勇者束縛

 霞のかかった頭で、最初に目に入ったのは自分の膝だった。白いブーツが石の床を擦っている。汚れがついては後で何を言われるか、と眉をひそめたところでハッと頭を起こした。

辺りを見回し、自分が一体何がどうしてこんなところにいるのか、しばらく分からずに呆ける。

 周囲に石組みが見えてこれは牢だと言うことが分かった。古く、あまり使われた形跡がない。やけに埃っぽい。椅子が一つだけあった。

 自分の体は、腕が大きく広げられて真横で縫い留められている。分厚い鉄の戒めが手首に食い込んだ跡があって、全体重が両手首にかかっていたらしいことをゆっくりと理解する。どうりで腕が痛むわけだ、膝立ちのまま意識を失っていたらしい。近衛の証である帽子が、少し離れたところに落っこちていた。

「なんだ、ここは……」

 意識が無くなる前の最後の記憶は、確か姫様に帯同してハイラル大聖堂に来たというものだった。

姫様がお祈りをする間、扉の前に立ってあたりの気配に耳を澄ませていた。祈りが終わったあと別室に移動してから、薬湯を召し上がる傍にいた。

「リンクにも少し何か出してあげてください」

 遠慮したのだが、最近立て込んでいたから是非にと言われて。それ以上断ることもできず、頂いた。そのお茶の味が思い出せない。

「いや、そんな」

 あのお茶に何かが仕込まれていたのだとすれば、淹れた侍女が刺客だったのだろうか。だとしたら姫様は、大丈夫か、ともかくここを出なければ。

 と、そう。

 出なければと思って気が付く。どうして致死性の毒を盛らなかったのか。

 つまり捕まえるのが目的であって、害するのが目的ではないという意味だ。俺を殺す気がないのならば、姫様も同様に殺すつもりでいたわけではない。

 そこで俺は思考を切り替える。

――だったら待ってやろう。

 自分を捕まえたやつをこの目で見届け、そいつを捕らえて姫様の居所を吐かせた方が早い。窓がないので分からないが、手首の痛み方からすると相当長いことこうして張り付けられていた様子だから、もはや急いでも仕方がない。

ただ、姫様だけが心配。どうか無事であってほしいと願う。

「起きましたか」

 カツンカツンと石畳を歩く音がして、その心配な相手が現れた。

「ゼルダ様……?」

「少し薬を多くし過ぎたようです、ごめんなさいリンク」

 祈りに際して着用される巫女の白い服そのままに、姫様が牢の入り口に立っていた。特別何か乱暴された様子はない。いつも通り。よかったと思いつつ、疑問が頭を駆け巡る。

 どういう状況だ、これは。

 頭を使え、察しろ、何かがおかしい。額から冷たい汗が滑り落ちる。

「気分は大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 姫様は俺の動揺を意に介すことなく、牢の中へと足を踏み入れた。

「よかった」

 よくない。圧倒的に何かが可笑しい。

 どう見ても、どう気配を探っても、目の前の方は俺の仕えるハイラル王家の姫君。金の髪も翡翠の瞳も、すべらかな肌も、全て見知っている。見間違えようがない。

 それなのに、その方はゆっくりと微笑むと、俺の近衛の服の上から俺の体の線を撫でた。ゆるりゆるりと、慈しむようにと俺を撫でる。これは何かの夢か幻か。絶句したままいると、たおやかな手が次第に下へ、下へと降りていった。

「戒めを外していただけませんか」

「それはできません」

 毒気のない笑みを湛えて、姫様の手が俺の股の間を撫でる。

「……ッ」

 生唾を飲み込んで、思わず顔を背けた。

「リンクも、人の子ですものね」

 ゆっくりと布の上から行ったり来たりする手が、次第に柔らかく掴むようになって、姫様が意図してやっているのだと分かった。俺自身をその白魚の繊手が撫で、時に布の上からかりかりと爪を立てて程よく刺激する。

 目にも、肌にも、心臓にも悪い。こんなの夢であってくれと腹の底から深く息を吐き出した。

「お戯れはおやめください。このようなこと、姫君が、なさるものでは、……ありません」

「まぁ、どうして?」

「理由などっ……在りません、それよりも、戒めを解いて……いただけませんか……ッ」

 にわかにせりあがる息をこらえ、語気を強めてもう一度言う。しかし姫様は「だめです」と微笑んで首を横に振った。立ち上がり、壁際においてある椅子を俺の正面に持ってくる。

