6.息子VS御父様VS愛娘
…………………………………………はっ!
ごきげんよう、ゼルダの母です。なんだか嫌な予感がビシバシしていて、深々と思案してしまっておりました。
実はつい先ほどロームが私のところへきて、「そなたの騎士を少々借りても良いか」と聞いてきたのです。私の騎士と言えば近衛騎士が数人おりますが、やはりロームの剣ダコだらけの太指はリンクを指しました。
「リンクを、ですか?」
「左様。退魔の騎士の力量を確かめたいのじゃ」
以前から我が夫君は嘘を吐くのが下手だとは思っていましたが、胡散臭さがマックスドリアン並みにプンプンです。しかしながら特に断る理由もなく、仕方がなくリンクに「お相手するように」と伝えました。もちろん彼は実直な十五歳男児ですから、嫌そうな顔は一ミリもしません。
そうして私の大事な義理の父息子(予定)の奇妙な組み合わせが、練兵場の方へと行ったのです。
「まさか『リンクとゼルダを結婚させよう』大作戦が……?」
「そろそろ察知されても当然だと思いますが」
「これほどひっそりこっそり、多くの方々に支持していただいているのに?!」
「だからでございます」
侍女長などは大仰にため息をつきます。ですが、こう言ってはなんですが、ロームは色恋には本当に疎い男です。
元々政略結婚だったということもありますが、まったくもって色仕掛けに応じない朴念仁ゆえに、寵愛を求めて側室入りを目指した貴族子女はことごとく玉砕。果ては男色家の噂が立ち始めて、寝所に見目麗しい少年がちょこんと座って震えていたこともありました。そうまでしてでもロームはポカンとしたあと、ハチミツたっぷりのホットミルクを飲ませてお家に返したのですけれどもね。本気で意味分かってない。
その後、私がゼルダを産んだので疑いは晴れたのですが、代わりに王妃である私の側に恐妻という噂が立ったのは未だに納得がいきません。
しかし今回のこれです。
色恋の何たるかを知らぬロームが、よもやリンクとゼルダがいわゆる『両片思い』であると知っているとは当然考えられないのです。そもそもたぶん『両片思い』という概念すら知らない。なのに、リンクを連れて行った……。
おかしい。
「練兵場に様子を見に行きましょう。気がかりです」
つい最近ウルボザから『丁度良い大きさだと思うので』と色違いで二つ送られたゲルド新作の美しい扇の赤い方を片手に、私は練兵場まで急ぎました。まさかリンクがロームのことを『お義父さん』など呼ぶ一足飛びな事態が起こらないとは思いますが、万が一ということがあります。
もしそんな事態が起ころうものなら、私はその場で女神からの啓示(嘘)を受けた演技をして、勢いを殺さず結婚を推し進める覚悟です。いいじゃないですか、学生結婚的な。
「お義父さん! この決闘に勝ったら娘さんを俺にください!」
「お前に父親呼ばわりされる筋合いはないし、娘もやらん!」
あっ想像するだけでよだれが出そうな非常に美味しい展開。私としても心躍るシチュエーションなのですが、現場が見たいので到着までは待っていて欲しい!
と、思わず口元がニヤけそうになるので、ハッとして扇で口元を覆いました。
なるほど、確かによい大きさですウルボザ。非常に有益な宮中推し活グッズをありがとうございます。でも一度に二つというのは、つまりゼルダにも持たせよということなのかしら?
