結局、リンクとゼルダは部屋へ入ることを許されなかった。サイランがチガヤ以外の人と会うのを拒んだせいだ。
それでも明後日、列席してもらう最も大事な人であることには変わりない。いまだ心を許されていないことに嘆きつつも、二人で暗い廊下で安否を気遣い待ち続ける。
夜半、ようやくチガヤが陰鬱な面持ちで廊下に出てきた。手にはくしゃくしゃに丸めたハンカチを持っていた。
「お加減は」
「大丈夫ですよ、ちょっと気が動転してしまっただけのようです」
「いったいどうされたのですか」
ゆらゆらと揺らめく廊下の燭台の灯りに、チガヤのらしくない厳しい表情が浮かび上がる。
「お二人とも、どうか声をあげないでくださいませ」
彼女は廊下の左右を見渡し、人気のないことを確認する。そうしてゆっくりと手に持ったハンカチを開いた。そこには砕かれた赤い宝石があった。
ひゅうとゼルダの喉が音を立て、危うく声をあげそうになった自らの口をギュッと押える。
「これは、ネックレスの……!」
「やはり……、煉瓦職人が試作用に持ち帰った白土の中に混ざっていたそうです」
宝石は血のごとき赤色をしていて、パリュールの他のティアラやイヤリングと比べても遜色のない色をしていた。だが割れていても分かるほどの大きさ、透明度、それらは他の装飾品に使われた宝石よりも抜きんでており、素人目に見ても明らかに上等であることが分かる。
ゼルダが認める通り、盗まれたネックレスの宝石には間違いないが、見つかった場所が妙だった。
「どうして、白土の中に?」
「分かりません。しかし白土はダルケル殿がリンク殿へと持ってこられた物。ですから、つまり……」
「もしや俺が、宝石を割って隠したと?」
まさか、と声を荒げかけ、いいやと首を横に振る。
もしそのようにサイランが考えたのならば、夜半になって秘密裏に割れた宝石を渡されるはずがない。帰城早々、ロームに上申すればよいはずだ。
そうしなかったサイランは、つまりリンクを疑っているわけではない。だがあまりのことに動転してしまい、帰るなり床に伏してしまったといったところだろう。
「周囲の者がリンク殿に疑いを抱くと考え、旦那様はこれを必死で隠して持ち帰ってきたそうです」
「リンクは今日ずっと私と一緒にいました。そんなことをしていた暇はありません!」
「大丈夫ですよゼルダ姫様、私も旦那様もリンク殿がそんなことをする方ではないと信じております。しかし他の者はそうは考えますまい。平民出の騎士が姫君の宝玉に目がくらんで手を出したと言われても不思議ではありません。ですから内密にこれをお渡しするのです」
もはや宝飾品とは言い難いそれを包みなおし、震えるゼルダの手の中に押し込む。
粉々に砕けた宝石はくっつけることはできない。欠けたら最後、金属とは違って溶かしてもう一度ひと固まりにすることはできないのだ。
パリュールは元には戻らず、もはや担保としての役割は果たせない。これで借財を返せなければ、誰かが担保の肩代わりの代償にゼルダの男妾の座を寄越せと介入をしてくる。
このように仕向けたシチホは、それでもゼルダが苦しむ様を面白げに見ているだけというのだから質が悪い。
「宝石が割られたのは決してリンク殿のせいではありません。しかし犯人にしてやられたことは確かです」
結婚式まで残るは明日一日のみ。
割れた宝石を握りしめ、二人は呆然と夜の冷たい廊下に立ち尽くした。