表裏なす赤の秘密 - 10/24

 

 関係者として呼ばれたのはゼルダ、インパ、カスイ、ユースラ、ホルトウ、サイラン、さらになぜかチガヤが付いてきた。そこに同道を求められたボレッセンを加えた全員の前で、リンクはパリュールの収められた赤い羅紗の箱をロームに手渡す。

 ロームは実に渋い顔をしていた。一国の王というよりかは、どちらかというと悪戯の見つかった少年のような、バツの悪い顔だった。

 

「これに間違いございませんか?」

「う、うむ……」

 

 しどろもどろ、という言葉が非常にしっくりくる。改めて検分する様子もなく箱をホルトウに渡したロームは、どうにか威厳を保とうとわざとらしくゴホンと咳ばらいをした。

 

「よくぞ見つけた」

 

 その言葉を聞いた途端、インパがケラケラを笑い出し、ゼルダがロームを睨んで声を荒げた。

 

「御父様っ!!」

 

 自分でも驚くほどの声を上げたせいか、ゼルダは妙に痛そうに腕をさする。だが舌鋒は鈍らなかった。

 

「なにが『よくぞ見つけた』ですか! 御父様がリンクを困らせたのですよ!?」

「ぐっ、ゼルダよ、そう怒るでない……」

「いいえ、さすがの私もこれは怒ります! こんな時に何を考えているのですか!」

 

 娘に怒られては、一国の王も形無しだ。

 インパと共に事情を知らされていたらしい執政補佐官のカスイは必死で顔を伏せて肩を震わせ、ホルトウとユースラですらわずかに唇を噛んで笑いを堪えている。

 そんななか眉を吊り上げたチガヤが、夫サイランの脇腹をゴンと肘で小突く。サイランもまた、ロームと五十歩百歩のきまり悪そうな顔をしていた。

 

「旦那様も陛下の共犯でしょう!」

「ううむ……すまぬ」

「本来であれば陛下をお止めするべき立場にあるはずなのに、一緒になって遊んでどうするのです!」

 

 見かけに似合わずチガヤの物言いは苛烈だった。ただ、あまりにも的確過ぎてロームもサイランも、反論が全く出来ない。

 そんな中、未だ状況がつかめていないリードだけがぽかんとしていた。

 

「あの、これは一体、何がどうなったのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

 ゼルダとチガヤは、ロームとサイランに怒っていて、ボレッセンは誰に怒られているわけでもないのに小さくなっていた。それ以外の人は皆笑いを堪えている。どう考えても盗難事件の謎解きをする雰囲気ではない。

 どうやら予想が当たっていたらしいことに安堵していたリンクは、全員を呼んでくれたのに何も知らされていなかったリードに向き直った。

 

「リードは関係してなかったんですね」

「ええ、この様子だとカスイ様はご存知だったみたいですが……」

「僕とインパは陛下の悪だくみに巻き込まれて、知らんぷりしろ~って言われたんです。すいませんー、リンク様、リードさん」

 

 かりかりと頭を掻きながら、カスイはようやく苦笑いでいっぱいの顔を上げた。彼の隣ではインパの笑い声がようやく収まりかけてきていたが、よほどツボにはまったのか彼女は目尻に浮かぶ涙を擦り上げていた。

 

「しかしリンク、よく分かりましたね! けっこううまく偽装できたと思っていたのですが!」

「色んな人が、それとなく教えてくれていたのを総合してみたら、考えられることが一つしか思い浮かばなかっただけです。それに、こんな面白そうな事件に、インパもゼルダ様も全く首を突っ込んでこないなんて、おかしいじゃないですか」

 

 「私のせいですか!?」とインパは目を丸くしたが、ゼルダは分かっていたかのように「やはり不自然でしたよね」と大きくため息を吐いた。

 そのやり取りを横目にリードは、部屋の中央で肩身が狭そうに縮こまっているロームに恐る恐る視線を向けた。

 

「もしかしてこの盗難事件って……」

「はい、陛下のお遊びです」

 

 ホルトウが大事そうに持つ赤い羅紗の箱は、本当は盗まれてなどいなかった。それが分かってリンクも安心はしたが、最初は見事に騙されていた。

 一番引っかかりを覚えたのは、盗難事件の動機を考えたところだ。

 

「まずパリュールが箱ごと盗むのが可笑しい。リードは盗難事件の動機と言えば何を思い浮かべます?」

「それはもちろん金銭かと思います」

「俺も最初はそれを考えました。でもせっかく王家の宝物庫に入る機会を得られたのなら、根こそぎ盗んでいくはずです」

 

 お金が欲しいのならば、パリュール以外にも盗める物はそこかしこにあった。ところが盗まれたのはパリュールだけ。

 昨日見せてもらった宝物庫を思い出しながら、リンクは難しい顔をしていたリードを振り返る。

 

「逆にバレない程度に盗みたいのなら、もっと盗難が露見しにくい物を盗めばいい。結婚式で使うことが分かっているパリュールを、箱ごと盗むのは非合理的なんです」

 

