4.淑女を着た天使×2
サッヴァーク! ゼルダの母です。
あれから二年ほど月日は流れまして、めでたく娘は十四、息子は十五歳になりました。※ただしまだ息子ではない。
本日はウルボザを訪ねてゲルドの街に来ております。
灼熱の太陽の元、輝く笑顔のゲルドの女性達。麗しのオアシスには美味しい物、美しい衣、輝くアクセサリーまで何でも揃っています。ハイラル城下町とはまた違った意味で素敵な街ですね。
こんな素晴らしいところへ私一人では参りません。二人も一緒です。
はい、二人ともばっちり連れてまいりました。
「これは、バレないねぇ」
「私の見立て通りでした!」
ウルボザはこみ上げる笑いと腹筋を全面戦争させて、我が騎士を見ていました。リンクを、もちろん女装した可愛らしい私の未来の息子を!
ゲルドの街には男性は入ることは許されません、それは当然未成年と言えどもです。でもどうしてもリンクを連れてきたかったのです。決して彼の麗しい青い瞳や男の子にしては少し華奢な体格に淑女の服を着せてキャッキャウフフしたいな~などと思ったわけではありません。ありませんよ。
異種族への見聞を広めるためにゲルドの街の見学をさせたくて、リンク用の淑女の服を準備させました。
女装です。
何度でも声を大にして申し上げますが、私は未来の息子に女装をさせました。本人は難色を示しましたが姫巫女権限発動です。可愛いです。
うっすらと筋肉質なお腹とふくらはぎ、下着も女性用を準備させたためか腰回りが心もとないのか少しもじもじとして、お耳の先はシュンと垂れていて、嗚呼めんこい。
ただ願わくば、もう少しだけリンクの喉仏さんには未成年の主張を待っていただきたかった。そうすればフェイスベール無しの彼をウツシエに収められたのに、それだけが残念です。
もちろん、喉仏が出てきて声も少し低くなり始めた彼も、大人の階段を上り始めた感じがして未来の母としては非常に嬉しいのですけれどもね。少し雄々しくなったリンクと、ますます美しさに磨きがかかる御ひい様を、遠近法でどうにか並べて鑑賞するのが最近の私のひそかな楽しみになっています。
しかしゼルダは酷く憮然としておりました。
「どうして私とリンクの淑女の服がお揃いなのですか?!」
「姉妹みたいで可愛らしいからですよ」
「どうしてそうなるんですか~!」
ちなみに選んだ服の色はリンクが緑で、ゼルダが青。さて、聡い読者の方々はすぐにお判りいただけたと思います。
お互いの瞳の色に合わせてみました!
以前から双子コーデというものに興味があって、剣を抜いたりして私の可愛い御ひい様が二人に分身しないかしらと思案したこともありましたが、思わぬところで願いが叶うとは何たる僥倖。当人たちは色の意味に気が付いていませんがお似合いです、大満足百点満点です。
「さぁ、二人でゲルドの街を探検していらっしゃい」
「お母様は行かれないのですか?」
「私はウルボザと大切な話があります。リンク、街の中は安全とは思いますが、くれぐれもゼルダのことをお願いしますね」
「御意」
淑女の服を着ているとはいえ、彼は背に青い剣を佩いていました。いついかなる時も騎士として私やゼルダを守るという意思の表れでしょう。装束の隙間から見える青い瞳は、女の子にしては鋭く見えました。
ですが次のゼルダの言葉に、その美しい青がしょぼんとしてしまうのです。
「リンクと二人は嫌です!」
ああ、ゼルダ。なんてことを言うの。
貴女と二人きりになれるこの瞬間を、リンクがどれだけ楽しみにしていたことか。ゼルダに「お髭チクチクいやー!」って言われたロームみたいにしょんぼりしているじゃありませんか。男の子は歳をとっても考えていることは大体一緒、好きな女の子に邪険にされたら悲しむんですよ。
しかしながらゼルダの無慈悲は予想の範囲内。二人の初めてのゲルドデートを取りやめるなんてこと、この母が許すはずがないのです。
「ゼルダ、ここからは大人のお話です。テラコを連れて外を歩いてきてごらんなさい」
「そうだよ御ひい様。これから少し難しい話をしなくちゃならないんだ。申し訳ないが少し席を外しておくれ」
私の気質をよく知り、空気を読むことに長けたウルボザの後押しもあって、ゼルダはリンクとテラコを伴って渋々出かけていきました。二人の姿が見えなくなって十分経ってから、「で」と彼女は笑って私を振り返ります。
「大人の話ってなんだい?」
