライネルさんを被った猛獣なリンクも大変おもむきがありますが、未成年なので少し自重しましょう。

 眼光を三倍ぐらいに鋭くすると、商人は小さな悲鳴と共に退室していきました。全く、もう少しまともな提案が出来る商人はいないのでしょうか。

「ちなみに姫様は、贈り物にどのようなお気持ちを込めたいのですか?」

 うっかりインパちゃんにしてはナイス誘導です。ゼルダは少し首を傾げる振りをしながら、視界の端っこにリンクを収めて目を泳がせました。

「えっと、その人は騎士なので、危ないところへも行くので……そう、例えば護身にかかわる物の方がいい気がしてきました」

「ならば姫様こちらの一品などいかがでしょう」

 と、意気揚々と現れたのは品性と書いてルピーと読みそうな髭の商人です。誰ですか変な商人にばかり王城へ入る許可出しているのは。ロームだったらプンプンしますよ。

 とは言え私は少し離れたところで様子を伺うしかありません。その商人が黒いひげをなでなで、へりくだりながらも自信満々で取り出したのは金の装飾の装備でした。

「こちらはマジックアーマーと言いまして、大切な命をルピーで保障するセレブの中のセレブのための鎧でございます」

「ルピーで?」

「はい。本来は四十万ルピーですが、今回に限りゼルダ姫様には半額の二十万ルピーでお譲りいたしたく」

 にまーっと笑った商人のその下卑た顔。インパちゃん、これはダメよ止めなければ!

 だって半額とはいえ二十万ルピーと言えばあのダイヤモンド四百個分、結構な金額のお買い物です。そんな胡散臭い鎧にお金を使うぐらいなら、二人の結婚式ににお金かけるべきです、ぜ~~~ったいに駄目!

 しかしゼルダはすっかり目を輝かせて、金ぴかごてごて装備に手を伸ばします。

「ルピーで命を保障するとはどういうことですか? ルピーがある限りはダメージを受けないということは、お金が無くなったらこれはただの服も同然になってしまうのでしょうか? それとも装備品最低限としての性能は残る? そもそも仕組みは? どうなっているのです?!」

 あ、スイッチが入りました。

 これはゼルダ姫特有の探求心スイッチ、と私は呼んでいます。彼女は気になることがあると周囲が見えなくなってしまい、猪突猛進にそのことばかりに意識が行ってしまうのです。

 リンクも壁際で「うわぁ」って顔をしています。でも彼女が将来の貴女の妻ですよ。

「ええっと、姫様」

「非常に面白い装備品だと思います。ルピーが必要ということは少し気がかりですが、もしかしたら厄災対策に何か使えるかもしれません。ぜひこの鎧を王立古代研究所で調査したいですね。インパ、研究所の予算はどれぐらい残っていますか?」

「プルアがガーディアンにつぎ込んでいるので二十万はちょっと……」

「だとしたら、月ごとの貸与契約は可能でしょうか?」

 リンクへの贈り物よりも、研究用途品への姿勢の方が前のめりなところが若干気になりますが、今回は結果オーライ。

 夢中になると本当に立て板に水。その勢いがリンクにも向けられれば文句無しなのですが、惜しいかな、両片思い中なので口数控えめです。ちなみにリンクもあまり喋らず、こちらは初期から口数据え置きです。ただし目は口ほどにナントヤラですが。

 ニコニコ黙っていると、案の定胡散臭い商人はすごすご引き下がりました。

 しかし困ったのはゼルダの方です。何しろ提示される商品がことごとく帯の短し襷に長し、リンクの成人祝いにピッタリだと思えるものが見つかりません。彼女はついに椅子に腰かけて項垂れてしまいました。

「やっぱり、私が贈り物なんて、おこがましかったということでしょうか」

「そんなことはありません! 姫様から頂くものなら、どこの誰であろうと喜ぶはずですよ!」

 インパちゃんが手をブンブン振り回しながら力説していると、壁際に立っていたリンクも聞かれてもいないのにウンウンと頷きます。だから貰うのは貴方ですってば。でもゼルダは憂鬱そうにため息を吐くだけで気付きもしない。本当に見ていられません。

 なにより、あの年頃の男の子が喜ぶものと言えば相場は決まっています。

 好きな女の子か食べ物です。

 今だってリンクはスンと真面目な顔で警護をしていますが、どうせ頭の中は晩ご飯の食堂メニューで九割は埋め尽くされているはずです。むしろご飯で九割埋め尽くしておかないと残りの一割を占めるゼルダのことで頭がいっぱいになってしまうのが、あれぐらいの男の子の生態です。

 ならば方法は二つに一つ。

 ゼルダ自身が贈り物になるか、美味しい物で胃袋を掴むか。母としてはぜひとも前者を選択してほしいところですが、ゼルダはもちろん初心うぶなインパちゃんでもこの作戦は思いつくのは至難の業。

 ならば残された選択肢は――!