 次に部屋全体を見回して、関係していた人々の顔を見た。

 ゼルダとインパ、ロームとサイラン、ユースラとホルトウ、昨日はいなかったチガヤと、なぜかそこかしこで出会うボレッセン。彼らの行動の一つ一つは大きな違和感ではないが、全体を通して見ると随分と変な状態だった。

 

「他にも不自然な点が多くありました。さっきも言ったとおり、事件なのに首を突っ込んでこないゼルダ様やインパも不自然だし、侍女長殿も侍女長殿も宝物庫を開けた時刻について理路整然としていて、これではまるで解いてくれと言わんばかりだった」

「演技をする方はあまり得意ではないものでして」

 

 小さく笑いながらユースラがちらとホルトウを見る。ホルトウはほっほっほと大きな体を揺らして笑った。

 まさか職務に実直な彼ら二人まで嘘を吐いているとは思わなかったが、だとすると逆に分かることが一つだけある。

 

「でもそれで分かったんです。ホルトウ侍従長殿とユースラ侍女長殿にまで嘘を吐かせられる人物は、この国には二人しかいません――ゼルダ様か、陛下か。仕組んだのはお二人のうちのどちらか、あるいは共犯か」

 

 ユースラとホルトウの二人しか、宝物庫の鍵を持っていない。その二人に対して、鍵を開けたことを秘密にするよう強要出来るのは、ゼルダかロームのどちらかだ。加えてその二人なら、インパやカスイへの口止めも出来る。

 

「ただし、ゼルダ様の口止めは、陛下にしかできない」

 

 もちろん逆も然り。もちろんゼルダが犯人だった場合には、ロームへは『命令』ではなく『お願い』だったのだろうが。

 どちらにしろゼルダが怒っていることからも、パリュールを盗難に見せかけたのはロームで間違いはなさそうだ。ここまで誰も口出ししてこないため、ほとんど正解を引き当てているとみて間違いない。

 リンクは視線をゼルダの方へ向け、残る細々とした理由を指折り述べた。

 

「盗難事件が起こっているのに人々が不思議なほど普通にしていたり、あとは盗難発覚が早朝なのに、俺が呼ばれたのが昼というのも気になりました。あれは関係者に根回しをしていた時間だと踏んでいますが、どうでしょうか」

「それもありましたが、大半は私が御父様を止めようと頑張っていた時間です……ダメでしたけど。リンク、他には?」

「極めつけは陛下の言葉です。陛下は俺に『パリュールを探せ』とおっしゃいましたが、『犯人を捜せ』とは言わなかった。これはもう、犯人が見つかっては困るからとしか考えられない」

 

 昨晩シークから聞かされたゼルダの言伝が決め手だった。表立って礼を言うわけにはいかなかったが、リンクは彼女へ向けて目配せをする。するとゼルダもあからさまに憂いの晴れた顔をしていた。

 これでおおよその謎解きは終わり。一呼吸おいて、リンクは部屋の中央でむっすりと黙り込んでいたロームを正面から見た。

 

「というのが俺の推理です。陛下、いかがでしょうか」

「……悔しいほどその通りじゃ。ちなみに、なぜボレッセンがパリュールの場所へ行くと分かったんじゃ?」

 

 ぎろりと音がするぐらいロームがボレッセンを睨んだが、すぐさまゼルダが「御父様」と低い声でそれを制す。可哀そうにボレッセンは部屋の隅に追い詰められた小動物のようにしていたが、確かに彼が慌てて図書室にある隠し書斎へ向かわなければ、リンクも隠し場所までは分からなかった。

 しかしながら、彼がパリュールの元へと向かうよう仕向けたのも、リンク自身だった。

 

「実は昨晩の不審者目撃談は、捕吏の隊長殿に俺が頼んだ嘘です」

「なんじゃと!?」

「不審者の話を聞きつけた陛下が、不安になってパリュールの隠し場所へ行くだろうと考えていました。実際には我慢できず先に確認しに行ったのは、ボレッセン殿でしたが」

 

 ボレッセンを見かけたのは、リンクにとっては不幸中の幸いだった。彼はパリュールを担保にした債権者のため、今回のロームの悪だくみを前もって知らされた一人だったのだろう。

 おかげでロームの尾行をするよりも数段楽に、パリュールの隠し場所までたどり着けた。もしローム本人が動くのを待っていたら、武芸に秀でたロームは背後に少しでも誰かの気配があったら素知らぬ顔で引き返したことだろう。

 幸運が重なったとはいえ、盗難事件は無事解決。最後にこんなことをした理由ぐらいは聞いておこうかとリンクが口を開きかけたが、それよりも先にロームが大きなため息を吐いた。

 

「ううむ、悔しいがこれでは合格を与えるしかるまい……サイランもそれでよいか?」

「御意に。見事としか言いようがございません」

「じゃのう……はぁ~」

 

 顔を見合わせて肩を落とす主従を見て、はて、とリンクは首をかしげた。

 少しばかり意地の悪い問題だったが、試されていたとは思わなかった。しかもどんな試験だったのか分からないまま合格とは、不思議なこともあるものだ。説明を求めてよいものかとリンクが様子を伺っていると、ロームが取り繕う前にゼルダが「実は」と口を開いた。

 