「わたし、もう我慢しないって決めたんです」

 真正面から俺を見据えた姫様は、石床に膝をついて俺の服に手を掛けた。カチャカチャと音が鳴る、ベルトが外される、近衛の装束がずり降ろされる。酷い顔になっている自覚はあったが、喉の奥から姫様を止める言葉を絞り出す。

「どうかおやめください!」

「嫌です」

 何を思って、姫様がこんなことをしているのかさっぱり分からない。

 こうなっている以上、眠り薬を盛ったのは姫様なのだろう。しかも俺を拘束するのに必要な器具の強度も的確に把握している。服を下だけ脱がされながら無茶苦茶に腕を動かしてみたが、戒めの鉄はあまりにも頑丈で全く動かない。

 本気だ。

 姫様が本気で俺を捕まえて、何かしようとしている。

 いったい何を? 何をと、頭で考えようとして、それよりも体の方が早く理解する。

「命じられれば何でもいたしますから、どうかそれだけは…………ぁぐッ」

 姫様の手が俺自身を引っ張り出す。

 その指先の冷たいのも手伝って、腰のあたりからぞくりとした感覚が背を駆け抜けていく。

「おやめ……くだ、さいぃ……んっ……」

 間の悪いことに、ここ数日出していなかった。数えてみる、たぶん一週間ぐらい忘れていた。

 どうしてそんなものを忘れるのか、同室の先輩騎士に不思議がられたことがある。お前、自分では抜きたくならないのか、と。だがこればかりは、本当になぜだか分からないが忘れる。それよりもちゃんと寝て、明日に備えようという方が先に立ってしまう。

 だから抜くのを忘れて貯まりに溜まっていた俺は、姫様のほっそりした指先の愛撫だけで簡単に天を向いた。

「あなたに命じることが肝要なのではないのです。わたしが自らこうして、本当に約束が守られるのか証明し、納得しようと思ったのです」

「いったい……んっ……なに、を……?」

「リンクを手に入れる、そのために厄災と手を組むことにしました」

 熱い息を吐き出しながら、信じられない物を見る。

 姫様の瞳が赤く染まっていた。

「なぜ、そのようなことを…!!」

「だって、厄災が討伐されたら、私はどこの誰とも知らぬ貴族と結婚せねばならないのですもの! そんな未来はいらないと思って」

 俺は膝立ちのまま、姫様は椅子に腰かけて俺のそそり立つものに手を伸ばす。慣れないなりに肉棒を包んで擦り、揺らして掬い上げる。

 いつも自分でやるのとは全然違う感覚に、どれだけ歯を食いしばっても体の方が嬌声を上げ、その一部が口から零れ落ちる。鍛錬でどれだけ動いても上がらない肺が、今は荒々しく空気を欲しがる。口の端から飲み込めなくなった唾液がぼとりとたれた。

「だから私の体を貸す代わりに、勇者を捕らえて殺さずに私に独り占めにさせるようにと約束をさせたのです」

「そ、んあぁ…はぁ………な……」

「でもまずは厄災の方が私との約束が本当に守るか証明してもらおうかと思って、あなたを拘束するように命じてみました。ごめんなさい」

 口ではごめんなさいといいながら、姫様は微笑んでいた。本当に心からの笑みを俺に向けて、俺の一物をその指先で扱き続けていた。先走りが伝い落ちて、姫様のほっそりとした手を濡らしながらじゅぶじゅぶと卑猥な音を立てる。

 その嬉しそうな顔が辛いが、それよりもさらに辛い感覚が全身を駆け巡る。脳が溶けそうなぐらいに気持ちいいのに、出すわけにはいかない。

「……ふっ…おやめ、ッあ………くだ、さいッんっ………あぁつ」

 自分でも制御の聞かないかすれ声が出る。でも俺の漏れ出る言葉すら、姫様は嬉しそうに耳で食んで手を動かし続けた。

 それがふと止まる。痺れるような感覚が遠のき、醜態を晒す前に助かったかと苦しい顔を上げた。だが姫様はただ困り顔で首を傾げているだけだった。

「ちょっとやりづらい……」

 椅子の高さ、俺の拘束された位置、それを考えると確かにやりづらそうではあった。

 ならば諦めてくれという願いもむなしく、少し考えた挙句、姫様はサンダルを脱ぎ捨てた。

「ならば足で、どうでしょう」

 なまめかしい足の裏が俺の裏側をすっと撫でた。頭のてっぺんまで電気が駆け抜ける。

「んあぅッ……!」

「良い声です」

 ころころと鈴を転がすように微笑まれたその方は、緋色の目をした女神にすら見えた。

 でも次の瞬間には足の親指と人差し指を開いて、裏筋を挟み込むようにして上下し始める。姫様の綺麗な足が、俺の欲情で汚れていく。それが嫌で、でも物足りない刺激に腰が勝手に揺れる。

