ライバルはお母様! - 6/10

5.ゼルダの休日

 ごきげんよう、ゼルダの母です(小声)。今日は二人の尾行をしているので声は抑えめですが、心は大声で推し活の喜びを叫んでいます。

 実は先日、とても興味深いやり取りが私の前で行われました。

「なりません、姫様と侍女殿だけで城下へ行くのは危なすぎます」

「リンクは口出ししないでください! 私だって王家の姫として、民の暮らしを学ぶ必要があるんですから」

「でしたら警護の騎士を伴うべきと存じます」

「そんなことをしたらバレてしまいます、意味がありません。民が実際に生活しているところが見たいのです!」

「城下町は姫様が考えているよりもずっと危ないこともあるのです、なりません」

「リンクのわからずやっ!」

「何とでもおっしゃってください。俺にとっては姫様の安全の方が大事です」

 少々面食らっていましたが、私の顔面は始終ニコニコでした。

 そもそも貴方は王妃わたくしの騎士のはずですよね、リンク。でもゼルダの安全を第一に考えてくれるのですね。いえ、いいのですよ。でもその発言が全くの無意識だなんて、女神もびっくりのド天然ですね。良いと思いますよ。

 しかもそのことに気が付いていないゼルダもゼルダです。貴女いま、ゲルドの一件以来ずっと片思いだと勘違いしている彼に、めちゃくちゃ心配されているんですよ。状況分かっていますか。

 まったくもう。二人して私の表情筋の頑張りゲージをゼロにしようとたくらんでいるとしか思えません。早々に切り上げさせなければ、王妃の尊厳がニヤけと共に崩れ落ちてしまいます。

「ゼルダ、リンク」

「はい、お母様」「はい、王妃様」

「二人の言い分は分かりましたので、あなたたち二人で城下へいってらっしゃい」

「「えっ」」

 シンクロ率百%の反応にニッコリです。長年連れ添った夫婦は似ると言いますし、夫婦として連れ添う前からそっくりなのはとても良いことです。

 しかし我ながら気持ち悪い笑みを浮かべたくなるほどの名案でした。

 リンクは城下の危ないところをよく心得ていますし、侍女よりもずっと城下町の楽しいところを知っているはずです。しかもゼルダを預けるだけの十分な力量もあるので何の不安もありません。

 何より、二人はまるで気が付いていませんが、これは完全なデートです。(先日のゲルドデートは女装だったので、協議の結果ノーカンといたしました。)

 ゼルダは条件付きとは言え城下を散策する許しが得られたことに喜んでいて、リンクはやや不服そうですが私の命とあらば逆らいません。本当に無自覚って恐ろしい。

 その無自覚が二人も揃えば攻撃力+++、ついでにタメ攻撃がんばり長持ちセットボーナスまでついて、私の理性などいとも容易く砕け散ることでしょう。それでも初デートが実現するならば問題ありません。

「そうとなれば準備が必要ですね」

 ロームに知られたら必ず阻止されるので、私は全力を挙げてこっそり準備をすすめました。シーカー族に良い日を占わせ、お天気もちゃんと確認し、女神に祈りを捧げ、もちろんゼルダがその日着ていく服は私が選びました。町娘の服装ですがデートにピッタリの春色をチョイス。

 ただし金の髪はどう隠しても溢れるロイヤル感にほとほと困り果ててフードを準備しました。惜しいことに王家の姫特有の髪色はとても目立つのです。ですが逆にそれが良かったことに影で拳を握りしめたのは、城の裏口に平服のリンクが現れた瞬間でした。

「夕暮れまでには必ず戻ります」

 きりりと意志の強そうな青い瞳が、フードの下から覗いていました。

 そう、なんと、リンクもフードを被ってきたのです! ああ~っ、お洋服被っちゃった! でもそれがいい!

 これも女神の粋な計らいでしょうか、女神見てます? ありがとうございます!

 初めて見る平服の彼は、品の良さそうな商家に奉公する少年になっていました。リザルフォスもびっくりの擬態っぷりです。これならば裕福な商家のお嬢さんと、お嬢さんの気ままな街歩きに付き合わされる丁稚と言っても十分に通じます。

 でもさらにもう一押し。

「ではゼルダ、決してリンクの手を離してはなりませんよ。リンクも、ゼルダのことをよろしくお願いしますね」

 決して自分からは触れない二人の手を持ち、私はぐいっと結び付け合わせました。磁石のS極同士ですかと言いたくなるような二人の手でしたが、私の手は反発する磁力などものともしない強力接着剤です。

