狂犬ちゃん - 15/25

〇月〇日

 インパを伴っての公務があり、仕方がなく別の者にリンクを頼むことになった。とても不安だったが他にやりようがないので任せた。夜も遅くにようやく全てが終わり、着替えもそこそこにともかく彼の顔が見たくて部屋へと急いだ。何かとても嫌な予感がしたので。

 予感は的中した。

 どうやら吹き矢で眠り薬を打たれたのか、太ももに大ぶりの針が刺さったままのリンクが部屋の隅でうずくまって寝ていた。脇目も振らずに部屋に飛び込み、起こそうとして、でもスッと頭の中が冷えた。

 無理矢理起こすことは可能かもしれない。でも今起こせば、混乱してまた暴れてしまう。一体どちらが残酷なのだろう。

 共に人として言葉が交わせていた頃、少し硬い髪をなびかせて馬を並べていた彼。今やその面影は全くなく、血と汗と汚濁に塗れた髪は撫でてもバリバリと嫌な音を立てるだけ。自然と目覚めるまではこのままにしておこうと太ももの吹き矢だけを抜いて部屋を出た。

 そこに、待っていたのはプルアだった。

 彼女はいつもの茶化した空気を一切纏わず、ただ一言「使って」と私の手の中に太い注射器を押し込んだ。中には何か、透明な液体が。

 それが何なのかは教えてくれなかったし、私も聞こうとはしなかった。

 でもプルアもまた、ミファーと同じ選択をしたのではないかと。これは単なる勘だが。

 プルアは何も言わずにすぐに去ってしまって、一人残された私は彼の部屋の前で長いこと考えていた。使うべきか使わざるべきか。

 もう楽にしてあげたいと言う気持ちと、どんな形でもいいから生きて欲しいという願いと、心がぐちゃぐちゃになる。エゴ、エゴ、これは全部私のエゴ。

 結局私は渡された注射器を、私室の鍵のかかる引き出しの奥に放り込んでしまった。使えなかった。どうあっても見捨てることなどできない、だってまだ生きているんだもの。そんなこと、私にできっこない。