「難しい話なんですから、長くなりますよ!」
「じゃあ立ち話では何だね、テラスの方で聞こうじゃないか」
風通しの良いテラスには、すでに冷えた飲み物と果物が準備されていました。こうなることがまるで分かっていたかのようです。
座るや否やシーカーストーンを取り出すと、私はウルボザに差し出しました。
「ぜひとも私の将来の息子の姿を見て欲しいと思って、たくさんウツシエを撮ってきたんですよ!」
「将来の息子って……」
「あの賢そうな顔、青く澄んだ瞳、間違いなく彼は私の可愛い御ひい様の伴侶となるべく生まれてきた子に違いありません! 私の女神の勘がビリビリ伝えて来るんです! 先ほども二人が並んでいた姿見ました? 二人の間に何も入れたくない感じ、ウルボザならきっと分かってくださると思うのですが?! 本当はテラコだって、何なら空気だって間に入れず、二人だけのお出かけを楽しんで欲しかったのですよ~!」(※オタク特有の早口)
「なるほどねぇ」
そう本当は、テラコは連れてきたくはありませんでした。
テラコはゼルダがほぼ独力でくみ上げた古代遺物の小さなガーディアンです。幼いながらも古代遺物に対する理解力と独創性はまさに天才的。ですが非常に遺憾なことに、ゼルダがくみ上げたテラコは、如何せん二人の間に置くには少々かしましいのです。
「で、それでもテラコとやらを、それでも連れてくることを許したということは?」
「もちろん役に立ってもらいます」
ハイラル城において、一番偉いのは国王であるロームであると国民は考えているかもしれませんが、時と場合によっては姫巫女である私の方が強い場合があります。その私がもし「テラコは連れて行かない」と言えば、ゼルダは諦めるしかなかったのです。
「新進気鋭のシーカー族の女性研究者が最近着任しましてね。彼女に盗ちょう……ではなく集音機をあのテラコにつけてもらいました」
「いま盗聴って言ったかい、この人?」
「さぁウルボザ、これで二人の初々しい会話を聞きたいとは思いませんか?! 聞きたいですよね、さぁ聞きましょう!」
「この人は、母親に日記や詩集を読まれたことがないタイプなんだろうねぇ」
二人の日記はすでにこっそり読んでいますが、それが何か。それはさておき今回のゲルド訪問の目的の半分は、二人きりの様子をテラコを介して聞くことです。
一体どんなお店に行こうと相談するのか、手が触れそうになってびっくりする声、互いの無言にいたたまれなくなるため息もまたいとをかし。とにかくなんでもいいから私に二人だけの空間を聞かせてちょうだい、とスピーカー代わりのシーカーストーンを開きます。
ところが聞こえてきたのは雑踏に交じる不穏な声でした。
『姫の姿どこだ?』
『あちらのよろず屋を見ていたようだが』
『いたぞ! 宝飾を覗いている。もう一人少女がいるな』
『警護の侍女か?』
『侍女にしてはやけにちっこいと言うか、剣がデカいと言うか』
『まぁいい、二人まとめて攫ってやれ。あの王妃を脅すには餌は多ければ多い方がいい』
ピポーっと間抜けたテラコの疑問符が見えたような気がしました。どうやらゲルドの街に曲者が入り込んでいるようです。すぐさまウルボザは席を立とうとしました。彼女の街に曲者が紛れ込んだのです、それは至極当たり前のこと。
ですが私は、思わずその裾を引っ張ってしまいました。
「何するんだい! 早くしないと御ひい様が!」
「大丈夫です、リンクが付いています」
「声からして相手は三人だ。如何に退魔の騎士とやらでも、あの小さいナリで三人相手取るのは厳しい!」
それは恐らくウルボザが、リンクと戦ったことがないがゆえの発言でした。もし一度でもリンクと模擬戦をしていたら、砂漠の女傑と言えどもその評価を覆したはずです。
「大丈夫です、我が姫に付けた騎士は並大抵ではありませんよ!」
しかし私とて、全てが終わるまで座して待っているつもりはありません。シーカーストーンでテラコの位置を確認します。どうやら表通りにいる様子でした。
「話からして表通りのStar Memoriesの辺りだろう。現場に急ぐよ!」
「ええ、すぐに参りましょう。こんな滅多なチャンスはそうそうありませんからね!」
ウルボザが視界の端で首を傾げたようでしたが、私にとってはチャンスその物でした。
だってゼルダが狙われて、それをリンクが守る。その現場が見られるんですよ!
