2 奇妙な捜査
ロームの元へ行く道々、ゼルダは終始無言だった。
彼女も同世代の女性に比べたらおしゃべりな方ではなかったが、全くの無言はまずありえない。一体何の用で呼ばれたのか分からないが、少なくとも良いことでないのは確かのようだ。城内も何やら慌ただしく、ただならぬ気配を感じながらリンクは後ろをついて行く。
その途中、廊下の角を曲がろうとした時だ。前のめりに歩いて来た人物と危うくぶつかりそうになった。
「おぉっ、ゼルダ姫様」
「まぁボレッセン子爵殿」
昨日、ティントと和やかに話していたボレッセンだった。
体格が随分違うのでゼルダの方が突き飛ばされそうになり、リンクは慌てて彼女の身体を支える。ボレッセンは昨日と一転、眉を吊り上げて険しい顔をしていた。
それどころか苛立った様子でぷいと顔を背け、「失礼します」の一言で足早に去って行ってしまった。まかり間違えば無礼を指摘されかねないような態度だ。
「何かあったのでしょうか?」
前日にティントと談笑していたところを見ていただけに、同一人物とはにわかに信じられず、リンクはしばらく後ろ姿を目で追ってしまう。だがゼルダは「さぁ」と生返事をするだけだった。
そうして連れていかれたのはロームの私室だ。
リンクも入ったことが無いわけではないが、あまり呼ばれることもない場所でもない。中へ通されると予想外の人々が顔を揃えていた。
端から順にインパ、侍従長のホルトウ、侍女長のユースラ、そして憤然と腕組みをしたロームと、その隣にかつての主従の様子が再現されたかのように厳めしい表情のサイランが立っていた。
「お連れしましたよ、御父様」
「うむ、ご苦労であった」
重苦しいロームの声はボレッセンと同様、昨日上機嫌でサイランと話をしていた同一人物とは思えない声色だった。ごくりと生唾を飲み込みながら、リンクはその鋭い視線を真正面から受け止める。
「……リンクよ」
「はっ」
「単刀直入に言おう。ゼルダが結婚式で身に着ける宝飾品が、何者かによって盗まれた」
えっ、と声が出そうになったのを、どうにか堪える。
『上に立つ者は、容易に気持ちを声にも顔に出してはなりません』とリードに言い聞かされたのは、貴族教育が始まってすぐのことだ。美味しければ美味しいと言い、嬉しければ目を細め、難しいとつい表情が険しくなるリンクに、何度も繰り返し指摘をしてくれたのは侍従の彼に他ならない。
リンクはあの能面顔の彼に酷く感謝し、静かに息を吸い、吐いて腹に力を籠めた。それは戦いに赴くのにも似ていた。
「具体的には何が」
「ゼルダが母から受け継いだパリュールのうちの一つだ」
「パリュール?」
聞きなれない単語をリンクは復唱する。時折だが、未だに彼には知らない貴族の用語があり、そのたびにリードやカスイがそっと教えてくれていた。
この時はそれに気付いたゼルダが小さく「あっ」と呟いて、それとなく会話に入ってくれた。
「パリュールとは、ティアラ、ネックレス、イヤリング、指輪、ブローチなどのジュエリーがセットになっているもののことです」
言われて、ああと思い出す。確か婚約式の時は、ダイヤモンドをあしらったデザインで統一されたジュエリー一式だった。単品でも相当値が張るのは間違いないのに、それが一式丸ごと無いのは大事件だ。
「御母様から受け継いだパリュールはいくつかあるのですが、そのうちの一つ、挙式後の午餐の際に身に着けようと思っていたパリュールが、箱ごと無くなっていることが今朝分かったのです……」
「盗難ですか?」
「そうとしか考えられぬ」
どおりゼルダを始めとした面々が沈鬱とした表情をしているわけだった。しかもゼルダやロームが所持する宝飾品のうち、特に高価なものは宝物庫に厳重に保管されているのは周知の事実。そこからの盗難となれば、王家の権威もかかわってくる。
しかし事件が分かったところで、リンクには自身がこの場に呼ばれた理由は分からなかった。
今現在、彼自身は騎士としてどこの隊に所属しているわけでもなく、また指揮する立場でもない。言えばもちろん動いてくれるなじみの騎士もいるが、事件であれば、相応の部署が正式に捜査をするだろう。
出来るだけ神妙な顔をして黙っていると、ロームの続けざまの言葉で妙なこの状況の理由が分かった。
「厄災を討伐で共に戦場を駆けた者として、お主の勇猛果敢は十分に知っておるつもりだ。それゆえお主に命じる。結婚式までのあと四日間で、盗まれたパリュールを探し出すのじゃ!」
そんな無体な、とリンクの頭に言葉がよぎったことは言うまでもない。だが断れるような状況でもなかった。
命じているのは国の頂点でもあり、義理の父となるロームだ。反論などもってのほか。隣には無様なところは見せられないサイランが控えているし、何よりも母の形見を奪われたゼルダの意気消沈としているのに心が痛む。
だとすれば彼の返事は一つしかない。
「かしこまりました」
「必ずや見つけるのだぞ」
面を下げつつ、むしろ事件に関わる口実を与えられたことにリンクはひっそりと感謝していた。もし捜査の妨げになるから手を出すなと言われたら、それはそれで歯痒い思いをしただろう。彼にとって、困っているゼルダの隣でただ指をくわえて見ていることほど、苛立たしいことはない。
あるいはリンクにパリュールを探せと言うからには、彼自身は疑われてはいない。それもまた幸いだった。
――平民だからと、それだけで窃盗を疑って来るような輩さえいるんだ。ありがたいと思わなくては。
そう思ったのもつかの間、「御父様が無理を言ってごめんなさいね」と小声でつぶやいたゼルダが、インパに背を押されるようにして部屋を出ていく。自分を置いて行く彼女の後ろ姿を、リンクは不可思議な心境で見送った。
これはれっきとした盗難事件だ。
それなのに、あのゼルダがまるで首を突っ込もうとしない。むしろ彼女は自ら事件から遠ざかろうとしているような、何か。
「……ゼルダ様?」
余程ショックなのかとも考えたが、こればかりは本人にしか分かりえないことだ。リンクはかすかな引っかかりを覚えたまま、執務室へと戻った。