巨大オクタの消化液で服全部溶かして赤面した姫様に向かってお可愛らしいですってリンクに言わせる第一走者

 インパから呼び出しがあったのは夏の暑い盛りだった。

 なんでもカカリコ村に新たな祠が出現したので調査してほしいとのこと。リンクは酷く怪訝そうな顔をしていた。

「もう全員導師は見送ったはずですが」

「四年経っての新規DLCかもしれません!」

「姫様、それメタ発言ですよ」

 などと言いながらも、ココナやプリコたちが間違えて入っては危険だからと、さっそく二人でカカリコ村へ向かった。

 パーヤに案内してもらってびっくり、新しい祠があったのは何とカカリコ村のお墓の目の前だった。

「ある日、地鳴りがしたかと思ったら祠が生えてきたのです」

 困り顔のパーヤ。確かにこれではお墓参りもろくにできないでしょう。

 では行ってきますとシーカーストーン片手に歩き出すリンクに、私は「待って」と手を握った。

「私もついて行きます」

「姫様は外でお待ちください。中に何がいるか分からないんですから」

「だからこそ、私の知恵が役に立つこともあるかもしれません」

 尤もらしいことを言ってみたものの、橙に光る祠の中が気になるのは行きたい理由の半分。もうあと半分の理由は、リンクと距離を詰めたい気持ちにあった。

 何しろハテノ村の俺の家へどうぞと招いてくれた割に、リンクとは未だ主従の縛りが解けていない。以前よりかは随分と気さくに話はしてくれるものの、何をするにも私のことは姫様姫様。関係は未だ百年前のまま。

 どうしたらもっと親密な関係になれるかしらと悩んでいた折に聞いたのが、吊り橋効果だった。怖いことや危険なことを一緒に潜り抜けた男女には、恋愛感情を抱きやすいとのこと。もしそれが本当ならばいっしょに祠に入ってあんなことやこんな目に合えば、いくら奥手のリンクだって……!

「姫様?」

「……いえ、別に何もやましいことは考えていませんッ」

「ともかく、おやめくださいね」

 取り付く島もなく彼は祠を開いて昇降機に入り込む。ところが「げっ」と声を上げた。

 何かしらと思って覗き込むと、足元には「定員二名」の文字。思わず指を刺して声高に言ってしまった。

「つまり私を連れて来るようにという導師様からの指示です! きっと!」

 そんなぁと頭を抱える姿をよそに、パーヤに手を振って私はリンクの隣へ、昇降機に乗り込んだ。百年前は微動だにしなかった祠、その内部に入ることが出来る。しかもリンクと!