果たして練兵場が見下ろせる城壁の上に到着すると、周囲は騎士から兵から通りがかりの侍女から下働きの者たちまで、城勤めのありとあらゆる者たちが固唾を飲んで見守っていました。まるで年に一度の御前試合の如き人だかり。
もちろん注目の的は予想通り大剣を振りかざすロームと、それを退魔の剣で受け止めるリンクです。ロームはあれでいてかなり体は鍛えている方で、実は相応の実力者なのです。新米の騎士ぐらいでは相手にならぬほど強いのです。
ですが、相手が悪いのは一目瞭然。
なにしろ彼は十三で退魔の剣を抜き、すぐさま力量を認められて私の騎士となった私の推しです。弱冠十五歳、小柄で童顔なせいもあって侮られることが多いのですが、剣の腕は折り紙付き。だからこそ、案の定な事態が起こっていました。
「ああ、やっぱり! リンクが接待プレイをするべきかどうかで悩んでいるわ……っ」
思わずこめかみを抑えてしまいました。
ロームは得意の大剣をその膂力で軽々と振り抜き、切り返し、打ち振るい、ただの騎士ならば圧倒されるほどの剣さばきで相手を追い詰めようとしていました。ですが退魔の剣で受け止められ、力を逸らされて箸にも棒にもかかりません。
しかしリンクから見れば相手は自らが仕える国の王、しかもいずれは義理の父となる相手、完全に打ち負かしてしまっては関係にしこりが残ります。一方でわざと負ければあのロームのことですから、舐めプされたと勘違いして怒ってしまうかもしれません。遠目からでも困り顔で剣戟を受け止めているのが良く見えました。
どう助け舟を出すべきか扇で口元を隠しながら、うぬぬと現状を眺めていた時です。何とも明るい能天気な女の子の声が聞こえました。
「うわぁ~さっすが陛下! 退魔の騎士と互角に渡り合えるって、本当だったんですねぇ!」
見れば真っ白い長い髪をリボンで一つに結んだシーカー族の娘が、城壁から身を乗り出すようにして試合を見ているところでした。濃い琥珀色の瞳を輝かせ、私の存在には全く気が付いていません。
別にその程度のことで無礼打ちになどする私ではありません。人には誰だって気が付かぬことの一つや二つはあるもの。
ですが気になったのは彼女の言葉の方でした。
「ちょっとそこの貴女」
声に振り向いた彼女の顔は、今まで見てきた多種多様な人の中でもかなり印象の強い物となりました。丸いアーモンドのようなクリクリのおめめが真円ほども丸くなり、同時にその場でぴょいと、実に背丈の半分ぐらいは垂直に飛び上がりました。まるで猫のよう、心なしか毛も逆立って見えました。
飛び上がり、そのまま空中で体勢を整えるとジャンピング土下座。
「もっ申し訳ございません! 王妃様がいらっしゃるとは気が付きませんでしたぁ!」
「いえ、楽にして結構ですよ。ただ少し話を聞かせていただきたいの」
なぜ彼女を呼び止めたかと言いますと、実は彼女の姿に見覚えがあったからです。
シーカー族の族長の孫娘が一人、執政補佐官の見習いとしてロームのところに新しく入ってきていたのは知っていました。直接話をしたことはありませんが、国王の執務室で忙しそうに書類を運んでいるのを見た記憶があったのです。
「なぜロームが突然リンクと試合をすることになったのか、経緯をご存知なの?」
「えっ、はい、あの、ゼルダ姫様への結婚の申し込みが陛下のところに来まして」
バキッと、手元で音がしました。
あああ……ごめんなさいウルボザ、貴女はこれを心配していたんですね。道理で新作を色違いで二つも送ってくださるわけです。でもこの分だとまた壊してしまいそうなので、あと五つほど注文しますね、待っててください。
で、私の大事な御ひい様に結婚の申し込みだなんて、しかもその話私は聞いておりません。だってゼルダの結婚相手はリンクと(私の中では)決まっています。どんなに太い実家を持つ貴族の子弟であったとしても、王妃兼姑に勝る後ろ盾はありません。本気で絶対に許しません!
