3 宝石と憑き物
「どういうことですか!」
ボレッセンの怒声が響いた。
寸前までロームに睨まれて縮こまっていたのが、まるで別人のよう顔を真っ赤にしている。烈火のごとく怒るとは、まさに今の彼のことを言うのだろう。地位も身分も全くの度外視だ。
それはロームも同じで、顔から色を失くしてゼルダの持つ赤い箱の元へと駈け寄る。本来はネックレスが鎮座していたはずの窪みを震える指で撫で、「なぜじゃ」と弱弱しく呟いた。その言葉がボレッセンの怒りの炎にさらに油を注ぐ。
「なぜ? なぜとはこちらがお聞きしたい! これはお遊びではなかったのですか陛下!?」
「そ、そうじゃ、そのはずじゃ……」
彼はドスドスと床を打ちつけるようにゼルダの側に寄ると、リンクとロームを押しのけてパリュールの箱を覗き込む。無いことをその目で確認すると、威圧的にゼルダを見下ろした。
「ご説明いただけるのでしょうな!?」
「お、落ち着いてくださいボレッセン殿」
「最も慌てるべきはあなたですぞ、ゼルダ姫様! もし担保のパリュールが無いまま私への返済が遅れれば、王家はさらなる借財を余儀なくされる。さすればどうなるか、あなたが一番ご存知のはずだ!」
さすがにゼルダに人差し指を突き付けて怒鳴るので、呆然とするロームを差し置きリンクが間に入ろうとした。ところがボレッセンはそのリンクまでもきつく睨みつける。決して武術の心得はないはずだが、あまりの剣幕にリンクでさえも一瞬気圧された。
しばしにらみ合った二人だが、ボレッセンが長く細く息を吐いて、ようやく声をわずかに落とした。声には未だ多量の怒気をはらみ、こめかみには青筋を立てている。
「私のように宝石を担保に申し出るような者ならいざ知らず、金を貸す代わりにゼルダ姫様に男妾を受け入れるように圧力をかけてくる者など、履いて捨てるほどいるのですよ!」
彼の言葉にリンクはハッと息を飲む。
これほどの無礼を働きながらも皆等しく蒼白になって、ボレッセンを止めないその理由。それは彼の言い分があまりにも正論だったからだ。
言われて、リンクもようやく事の重大さを認識するに至る。
「ゼルダ様はご自身の価値を分かっていらっしゃらない! どうなさるおつもりか!」
どうする、と聞かれても、そんなことは考えたことも無い。考えたくもない。
瞠目しながらもリンクは頭の片隅でどうにか事実を繋ぎ合わせ、ボレッセンの言わんとしていることを考えた。
現在、国王ロームに後添えはなく、王家の血を継ぐ者はゼルダ一人。当然、ゼルダの婿として外戚を狙う貴族は多く居たが、それも厄災討伐という時勢に飲まれてリンクが機会を攫う形になってしまった。
あとはゼルダが夫君を差し置いて愛人でも置かない限りは、王家に取り入る隙は無い。ところが彼女が己の対たる退魔の騎士をいたく気に入っているのは周知の事実で、こうなるともう手の出しようが無いのが現状だ。――金銭面以外は。
現状、地位を金で買う法はない。だがやりようによっては、金で権力が買えてしまうのが現実だった。まるで己を善人かのように言うボレッセンだが、言われてみればその通り。パリュールを担保にする彼は貴族の中では、無欲ではないが良心的と言えよう。
「もちろん返済期日まではお待ちいたしますが、それより先のことは知りませぬぞ! 失礼!」
まるで自分が誠実な債権者で良かったと言わんばかりに、カツカツと靴音で声高に主張しながらボレッセンは部屋を出て行った。
残されたゼルダは赤い羅紗の箱を抱え、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。慌てて支えて彼女の手を取るも、翡翠色の瞳は何も映していなかった。
「ゼルダ様!」
「……なぜ? いつ盗まれたと言うのです……?」
誰も答える者はおらず、残された人々の間に重い沈黙が漂う。
リンクはしばらくの間、並んだ小粒の赤い宝石たちを眺めていた。