 こんな楽しいことはないわと、わくわくしながら地下へ潜る。初めて降り立った祠の内部は、とても静かで広い空間だった。地下だというのに淡い光が差し込む。

 ここで一体どんな試練を執り行うのかしらと待ちきれず、真っ先に昇降機からぴょんと飛び降りた。

 すると頭の中にドゥワァ~ンと音と声とが響き渡る。

『祠を訪れし者よ、我はカワ・イイ。女神ハイリアの名におき、試練を与えよう』

「え、あら? 試練?」

 きょとんとして辺りを見回してみたが、声の主の姿は見当たらなかった。

「姫様?」

「いま何か声が……」

「え、俺の方への試練じゃないの?!」

 途端に顔を青くしたリンクが辺りを見回して、「導師どういうことー!」と何もない虚空に向かって叫ぶ。ところが声は木霊するだけで物理的な返事はない。

 祠と言えば、内部のいずこかに導師がいらして、そこへたどり着くのが試練だと聞いていた。一体どういうことでしょうと首をかしげると、また頭の中にしわがれた声が響いた。

『心から可愛いと言ったら合格』

「そう、なんですか?」

 心から「可愛い」と言わなければならない試練なんて、なんと奇妙なことでしょう。道理で二人で中に入らなければならない祠なわけです。

「一体誰と話をなさっているんですか、……もしかして導師?!」

「はい。いま導師から指示をいただきました。大丈夫です、私が何とかしてみせます……!」

 ぐっと手を握りこみながら、不安に揺れるリンクの顔を覗き込んだ。彼のことは百年前から好意的には思っている。でも可愛いと思ったことはあまりなかった。

 だから少々困ってしまう。私の素直な感性に従えば、彼はどちらかというと可愛いよりも『カッコイイ』なのだ。

 どうしましょうと考えを巡らせているうちに、リンクはムッとした顔で私の手を引っ張って昇降機の方へ歩いて行く。

「姫様に試練を課すなんて問題外です。こんな祠埋めましょう」

 珍しく肩を怒らせているリンクは、何度大丈夫ですよと言っても話を聞いてくれなかった。半ば無理やり丸く青く光る昇降台に乗せられる。ところが機械は微動だにしなかった。

『言うまで出られません』

「クリアするまで出られないそうです」

「仕様変更?!」

 虚しく響いた彼の声に、心なしか導師がため息を吐く気配がした。こんなことではいつまで経っても外に出られそうにない。

 かといって、私は何もないこの瞬間に、彼のことを心の底から可愛いと思うことなど……、いいえ。ちょっと待ってください。

 むぎゅっとリンクの顔を両手で挟んでこちらへ向けた。

 青い瞳が意外と実はぱっちりとした二重で、しかも近くでよくよく見ればまつ毛が長い。いつもはきゅっと引き締めているお口も、今は慌てているのかちょっぴり緩んでいて。

「姫様……?」

「そうです、リンクは女装してゲルドの街に入ったことがあるぐらいの……」

 ……これはまさしく『可愛い』ではありませんか。

 私はこれまで一体リンクの何を見てきたのかと、自分の目がまるで節穴だったことを恨む。可愛い。

 もちろん、ごくりと生唾を飲み込む喉ぼとけも、必死に私を引き剝がそうとする無骨な指も、カッコイイはカッコイイのです。

 しかしながら、部分的に見ていけば十分に女装に耐えうるお顔の造形。

「リンク、あなたもしかして、実はとても可愛いです……ね?」

「ひっ姫様?!」

 悲鳴みたいな声が上がる。それもまた意外な一面で可愛らしい。もはや私の頭の中は、リンクのカッコイイと可愛いで埋め尽くされた。

 なんですかこの生き物は。私の騎士はカッコイイと可愛いのハイブリットですか?

 心の底から言いましょう。リンクが可愛いです導師。こんな騎士にめぐり合わせてくれた女神に、五体投地で感謝したいぐらい。

「間違いなく可愛いです」

 心からの叫びだった。

 ところが祠はウンともスンとも言わなかった。

「おかしいですね……」

「おかしいのは姫様ですよ!!」

 瞳をウルウルさせながら私の手を振り切り、広いだけの空間に逃げていく。私の可愛いが逃げてしまう!と思って追いかけていくと、ガコンと振動があって床の一部分が下へと下がり始めた。

『準備はしておいた』

 再び導師の声が響く。

 一方でリンクは背負ったマスターソードに手を掛けて、先ほどまでに泣きそうになっていた空気はどこへやら、ピリリと引き締まった顔をしていた。こういうところはカッコイイのだから、無意識な飴と鞭の使い手だと感嘆の吐息が漏れる。

「姫様おさがりください、祠で床が抜けるのはガーディアンが格納されている場合です」

「ガーディアンが?」

「力の試練でよく戦いました」

 話に聞く小型のガーディアンかしらと、別の意味でドキドキする。厄災を封じている間、ハイラル城内にいる大型のガーディアンをひっそり目にする機会はあったが、小型はあまり見たことが無かった。

 小型と言っても背丈は人ほどもある。それがどんな風に動き回る姿が見られるのか、両手を胸の前で組んで待つ。

 ところが出てきたのは大型の、見たこともないガーディアンだった。

「なに、コレ……?」

 抜き放った青い刀身の先が迷っている。リンクですら初めて見るらしい大型のガーディアンは、八本の足と肥大化した頭を持っていた。口は漏斗状になっていて、どう見てもこれは、オクタ。