「手作りの品などはいかがでしょうか?」

 おっと?

 なかなか賢い提案をしたのは、何と年端もゆかぬ小さな商人でした。一体年齢はいくつなのか、首から下げた御立入りの許可証がまるで看板ぐらい大きく見えました。この国の商業は一体どうなっているんでしょう、ちょっと心配。

 許可証ににちらと見えた店名はマロマート。確かつい最近、城下町に支店が出来たばかりのお店です。

「手作り、ですか?」

「成人のお祝いは一生に一度、お相手の方のために姫様が手ずからお作りになるのは」

「でも、だとしたら何を作ればいいんでしょう? 彼の好きな物……食べることが好きなのは知っていますが」

「あっ、姫様それですよ!」

 インパちゃんが鼓の様にポォンッと手を打ちました。

「お菓子とか作って差し上げるのはどうです?」

「お菓子ですか? でも私、お菓子なんて作ったことありません……」

「でしたら当店は『プロにお菓子作りを教えてもらう機会』を提案させていただきます」

「まぁ、そんな商品が?」

 何と抜け目のない商魂たくましき幼子なのでしょう。売れる物ならば何でも売る、何ならその場でそれを商品に仕立ててしまう。相当の知恵者と見ました。

 ゼルダもぱあっと表情明るくして、城下町で一番のパティシエからお菓子作りを教えてもらう全五回の個人お料理教室にサインをしていました。なかなかよいお買い物ができたと、私もほっと一安心。

 で・は・な・く・て。

 実は私もリンクへの成人のお祝いの品を探していたのです。ですがいま決めました。先ほどのマロマート、他に類を見ない独創的な商品の取り扱いがありそうです。

「私もよろしいかしら」

「何なりとご用命くださいませ」

 王族相手だろうとミリも笑わないそのふてぶてしさが逆に子気味良い。私はこっそりと小さな商人に耳打ちをして、ある物を取り揃えてもらうことにしました。

 さてそれから約一か月間、ゼルダお菓子作り特訓は、城中が刮目する一大イベントとなりました。リンゼル促進課は意外と多いのです、最古参の私ががんばって城中に布教しましたから。そのため、事ここに至ってもゼルダは贈る相手をひた隠しにしていましたが、もちろん当人以外はバレバレです。

 あっと、失礼。分かっていない人が、リンクともう一人居ました。ロームです。

「ゼルダがお菓子作りの練習をしていると聞いたが」

「差し上げたい方がいるそうです」

「そうか……、そうかっ♪」

 鼻歌交じりで心なしかスキップまでしちゃっている夫に、真実を伝えるべきだったでしょうか? いいえ、おそらく形の悪いお菓子はロームのところへ行くはずなので、心配無用です。女の子が居る家庭のバレンタインデーって、大体そんな感じですよね。

 それよりもゼルダが、いつどこでお菓子を渡すかの方がずっとずっと重要案件です。もちろん影から二人のやり取りを見たいですし、出来ればリンクが一口食べた瞬間の甘酸っぱい顔も押さえておきたい。宿舎に帰って夜中に一人、大事に畳んだ包み紙にそっと口付けするところまで見えた気がしますが、こちらは幻覚? それとも他の方にも見えている光景集団幻覚ですか?

 これは新たなミッションの予感がして、とても楽しみです。

 ちなみに私からの成人の贈り物は、マロマート店主・マロ選りすぐりのパンフレットの束にしました。ドスンと腕の中に押し付けるとリンクは目を白黒させていました。

「貴方がお給金を大して使わずにたっぷり貯め込んでいるのは知っています。ですからこちらの方が必要ではないかと考えました」

「宝飾店の、パンフレット……?」

「ゼルダの薬指のサイズは八号ですからね」

 しばらくリンクは宇宙に放り出された猫みたいなお顔をしていました。

 ただ個人的には、シロツメクサで作った指輪を贈るのも捨てがたいので、告白用とプロポーズ用と結婚式用と合計三回でお願いしたいところです。

 妄想が捗りますのでどうぞよろしく。