「昨夜、不審者が出たそうですよー。リンク様、お聞きになりましたか?」
翌朝、顔を出すなりカスイはそう言った。
昨日の盗難発覚に引き続き不審者が出たと言うことで、兵士たちが場内をくまなく捜索しているとのこと。少し前に窓の外の茂みを掻き分けて何かを探す兵士の一団がいたのだが、どうやらそういうことらしい。
リンクは目を丸くして、驚いた顔をした。
「いえ、知りませんでした。……まさかパリュールを盗んだ犯人ですか?」
「そうと決まったわけじゃないそうです。でも時期が時期なので、捕吏の隊長殿が騎士たちを総動員しているらしいですよ。物騒ですねぇ」
なるほど、とリードに服を整えてもらいながらリンクは考える――振りをした。
昨晩、彼が無理を承知で先輩にお願いしに行ったのは、まさにこの件だった。
『捕吏隊で存在しない不審者探しをしてほしい』
もちろんお願いした途端に先輩は「勘弁してくれよ!」と悲鳴を上げたが、リンクはすかさずゼルダの手製のカボチャケーキをチラつかせた。案の定、三歳になったばかりの先輩の息子には効果抜群だった。
「お父さん、どうしてお手伝いしてあげないの?」
大事そうにケーキの入った包みを抱えた息子に輝く瞳で見上げられれば、父として不甲斐ないところを彼が見せられるわけがない。渋々頼みを引き受けてくれたところまでは計算通りだった。
ところが先輩は「協力はするから不審者の情報は作ってくれ」と、リンクに紙とペンを押し付けたのだ。曰く、頼りない情報ではすぐに嘘だと見抜かれるので、不審者の目撃情報はしっかり作り込んだ方がいいとのこと。その手伝いぐらいはしていけと家の中に連れ込まれた。
「私も今朝、侍従長から不審者の話を聞きました。おけさ笠と赤い瞳というのはシーカー族を髣髴とさせますが、金色の髪というのは妙な話ですね。シーカー族を騙った者の仕業でしょうか」
「うーん、一族にそんなのいたかなぁー?」
「カスイ様はご存知ないのですか? 昨夜の十二時過ぎに二の丸辺りで目撃されたそうですよ」
「一応これでもシーカー族の一員なんですけどねぇ、思い当たる節はないなぁ~」
リードとカスイが顔を見合わせながら話す内容は、リンクが昨晩会ったシークの見た目そのものだ。
悪いとは思ったが、全く存在しない不審者を一から作り出すよりも、すでに存在する人物を土台にした方がよっぽど真実味が出る。そういうわけで、出会った場所や時間こそ異なるが、シークにはそのまま不審者役を引き受けてもらうことにした。そもそも名乗りこそしたがシークは性別もよく分からない不審者であることに間違いはない。
しかしながら、どうやら存在しない不審者の話は、うまく城内を騙せているらしい。ならばと、支度が終わったリンクはリードを振り返った。
「このあと陛下の元にお伺いしてもいいですか? その不審者が盗難事件と関係があるかもしれない」
「かしこまりました、お供いたします」
リードが侍従長から話を聞いたと言うことは、すでにロームにまで話が伝わっているとみて間違いないだろう。試しにもう一度話を聞いてみようと部屋を出たところで、血相を変えて小走りに廊下を行くボレッセンがいた。
「ボレッセン子爵殿?」
「リンク様、申し訳ございません。急用が」
一昨日は柔和な顔、昨日は怒った顔、今日はおろおろした顔。実に表情豊かな御仁だ、と思ったところで、リンクは足を止めた。また他の人にぶつかりそうになる彼の後ろ姿に、ぽんと手を打つ。
「すいませんリード、陛下のところへ伺うのは後にします」
「え?」
「ボレッセン殿を追いかけます」
身を翻し、廊下の角を今しがた曲がって姿の見えなくなったボレッセンを追う。彼はひどく慌てていて、追いかける者の存在にはまるで気がついていない。隠れる必要が無いのをよいことに、リンクは足音にだけは気を付けつつ、悠々と彼を追った。