『趣味でオクタ型のガーディアンを作っておいた』

「導師の趣味だそうですリンク」

「そんな導師で大丈夫か」

 歩行型ガーディアンほどもある巨大なオクタ型のガーディアン。これを出現させるためにこの巨大な空間が必要だったのだとようやく理解した。

 でもこの特殊ガーディアンがどうやって『可愛い』と言う準備になるのか、そこがよく分からない。そんなことよりも私はさっき心の底からリンクが可愛いと思って、はしたない気持ちなど忘れて、大声で可愛いと叫んでしまっている。

 それなのに試練はまだ終わっていない。

 ところが、さすがの勇者の判断は早かった。なぜなのかしらと私が首をかしげている間にオクタ型ガーディアンに素早く駆け寄り、的確に付け根からうねる八本足をぶつ切りにしていく。

 ガーディアンの口からは何かねっちょりしたものが吐き出されるのだが、当然そんなものに捕まる足さばきでもない。悲しいかな、いえ、見事に避けてすっかりオクタ型ガーディアンは、頭と胴体だけになってしまった。

 汗の一滴流さず、呼吸一つ乱さず、リンクは動きをガーディアンの動きを封じると私の前に立ちはだかって剣を前方に突き出す。

「導師、いい加減にしてください。こんなもので何をしようというのですか」

 声がだいぶイライラとしていた。確かに、本来であれば彼が試練を受け取るはずだったのかもしれないのに、私が受け取ってしまったがゆえに導師からの声はリンクには聞こえていない。

 代わりに言葉を届けてあげなければと耳を澄ますと、クククと導師の笑う気配がした。

「リンク、何か様子が可笑しい気がします」

「最初からこの祠は可笑しいですよ」

 ムッとした顔でトドメに走り込む彼の背中を見て、はっとした。ちょうどリンクと私とオクタの口が一直線上に並んでいる。

「駄目です、オクタは何でも吸い込んでしまう!」

 手を伸ばしたが、スゥーーーと空気もろとも声まで吸い込まれてしまう。

 踏ん張ろうとしても、古代遺物の床はつるりとしていて足を掛けるどころか、指のかかる隙間すらない。気が付いた時には体が浮いて、もちろん前方に走っていたリンクの体も浮いていて、二人してぶつかりながらちゅぽんとガーディアンに吸い込まれていた。

 中は狭苦しくて、ドロドロのおかしな液体が出ている。先ほどまで口から吐き出していた液体に違いない。

「大丈夫ですか?!」

「怪我はありません、でもここから出ないと……」

 藻掻く私たちに、変化はすぐに訪れた。

 ぼろりと指ぬき手袋が裂けて崩れる。

「えっ……!」

 見る間にリンクの剣帯も切れて鞘が落ちる。液体に触れたところの繊維がどんどん解けて形が崩れていく。衣服がどんどん溶けていく。

「導師、ふざけるな、姫様だけでも出せ! 何が試練だ、こんなの二人で来る必要ないだろ?!」

 ガーディアンの内側からマスターソードを突き立てるも、ぶよぶよの感触に刃が通らない。まさか厄災を討つための剣までも凌ぐ素材があるなんて、このオクタ型ガーディアンが厄災に乗っ取られずにいて良かったと思うばかり。

 でも今はそれどころではない。このままではリンクと二人、オクタのお腹の中で消化液に溶かされてしまう。

 慌てて動物の内臓を思い描きながら、外に出る手段を模索していると、再び導師の声が響く。

『大丈夫、生き物は溶かさない』

「え、人は溶かさないんですか?」

『溶かすのは服だけ……』

「ええっ、なんでよりによって服だけ!」

 もはや私のフィールドワーク用の服装は八割方溶かされていたが、肌も髪も痛む様子はない。まるで無傷。オクタの中で外に出ようと藻掻くリンクもまた、服こそボロボロに溶かされていたが体は無事。

