花守りとオオカミナスビ - 5/18

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 確かにこちらの方から光る何かが呼んでいる気がして、城の一番高いところまで俺は登って行った。大きく開いた扉の向こう側に、たぶん俺を呼んでいる誰かがいる。

 

「いるの?」

 

 入って行った先には誰も居なかった。

 でも嫌な臭いだけは確実している。血が腐った、すごく嫌な何か。

 

「誰……?」

 

 幽霊のおじいさんの話によれば、ここは100年前に厄災ガノンに襲われて落ちたお城だ。崩れかけた階段、割れた窓ガラス、千切られた旗。豪華な装飾の名残に目を奪われ、きょろきょろしていた。

 そこへごうっと風が吹き込んでくる。風に乗って青い光が幾筋も集まって一塊になると、広間にガーディアンと同じ一つ目の大きな魔物が浮いていた。

 辛うじて人の形はしていたが体自体は赤黒い瘴気の塊で、顔は歪な形をした黒いお面の真ん中に青い一つ目が輝く。頭の四つの突起の隙間からは燃えるような赤い髪が風に逆立って、右腕はガーディアンのビームを数個集めたぐらい強力な奴がくっついていた。

 たぶんガーディアンと同じ類の何かだが、明らかに格が違う。城の淀んだ空気が一気に張り詰めた。

 そいつは青い単眼で俺を見つけると青白く光る右腕の咆口をこちらへ向ける。

 

「ッ……!!」

 

 ひゅっと空気が喉を擦る。

 間を置かず放たれた一撃は、一瞬前まで俺が立っていた床を黒焦げにして抉っていた。

 

「こいつ、ガーディアンよりずっと強い」

 

 ここに来るまで色々な形のガーディアンに狙われて、もう嫌というほどビームの洗礼は浴びていた。あの攻撃は生身の人間が鎧も無しに食らったら即あの世行きだ。でもそこが逆に弱点であることも気が付いていたので、背負った黒っぽい弓を構えて二発立て続けに射る。幸いなことに落ちたとはいえ城にはたくさんの武器が残っていたから、装備はそれなりに充実していた。

 パンパンと連続して目を射貫くと、赤い髪の魔物は糸が切れたように空中から落ちてきたので、大層な装飾のついた拾い物の両手剣でガツガツと胴体を切り刻んでやる。何度も殴るうちに意識を取り戻した赤髪の魔物は、ぶるぶる頭を振ると体を青い球体に形を変えて宙に逃げた。

 

「ちぇっ、もうちょっとだったのに」

 

 あのままとどめを刺したかったのだが、魔物は激高したのか耳をふさぎたくなるような叫び声を上げる。すると今度は頭の四つの突起を飛ばして、色々な方向から短く細いビームで俺の手足を狙い始めた。

 崩れたがれきを盾にして絶えず動き回って直接当たらないようにはするものの、やはりかすめては血が噴き出す。うっとおしいことこの上ない。

 

「あの小さいの!」

 

 飛び回る四つの子機に狙いを定め、射貫くと子機は案外脆い。全部壊してやれば、すでに奴は敵ではなかった。

 同じように青い単眼を射貫いて撃ち落とし、ぐったりしているところで何発も胴体を切りつける。我ながら酷い所業だとは思いつつ、相手を敵だと認識した瞬間の自分の冷酷さには驚いていた。

 記憶が無くとも体が動くし、普通の人が躊躇するようなことも容易にやってしまう。魔物を殺すことに対して一切の迷いが無い。

 以前の自分は一体何をしていた人間なんだろう。不思議には思ったが、あまり深くは考えなかった。

 

「これで終いだ」

 

 大きく振りかぶった大剣が、赤髪の魔物の黒い面を割る。

 その下に隠れた顔はどんなものか、一瞬興味が湧いて覗き込もうとした。ところが、シュンっと耳元で音がして、か弱いビームが頬をかすめる。

 

「こいつ……!」

 

 最早傷つけられるほどの威力もないが、反抗されたこと自体に腹が立った。もう一撃、胴体を真っ二つに切ってやろうと大剣を構える。

 その刃が風に圧された。大ぶりの剣に振り回されて体が傾き、たたらを踏む。

 その時、背後にもう一つの気配が現れた。

 ぞわっとした自分の感覚に驚いて振り向くと、そこには形こそ違えど、今しがた殺そうとしていた赤髪の魔物がもう一体居た。赤い髪や青い単眼、瘴気に塗れた体は同じだったが、左手に長い槍を持っていて面の形も違う。

 もう一体の赤髪の魔物も俺を見つけるや、遥か遠いところから狙い定めて槍が空を切り裂いた。

 

「なんだこいつら?」

 

 繰り出される槍を凌いで降り注ぐ氷を割って二体目を倒すと、案の定三体目が青い光と共に広間に現れる。今度は赤い大きな斧のような武器を持っていた。続く四体目の武器は丸い盾と曲刀、俊敏に動く奴。

 ガーディアンに比べて禍々しさが比ではない。立て続けに相手をしているだけで、体力が音を立てて削られていく。それもこれも、恐らくは俺自身が敵の中枢に近づいている証拠だと思うと、少しだけ嬉しい。ゴールはもうすぐのはず。

 四体目を倒し終えて、しばらくは五体目が現れやしないかと緊張しながら辺りを警戒する。

 でも出てこない。

 

「終わった……?」

 

 ふぅと久々の深い吐息を吐き出してから、おもむろに顔を上げる。

 天井には赤黒い繭がうごめいて、奴らが襲ってきた理由をようやく理解した。