 こうしてどぎまぎとしながら手を繋いで、二人は城の裏手から遊びに出かけました。なんにせよ私が完璧なお膳立てをした城下町デートは、万難を排し決行されたのです。

 しかしながら侍女長は頭を抱えていました。

「不安でなりません……」

「そうですか?」

「ええ、王妃様まで行かれるなんて、不安以外の何物でもありません」

「まぁ失礼な」

 私は冷静に外出準備をしていました。もちろん一人ではありません。流石に社交界の酸いも甘いも知り尽くした私ですが、城下の一人歩きが危ないことぐらいは分かっています。なので先日の優秀な侍女を一人伴って、デートの尾行をすることにしました。

「こっそり勇んで参りますよ!」

 秘かに前もってリンクにはゼルダを連れていく場所、もといデート計画は提出させてありましたので、今頃どこにいるかはおおよそ把握できています。ちなみに未来の息子は非常に優秀で、ゼルダの興味がありそうな場所ばかりがちゃんと選ばれていたので本当に感心してしまいました。

 デート計画書を片手に急いでゆくと、目論見通り二人が路地裏の本屋に入っていくところが見えました。ちょうど半地下の、少しすすけた窓ガラスの向こう側にランプの灯りがともされたイイ感じの本屋さんです。

「よくまぁ、ゼルダが好きそうな本屋さんを見つけてありましたねリンク。上々ですよ……!」

 私はほくそ笑みながら小さな窓越しに二人の姿をガン見しました。予想通りゼルダは分厚い本を手に取って目をキラキラと輝かせています。彼女は非常に読書家で、城の図書館の本の大部分はもう読んでしまいました。重ね重ね申し上げますが、私の御ひい様は非常に優秀な子なのです。

 たぶん見たことも無い図鑑でも見つけたのでしょうね、でもデートでそれは悪手です。

 だって重たい本をいま買ったら、リンクが荷物持ちになってしまうではありませんか。おててが繋げなくなってしまう非常に由々しき事態です。

 と、臍を噛みながら見守っていると、やはりリンクが頷いて会計へ向かいます。ああ、ごめんなさいねリンク、書籍代も城下見学費と言う名のデート代として母に後日請求して構いませんから。

 でも荷物が、どうしましょう、と侍女と顔を見合わせた時でした。リンクは会計が終わった本をぽいと腰のポーチに放り込んだのです。ゼルダが両手で抱えるほど分厚い本を事も無げにひょいと。

 以前から思っていましたけど、貴方のポーチは一体どういう仕組みなのです……?

「王妃様、お二人が出てきます!」

 侍女に袖を引かれて慌てて私は路地裏に駆け込みました。少しでも顔を出したらきっとリンクにはバレてしまうので、二人の足音を一歩分も聞き逃さぬように女神のお言葉を聞くための長い耳を澄まします。

 ゼルダは上機嫌で次はどちらへと聞いて、リンクは少し目抜き通りを歩いてみませんかと言っているようでした。それからおずおずと彼は手を伸ばします。

「人通りが多くなりますから、決してお手を離しませぬよう」

 心の中でダ・イルオーマもびっくりの万雷の拍手を送りました。

 確かに中心街は人通りも多く、道を開けてもらうのが当然のゼルダにとっては未知の世界です。手を繋がなければ危ない。分かっている、リンクさすがです。その照れ隠しで、ぎゅっと噛み締めた唇も最高ですよ。

 二人は手に手を取って、今度は城下町の大通りの方へ歩いて行きました。私たちも後を追いましたが、その後ろ姿を見て本当に手を繋がせておいてよかったと思いました。

 何しろゼルダは気になる物があると、すたすたと歩いて行ってしまうのです。変なメガネを付けたジャンク屋を覗き込んで目を輝かせ、温泉水を売っているゴロン族にミネラル成分を質問して困らせ、怪しげなお面屋さんではリンクに止められてもやっぱりお面をレンタルしていました。ちなみにそれは最近の流行りのキータンのお面で、決してねずみさんではありませんからね。

 そんなことをしながら、次なる彼女の興味は占いの館でした。見るからに怪しげな外装のお店ですが、侍女の間でもよく当たると噂のお店です。

 しかし彼女が占いに興味を持つのが意外すぎて、思わず侍女と顔を見合わせます。

「まさか姫様が占いに興味があるとは思いませんでした」

「私もです。ゼルダは何事も理論で納得するタイプ、まさか占いに興味を示すとは」

 一体何があって占いに興味を持ったのか知るべく、私は戸口に耳をくっつけて必死に中のやり取りを聞き取ろうとしました。ボソボソとですが立て付けの悪い扉の隙間から声が辛うじて聞こえるのです。