「御父様はサイラン殿と深酒をしたあの夜に、貴方の知恵を試そうと盛り上がったのだそうです。『勇気と力は認めるが、知恵はどうじゃ』ですって……。いい歳した大人が、信じられません……」

「我がハイラル王家の紋章は、知恵と勇気と力を象徴していると言われておる! 大事な娘の婿になる者が真に知恵があるかどうか、試して何が悪い!」

「だとしても時期をお考え下さいと申し上げているのです!」

 

 ははーんと、声を消してリンクは父娘双方の表情をちらちらと見た。

 厄災を討伐してよりこっち、ロームのゼルダの可愛がり方はあまり年相応とは言えなかった。幼い頃から修行に次ぐ修行を課した償いか、はたまた一度は互いに死に別れたと思った反動か、無事に役目を果たした娘にとことん甘い。それは家臣の間でも噂になるほどだった。

 ところがゼルダの方は、すでにそういった年齢はとうの昔に過ぎている。父王の愛情とは理解しつつも、彼女は成人した王族として立派に役目を果たすため、昼夜を問わず政務にいそしんでいた。

 そこへきての婿取りだ。もちろん揉めた。正確にはロームが猛然と駄々を捏ねた。

 

『認めん! 絶対に結婚など認めぬぞ!』

 

 ロームが何の理由もなく言い放った言葉を、リンクは昨日のように覚えている。普段は思慮深い王として有名なロームが顔を真っ赤にして、まるで子供の癇癪のようだった。

 しかしながら、それを平然と突っぱねるのがゼルダの強いところだ。あるいはあの父にして、やはりこの娘なのである。

 

『厄災を討伐したリンク以上に私の夫に相応しい者がこの国にいますか? いるのならば御父様、今すぐに連れてきてください。しかと検分いたします』

 

 こうも真正面から愛娘に言われては、結婚を認めたくないロームでも嫌とは言えなかった。そもそも誰が婿に来たところで気に食わないのだろうから、ゼルダに言わせれば「御父様がリンク以上に気に入る婿などいませんよ」とのこと。

 ムスっと恨みがましそうなロームに睨まれはしたものの、リンクは平然とした振りをして「お願いいたします」と頭を下げるほかなかった。

 今回の茶番は、つまりその延長戦というわけだ。

 

「ともかく、ゼルダ様のお母上の形見の品が無事でよかったです」

「リンク、もう少し怒ってもいいのですよ? 以前から言っていますが、貴方は人が良すぎます」

 

 試されたのは面白くなかったが、幸いにも一矢報いることが出来たので気分は上々だ。しかもサイランの前で、不様なところを見せずにも済んだ。

 もしかしたらロームの茶番に乗ったサイランには、リンクの不様なところを見て少しでも溜飲を下げようという魂胆があったのかもしれない。しかしどれだけ人がいいと言われるリンクでも、そこまでは意に沿うことはできない。何もなかったかのように振舞うことがせめてもの詫びと思い、部屋を辞そうとした。

 ところがカスイが、申し訳なさそうにホルトウの持つ赤い羅紗の箱を指さす。

 

「あの~、一応中身を確認しておいた方がいいんじゃありませんかねぇ?」

「……そうですね」

 

 ゼルダの返答は是であったが、明らかに乗り気ではないようだった。ただカスイの言うことはもっともだ。実際には盗難などではなかったものの、全く確認しないのでは少し話が違う。

 それにリンクとしても、例のパリュールがどのような物かは興味があった。なにしろティントの話が本当ならば、ゼルダの母が呪いを解いた宝石が使われている。宝石の良し悪しや価格の高低にさほどの興味は無くとも、一目拝みたくなるのが人の性というものだ。

 ところがゼルダはユースラやリードに目配せをして、晴れて良い天気だというのにカーテンを閉めさせた。さらには燭台に火まで入れさせる。まるで日光を部屋から追い出していくような入念な準備だった。

 

「まさか日の光に当ててはいけない宝石なのですか?」

 

 例えば日の光で溶けて消えてしまうとか?

 そんな宝石があるのかとリンクが緊張気味に背筋を伸ばすと、ゼルダは苦笑しながら箱を手に取った。

 

「いいえ、日の光に充てたくないのは、結婚式の当日にリンクに驚いてもらいたいという、私のわがままです。ですから、今から見る色をよく覚えておいてくださいね」

 

 ゼルダの細い指が、赤い羅紗の箱を開く。

 そこにはルビーのような真っ赤な宝石があしらわれたティアラ、イヤリング、指輪があった。透き通る赤が酷く情熱的な印象を与える、絢爛たる装飾品だった。

 ただし、ゼルダが身に着けるのなら青い宝石だと思っていたリンクは、少しばかり拍子抜けした。赤が似合わないわけではないが、青は王家の色。王家の威信をかけた結婚式の午餐に身に着けるものなら、青い宝石だと思っていたのだ。

 だが、そんな事よりもとあることに気づいて、声がかすれる。

 

「ネックレスが……ない?」

 

 真っ赤な箱の中央に窪みだけがある。

 最も大きな宝石が付いているネックレスは、箱のどこにも見当たらなかった。