「でも陛下は『こやつは腰抜けだからならん』と一蹴されまして」
「それは良いことです」
「ならば『お強い方なら婿入りを許されるのですか?』と私がお聞きしたら、急に陛下が険しい顔になって『退魔の騎士相手でも引けはとらん』とおっしゃって王妃様のところへ……」
最後の方はモゴモゴと濁されてしまいましたが、原因はあらかた理解はできました。
彼女の純粋な疑問がロームの中でミラクル化学反応を起こした末、あの朴念仁に『リンクが婿になる可能性』を気が付かせてしまったというわけですね。まさにハイラルのピタゴラスイッチ、それで自分の方が強いと見せつけに行く根性が永遠の小学生ダンスィです。
「王妃様、私は何かしでかしてしまったのでしょうか……?」
シーカー族の娘は目をうるうるとさせて、まるで断罪を待つ咎人の様に震えていました。でも彼女はわざとやったのではないので悪くはありません、その無邪気が少々難だったと言うだけで。
「そうですね、少し口には注意した方が良いのかもしれません」
「ひぃっ」
「でも今、この場で貴女をどうにしようとは思いません。その代わりと言ってはなんですが、ゼルダをここへ連れてきてくれますか?」
「はっはい! かしこまりました!」
くるりと背を向けて走り出す背中は、ハキハキとした物言い相まって、なかなかの好物件に見えました。自分の踏み抜いてしまった地雷の種類を知り、同時にどこが被弾したかを察するだけの能力。あの子は私がひっそりみっちりむっつり進めているリンゼル結婚計画に一役買ってもらうことにしましょう。
「しかし、リンクも大変ですね。でも障害が多いほど恋は燃え上がるものですから、私はいつでも応援していますよ……!」
また侍女長のため息が聞こえましたが無視です無視。
リンクがどうにか手に汗握る展開になるよう、手加減しながらロームの剣を捌いている最中、あのシーカー族の娘はちゃんとゼルダを連れてきてくれました。練兵場がよく見下ろせる歩廊を歩いて。
今日この時間、ゼルダが貴族のご令嬢たちとお茶会をしていたのは知っていました。そのお茶会に使用している部屋と今私がいる城壁を繋ぐ道は、唯一歩廊しかありません。
そこを通れば私などよりも先に目に入るのは、秘かに恋をしている彼が自分の父親にまるで一方的にやられている様。もちろんリンクはうまい具合に競り負けるために力を抜いているのですが、武術の心得がないゼルダには父親が身分を振りかざしてリンクを追い詰めているようにしか見えないはずです。
案の定、私のところへ来る前にゼルダは練兵場の方へと走って行ってしまいました。そして皆が見ている前で、「御父様!」と拳を震わせながら詰め寄るのです。
「リンクはまだ十五なのですよ?! ご自分の力を考えてください! お父様は人一倍大きくてお力も強いのですから、こんなことをしたらリンクが可哀そうです!」
「え、いや、姫様おれh……」
「リンクは黙ってて! いいですか、訓練だとか言い訳をして退魔の騎士をいたぶるのは私が許しません! 例え御父様であってもです!」
腰に手をやって人差し指を一本ぴっと立ててずいと前に出る御ひい様。とっても頼もしいですね。
ロームは愛娘からの壮絶なダメ出しに真っ白に燃え尽きてしまい、リンクはどうしたらいいのか分からなくなって練兵場のど真ん中で挙動不審の塊と化してしまいました。
やった~作戦大成功。私は何もしていませんし、ここで様子を見ていただけ。まるで完全犯罪をした気分です。ああ、楽しかった。
その夜、閨を共にしたロームはこれ以上ないほどにしょげっしょげでした。
「ゼルダが冷たい」
「年頃の娘なんてあんなものですよ」
「だってだってぇ、ゼルダが小さい頃は『御父様と結婚するー』ってずっと言ってたのに、わし悲しい、めっちゃ寂しい」
「いい加減に子離れなさいませ」
「妻まで冷たい」
あまりにもしょぼーんとして布団をかぶってしまうので少し可哀そうになり、鉄の心を持つ私としたことが思わず口を滑らせてしまいました。
「彼が成人したら彼と一緒にご酒などお召しになればよいではありませんか。男の子同士、腹を割って話をすれば楽しいかと思いますよ」
途端、布団ががばりと、文字通り吹っ飛んで、立派な眉毛を力いっぱいひそめたロームが私を見ていました。
「そなた、まさか……!」
「あっ……、おほほほほほ♡」
「最近一緒にいるところをよく見かけると思ったら、そういうことか――!!」
いざとなれば女神のお力を借りて、二人を結びつける縁をでっちあげることなどいくらでもできます。でも私の意向がどこにあるのか、夫に知らしめるよい機会にもなりました。
無論、邪魔をしようものならば、夫と言えども容赦は致しません。
ちなみにあのシーカー族の娘ですが、彼女は王付きから姫付き、つまりゼルダの執政補佐官見習いとすることにしました。いずれ女王としてこの国に君臨するゼルダの懐刀になってもらおうとの目論見が表向きの理由。
その実、失言の引け目から私に完全に懐いてしまったので、我が手足となってゼルダの側でリンゼル結婚作戦を推し進めてもらっています。ゼルダの元へ足しげく通う不埒な貴族子弟を追い払う番犬として働いてくれてもいるので、やはり得難い物は良き友人と優秀な人材だなとにっこりしています。