いつか役者を仕込んででもやりたいと思っていたことが、向こうから飛び込んできたのをチャンスと言わず何というのでしょう。しかもやらせじゃないからリンクがコテンパンにのしても大丈夫。願ったり叶ったりの状況です。
ウルボザと配下の兵数名と共に表通りに駆け付けた時、そこには赤い衣のイーガ団三人と対峙する華奢な少女の姿がありました。もちろん背後の壁際には震える子ウサギのような私の御ひい様が!
眩暈がしたのはきっと砂漠の日差しのせいではありません。完璧な姫と騎士の恋落ちシチュが私の前に再現されていました。――惜しむらくは女装ですけれども。
「姫様には指一本触れさせない」
「リンク……!」
すでに二人のイーガ団は地面に倒れ伏し、しかも傷はないので上手く峰打ちにでもしたようです。姫の御前に血を流さないその配慮も、百点満点にさらに上乗せ五十点です。
私は曲刀を抜くウルボザから少し離れ、ヤシの木の影からこっそりその光景をウツシエに収めました。ゼルダには怒られるかもしれませんが、彼の力量を考えれば安全は揺るぎないのですから。
「ゲルドの街は男子禁制だよ、アンタたち! 失せな!」
ウルボザの声と共に無数の槍が三つの赤い影を門の外へと追い立てます。これでほっと一安心。私もヤシの木の影から姿を現そうとして、しかし目の前を駆け抜けていくテラコを足で引っ掛けて転ばせ、慌ててテラコをひっつかんで再びヤシの木の陰に隠れました。
なんと、腰を抜かしたゼルダに、リンクが跪いて手を差し伸べているではありませんか。
しかもゼルダがその手におずおずと縋り、あーっ、抱っこですっ! お姫様抱っこが今現実のものになりました! テラコを捕まえられてよかった!
よくよく聞き耳を立てていますと、風に乗って二人の声が微かに聞こえてきました。
「姫様お怪我はありませんか?」
「リンクが庇ってくれたから大丈夫です。あの、ゆっくりとなら歩けますから……」
「いえ、このままお連れします。その方が早いです」
「だって私、重いし……」
「ゼルダ様は軽いですよ、羽みたいです。王妃様がきっと心配されているはずですから急ぎます」
女の子を抱えて颯爽と走るリンクは、まるでどこかの王子様のようでした。返す返すも女装なのが惜しいのですが。
しかしこっそり覗き見していたことがバレては一大事です。私もテラコを放り出す勢いで慌てて宮殿の方へと戻りました。
それからです、ゼルダがぼんやりとリンクの方を見るようになったのは。
大した用事もないのに私の元へきて長々と本を読む振りをしていたり、淡いため息を吐いたかと思えばふと儚い視線を警護に立つ彼の背に向けてみたり。もう見ているこっちがむず痒くなってしまうぐらいの落ち方でした。
何に落ちたかって、それは恋という大沼です。
数年前出会った時すでにリンクの方はゼルダという恋の沼に落ちていますが、ようやくゼルダの方も沼に落ちてくれました。未熟な彼女は到底一人で沼から這いあがれっこありませんし、万が一這い上がってきても私が叩き落して差し上げるつもりでいます。だって母はゼルダのライバルですからね。
あとは同じ沼で彷徨っている二人がいつ出会うか、楽しい楽しい高みの見物です。
ちなみにゲルドの街での一連のウツシエは、城に戻り次第すぐに現像して元のデータは消しておきました。ノリノリで手伝ってくれたうら若き乙女のシーカー族研究者には、こっそり褒美として美味しいお菓子やお酒などのお土産を渡しました。
そうしたら彼女なんて言ったと思います?
『王妃様が孫を抱っこする時におばあちゃんって呼ばせないよう、いつかアンチエイジングを完成させますね』ですって。
どうやらとっても頼もしい味方が出来たみたいです。