たどり着いたのは図書室だ。バタンバタンと大きな音を立てて、ボレッセンが図書室に駆け込んでいく。その後ろ姿に、リンクは誰も見ていなければ口笛でも吹きたくなるような気分だった。
「なるほど、そこか」
「リンク様……?」
「パリュールを見つけました、……たぶんですが。リードが証人になってくださいね」
「……はい!?」
まだ分からない顔をしていたリードを連れて、図書室に入る。
部屋の中にはいくらか人がいたが、ほとんどの人の視線はとある棚の前で声を張り上げるボレッセンに向かっていた。
「くそ、どうやって開けるんだ!」
彼は一番北側の本棚の前で、しきりに何かを探していた。目の前の本には目もくれず、図書室にいるのに本を探さないのは場違いで目立つ。図書室の高い天井に苛立った声が響きわたり、司書が飛んでくる騒ぎだ。
その後ろにリンクはそっと立つ。
「何をお探しですかボレッセン殿」
「ええい、うるさい! ここに大事なものが入って……はっ」
振り向いたボレッセンが今度は真っ青になる。本当に表情豊かな人だなぁとリンクは彼の顔をまじまじと見た。
司書には顔を真っ赤にして怒っていたのに、リンクだと分かるとザっと顔から血の気が引く。穏やかに問いかけただけのリンクを、まるでヒノックスでも見るかのように目を剥いた。
「大事な物って何ですか」
「え、いや、それは……ですな……ええっと」
「大丈夫です、あなたが犯人ではないのは分かっています。ここの開け方をご存知ないのなら、隠しようがありませんもんね」
言って、リンクは左の棚の低いところにあった本に模した仕掛けを押し込んだ。ガコンと音がして棚が動く。壁の奥には小さな空間があった。
「こうやって開けるんです。俺も、ハイラル城を脱出する際にここが開いているのを見て、初めて陛下の隠し書斎だと知りました」
「あ、あの、リンク様……」
「さて、中を探させてもらいましょう。パリュールはここあるんですね?」
「えぇ……もうご存知で……?」
情けない声を出すボレッセンを置いて、リンクは颯爽とロームの隠し書斎に踏み入った。中は王の書斎にしては質素な調度品が並ぶが、いずれも年季の入った物ばかり。とても大事にしていることが分かる。
埃がたまっている様子もなく、つい最近人の出入りがあったようだ。不自然に横を向いた椅子があって、リンクはおもむろに机の引き出しに手を掛ける。
果たして引き出しの中には、赤い羅紗の箱が鎮座していた。
両手で慎重に持ち上げ、戸口で躊躇しているリードの前まで持っていく。
「この箱で間違いありませんか」
「リンク様、どうしてここにパリュールが? 誰がこんなところに……」
「事件の真相は陛下のところで説明します。ゼルダ様や侍従長殿、侍女長殿、あとは猶父殿、あと関係りそうな方々全員を呼んでもらえますかリード」
「それは構いませんが……」
いまだ頭上にハテナを浮かべるリードは、それでも言われた通りに動き始める。
それもそうだろう。不審者探しで慌ただしいのを放っておいて、ただボレッセンの後をついて行っただけで盗まれたパリュールが見つかるのだ。どうしてそうなったのか訳が分からないだろう。
と、話している側から、そっとボレッセンが立ち去ろうとする。その足を申し訳程度に、リンクはちょっと踏んだ。
「ボレッセン子爵殿もぜひご一緒してください」
「行かねば、なりませぬか……」
「当事者のお一人ですからね。大丈夫です、あなたの無実はちゃんと釈明しますから」
背を丸めたボレッセンを後ろから押すようにして歩き出す。リンクはずっしりと手に重い感触を確かめながら、ロームの元へと急いだ。