「仕事運と恋愛運、どちらの扉を開くのじゃ?」

「仕事運をお願いします」

 それを聞いて「違うでしょ!」と思わず声を荒げそうになりました。

 だって普通は男女二人で占いへ行ったら、二人の将来を占ってもらうと相場は決まっています。それが仕事運だなんて、どれだけワーカーホリック姫巫女なのでしょう。真面目なのは貴女の取り柄ですが、TPOを弁えて今ははしゃいでください。

 ぜひとも年長者として占い師さん、「恋愛運にしましょう」と諭してほしい。そう願ってギリギリ歯ぎしりしながら念を送りました。すると「ふむ」と声がするのです。

「そうでじゃな、おぬしの愛の形はすでに傍にあるゆえ、今回は仕事運を占ってしんぜよ~う」

 あっこの占い師さん分かってる人だわ、と理解しました。たぶんズバリ言い当てたらお互いに急沸騰して無自覚デートが瓦解すると察したのでしょう。

 私の方が浅はかでした。欲望に忠実に生きていてごめんなさい。でもこればかりは健康に良いので止められないのです。

 結局ゼルダの仕事運は『素直になるように』で、ついでに占ってもらったリンクの仕事運は『背後霊が非常に強火なので問題ない』とのこと。私の存在が見抜かれている気もしましたが、少しばかり思うところがあってその言葉を胸に留め置くことにしました。

 さてデートの〆は二人で美味しい物が定石です。この点もリンクは抜かりなく、片手で食べられるクレープ屋さんを選んでいました。ゼルダにとっては生まれて初めての食べ歩きです。

 彼女が選んだのは見た目も可愛らしいイチゴクレープ、リンクはがんばりハチミツクレープにクリームとツルギバナナ特盛です。でも育ち盛りの彼には特盛でも物足りないでしょうに、ゼルダに合わせてくれたのですね。後で美味しいご飯が一杯食べられるように城の食堂に言いつけておかねば。

 そしてそしてリンクはちゃんと巡回兵のルートを外して、見晴らしの良い大聖堂の方へ手を引いて連れて行ってくれるのです。本当にデート初心者ですかと問いただしたくなるぐらい完璧なプラン設計でした。

 私は自分のお腹がぐうと鳴るのも忘れて、二人が上っていった階段の下の影に隠れました。ここからなら風に乗って二人の会話は聞こえますが、姿は見えない最高のポジションです。でも聞こえてくるのは「今日はどうだったか」とか「思っていたよりも路地裏が暗かった」とか、なんだかメール定型文みたいな会話ばかり。どちらからでもいいから、もっとドキドキするような話を振りなさいと手に汗握っていました。

 そこへふらりと男が歩いて行くではありませんか。

 カブトムシのリュックサックを背負った通行人Aです。目立ちはしますが、ただのモブです。モブには恨みも関心もありません。

 しかし今はいいところなんです、ごめんなさい。

 気が付くと有能侍女が通行人Aに足を引っかけ、私は手刀でポンと首筋を打っていました。この間わずかに数秒の出来事、もちろんお互いに目配せも何もしませんでした。

「あの、リンク。今日はありがとうございました。城下のこと、民のことを知ることができて良かったです。それに貴方の騎士ではない姿を見られたのも新鮮でした」

「は、はい」

「お母様のお許しが得られたら、またいつかリンクと城下町に遊びに来たいです」

 太陽のような笑みが見えた気がしました。同時に耳まで赤くなった息子の顔も。

 でも残念ながら直後に慌てた様子でむぐむぐとクレープを食べきってしまったリンクによって、クレープの味見交換は阻止されてしまいました。ああ、間接キスの様子もぜひぜひ聞きたかったのにっ。一縷の望みをかけてもし問えるなら、彼のほっぺたにクリームついてませんか?

 まぁ次回があると言うのならば今回は良しとしましょう。楽しみが増えたと思って、今回はこの辺で退散しました。

 ただ次の日、リンクが変な顔をして報告書を持ってきて言うのです。

「あれで、大丈夫でしたか?」

 なんと一度たりともこちらに視線を寄越さなかったのに、さすがは退魔の騎士。すっかり強火な背後霊の存在を看破しているようでした。

 ですからニコリとこう答えましたよ。

「互いの食べかけクレープを食べるぐらい、何の問題もありません」

 途端に青い目が動揺に揺れます。ようやくリンクは昨日のあれが公認デートだったことに気が付いた様子でした。鈍ちんもここまで来ると可愛らしいですね。

 経費精算の報告書を後ろ手に隠して自費にするだなんていうので、もちろん取り上げましたけれど。そのお金はいずれ本当のお忍びデートの際に取っておいてください。もちろん私の目を搔い潜れれば、の話ですが。

 代わりに次回はオペラグラスで遠くから観察しようと、私はそっと目を細めました。