 いえ、なぜシーカーパンツには傷一つないのか、そこだけは不満です。

『シーカー遺物なのでパンツは溶かせない』

 何という高性能パンツなのでしょうか。マンサクさんから聞いた『うらやまけしからん』というのは、まさにこのことを言うのじゃないかしらと考えた。

 もちゃもちゃとしばらく咀嚼されたのち、私とリンクはほとんど裸みたいな状態でペット吐き出された。べっとりと体に消化液が付着する。気持ち悪いと身震いしている間に、リンクは怒りに任せてオクタ型ガーディアンを破壊してしまった。

「導師! いい加減にしてくれ」

 シーカーパンツ姿の後ろ姿が広いばかりの空間で叫ぶ。

「一体何の試練なんだよこれは!」

 うろうろと、どこかにいるであろう導師に向かって文句を言い募る。でもその動きは少し妙だった。

 こちらを向かない。

「リンク?」

「姫様は動かないでください」

「なぜ?」

「なんででもです」

 覗き込もうとしても必死に顔を隠して、どうしても私の方を見ない。

 こうも必死に顔をそらされると、私の方だって意地になってくる。ぶんぶんと左右にそらして、決してこちらを向こうとしない彼の顔の正面に回り込もうと、躍起になった。

 ブーツも溶かされて裸足、ぬるぬると液体を滴らせながら彼の顔を見ようと動き回る。床は引っかかりのない古代遺物のつるりとした素材。

 言わずもがな、私はコケた。

「ひゃぁ!」

「姫様!」

 声を上げるのと同時に、顔を抑えていた手が外されて私の体を支える。

 ほとんど一糸まとわぬ体には、わずかにブラジャーとショーツだけが残っていた。今日は淡いピンクです。

 それを見た途端、ひえぇと断末魔が上がる。

「うあぁっ…かわッ……うっかわいぃ……なっもうっ、導師バカー!!」

 叫び声と共にガーディアンを格納していた場所から、今度は導師が鎮座する台がせり上がってくる。なるほどこうしてお出ましになるのねと、言葉にならない声を上げ続けるリンクを置いて私は立ち上がった。とぼとぼ歩いて行き、青く光るシーカーマークに手を触れる。

 パァンと軽やかな音共に格子がはじけ飛び、再び導師の声が、今度は空間全体に響き渡る。

『姫巫女よ、勇者よりも先に祠に足をつけてはなりません……ここは勇者に心の底から『カワイイ』と言わせたいがための試練の祠。姫巫女は言われる側にならねばならんのですよ』

「あら、そうだったのですか。ごめんなさい導師」

『しかも最初のは自動音声だから、申し訳ないことをしました。しかし目標は達成されました。無事に勇者の心の叫びも聞けたことですし、克服の証を差し上げましょう』

 羅漢となった導師から渡されたのは指輪。しかも二つ。

『それではお幸せに』

 さらさらと形を崩しながら空へと昇っていく導師。ありがとうございますと、その青い光を見つめながら見送る。

 何とも言えない試練だった。

 そもそもあの導師はなぜリンクの気持ちを知って、あるいは私がもやもやしていたのを知っていたのかしらと不思議に思う。でも古代シーカー族の叡智には、今の私たちでは太刀打ちできないのもまた事実であった。

 導師をしっかり最後まで見送った後、真っ赤な顔で項垂れたままのリンクの前にかがみこむ。また「ひっ」と情けない声が上げて顔が横を向いた。もう、こんなところまで可愛く見えてしまうのだから、私もきっと大概です。

 でも一応、意思確認ぐらいはしておいた方が良いでしょうね。

「心の底から可愛い私と、どうしたいですか?」

 私はキラキラ光る指輪の片方を、可愛くてカッコイイ騎士の目の前に差し出してみた。

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