 自分の腹にくっつきそうなぐらい立ち上がって充血する先端を細かく指先でなじられ、あるいはぐりっと腹に押し当てられるように、足の裏全体で踏みしだかれる。どれも自分では与えたことのない刺激で、あまりのことに欠けそうなぐらい奥歯を噛み締める。

でも正直、誰でもない姫様だから駄目だった。どこの誰とも知らない女ならまだ耐えられた。姫様だから駄目。

「ひめっさま……ぁだめ、あっ」

「リンク、出していいんですよ」

「いや、いやで、す、あぁっ………ぅんあっ……ッ!!」

 できる限り、出したくなかった。姫様の足を汚すことはもちろん、俺自身の醜態を見せたくない。その一心で、差し迫る流れを止めようと腹に力を籠める。でも耐えられない、

――むり、でる。

 ブツリと頭の中で何かが切れた。

 でも止めたい気持ちと出したい気持ちがせめぎ合って、結果的に俺は酷く長い間、欲を吐き出した。勢いのない、ただ濁流のような白くてどろどろのものを吐き出す。比較的長くため込んでいたこともあって、いつもよりだいぶ濃くて粘り気が強くなって姫様の足にねっとりと絡まった。

 はあはあと息を吐き出し、目尻に熱いものを覚える。こんな、こんな醜態は生まれて初めてだった。

「よかった、リンクが出してくれて」

 赤い瞳の姫様は、それはそれは美しく微笑まれていた。

 ………と、そこで目が覚めた。

「うっわ……」

 ハテノ村の自分の家。ベッドの中、俺は自分の腹に青臭いものをこすり付けて起きた。

「うっそ……」

 まさかの、出てた。

 いや。うん。

 昨晩ゼルダを抱いて、もちろん中に出させてもらって。でも本当は一回じゃ物足りないなぁとは思った。それでもゼルダの体のことを考えたら、何度も無理をさせるわけにもいかない。俺と違って体力が無尽蔵なわけではないのだから。だから自分に無理は禁物だと言い聞かせて寝た。

 パンツ一枚で、後は何も身につけず。それがいつものことだったから。

「まじかよ……」

 自分に呆れて天を仰ぐ。夢精なんて、もう久しくなかったのに。

 ゼルダが起きる前に処理しようと、昨晩の事後処理に使ったリネンに手を伸ばそうとしたところで、はたと止まった。

 あれは、夢だったろうか。

 夢だと思った記憶が、あまりにも生々しく記憶に染み付いていた。牢の見た目も、あるいは腕を戒められた感触、膝をついた痛みも全て覚えている。まるで、本当にあったことかのように。

「……いや、そんな?」

 まさかと自分で口に出しておいて、挙動不審に視線が泳ぐ。

 ただの夢か、それとも思い出した記憶か?

 どっちだ。どっち、どっちか迷うほどの鮮明な映像が脳裏によみがえる。思わず手が震えたその時、ゼルダがうっすらと目を開けた。

「リンク?」

「お、おはようございます……」

 大丈夫。ゼルダの、俺の大事な人の瞳は綺麗な翡翠色をしていた。夢の中の、深紅に染まった瞳の、厄災にとりつかれた姫様ではない。金の髪も翡翠の瞳も、すべらかな肌も、全て見知っている。見間違えようがない。

「あら、どうしたのですか」

 それなのに、その人はゆっくりと微笑むと、俺の傷だらけの腹に手をやった。特に意味も無さそうに、ゆるりゆるりと慈しむようにと俺を撫でる。なんだろう、これはまるで夢と同じ。

 絶句したままいると、たおやかな手が次第に下へ、下へと降りていった。

「何でもないです……」

「よかった」

 よくない。まて、圧倒的に何かが可笑しい。何だこの違和感。

 頭を使え、察しろ、何かがおかしい。額から冷たい汗が滑り落ちる。

「ああ、でもたまには足でします……? ほら、また以前のように」

 毒気のない笑みを湛えて、ゼルダの手が俺の股の間を撫でていた。

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