déjà vu ? - 3/4

case-近衛

 姫様からシーカーストーンを渡され、御前から下がった。明日、姫様の代わりにこれを王立古代研究所へ持っていく。なるべく早く帰ってきたいものだなと、夕闇迫る窓の外にわずかに目をやった時だった。

「近衛騎士殿、少々よろしいでしょうか」

「はい、なにか」

 それは医務官だった。どうして医局の人間がこんなところにと思ったが、どうやら誰か人に聞いて俺を探しているようだった。

 職業柄、怪我とは切っても切り離せないこともあり、医局に世話になる機会は多い。自分の怪我はさほどでもないが、同輩たちを担ぎ込むことは少なくない。それに退魔の剣を抜いた勇者だからと、病でもないのに健康状態について診断を受けることはままあった。

「投薬の実験にお付き合いいただきたいのですが」

「投薬……?」

 そんな話は聞いていない。少々不穏な空気を感じて眉を顰めると、分かっていますとばかりに書類を見せられた。軍の上将から許可は採ってあるという。

「分かりました。では支度をしてからすぐに向かいますので」

「いえ、そのままで結構です」

「この格好で、ですか」

 未だ近衛の制服に袖を通し、手にはシーカーストーンを持ったままだ。ところがその医務官によれば投薬の準備はすでに整っていて、温度差で薬効成分が分解する前に早く来てほしいとのことだった。

 そんなせわしない投薬実験とは一体何だろうと首をかしげる。しかし、これ以上断る理由もなかったので、しかたがなく付いて行った。

 通されたのはいつも健康診断を受けるのと同じ個室。さして特別な部屋ではない。ベッドと椅子が一脚、窓の外には夕日が差していた。

「これを、水分と一緒にどうぞ」

 差し出されたのは水薬だった。少し口に含んだ限りでは苦い。飲めなくはないが苦手な味に嫌な顔になる顔を抑え、舌に残らないように一気に喉の奥に流し込む。それから大きめのコップにもらった水で口を軽くゆすぎながら飲み干した。それでもなお、舌に苦みが残る。

「これは精神集中を高めるための薬なのですが、副作用として一時的に眠気が生じることがあります。もしよければベッドで横になってお待ちください。少し時間をおいてから検査をしますので」

「分かりました」

 副作用の眠気とやらは飲んですぐに来た。気を抜くと瞼がスッと落ちてくるぐらい本当に眠い。戦闘になれば一昼夜戦い抜くことさえある体で、薬もさほど効きが良い方でもない。そのはずなのに、鉛のように四肢が重たくなってあくびを噛み殺す。

 検査が始まるまで少し横にならせてもらおうと思って、俺はシーカーストーンを枕元に置いて横になる。ほんの少し眠るだけ、そのはずだった。

「あ、れ……。何時だ?」

 目が覚めたのは、だいぶ夜が更けてからだった。一つしかない窓から煌々と月明かりが差し込む。それを見て、ようやくおかしいと気が付いた。

 なぜ検査されない。これだけ時間がかかるのならば、そう伝えてくれればよいものを。

 立ち上がり、まだわずかにふらつく足元に気を付けながら扉に手を掛ける。ガチャっと音がして、個室の扉は開かなかった。外側から鍵が掛けられている。

「どういう、ことだ……?」

 運ばれてくる傷病人の中には精神錯乱によって暴れる人もいるので、医局の個室の扉は総じて分厚く、外側から鍵がかかる作りになっている。しかし自分が閉じ込められているのか、思い当たる理由はない。

「誰か、いませんか」

 ドンドンと戸を叩いて声を上げる。予想外に、扉に据え付けられたのぞき窓がすぐに空いて、俺を案内した医務官が外側から覗いていた。

「何か」

「何かではなくて、検査とやらはまだですか」

「まだと伺っておりますが」

 やる気のない返事に思わず眉を顰める。

 その後も、検査はいつになるのか、誰が行うのか、一体どんなことをと問いただしても、分厚い樫の扉の向こう側に立つ医務官の答えは要領を得なかった。のらりくらりと答えが右往左往し、視線が泳ぐ。俺には何も知らせないようにと言い含められている様子。

「いい加減にしていただきたい、ここから出してください」

「それだけはできないと厳命されております。私も処罰されるんですよ、察してください」

 そう言われると、こちらとしても引かざるを得ない。舌打ちしたくなるのを我慢して扉から離れると、おもむろに部屋の中を歩き始めた。

 歩く。そう、ただ歩くだけ。

 実はまだ完全には副作用の眠気は去っていない。それなのにどうして目が覚めたのかと言えば、もよおしていたからだった。

「なんでこんな時に……」

 のぞき窓はぴったりと閉められている。それを確認して、我ながら無様なぐらいせわしなく部屋の中を歩く。すでに下腹部は痛いほど張っていて、出来ることならばすぐにでも厠に行かせてほしかった。

 ベッドのふちに座って頼りなく内股を合わせる。不随意にうねる腰に背筋を伸ばしたり丸めたりして、尿意の波が去るのを待つ。生唾さえ飲み込みたくないのに、不思議とまだ口の中には処方された薬の苦みが残っていて、否応なく体が勝手に水分を飲み込む。

 ただの検査のためにどうして辛い思いをしているんだと、だんだん腹が立て来てもう一度戸口に立って扉をたたいた。

「何か」

「厠に行かせてほしい」

「この部屋からは出してはならないと」

「ならば尿瓶でいい」

 入院患者さえいる医局に、尿瓶が無い訳がない。

 ところが医務官は首を横に振る。

「ございません」

「無い訳がないだろう!」

「申し訳ありません」

 医務官の表情からは何も読み取れない。なんだこいつ、自分は一体何に巻き込まれたのかと苛立ちより焦りが増す。

 部屋から出してもらえず、このままではいずれ漏らしてしまう。そんな失態、許されるわけがない。どうにかしてここから出なければ。

 ぐるりと部屋を見回して、窓辺に立った。見下ろすと三階の高さ、しかしこれぐらいならどうとでもなる。腰のベルトにシーカーストーンを挟み込んで、もう我慢がならないと窓に手を掛けた。

「どこへ行こうと言うのかね」

 扉が開いて、入ってきたのは上将だった。検査の許可書類にサインをしていた上将その本人。

 顔を見て咄嗟に脱出することを諦める。あまりにも現れた人物が格上過ぎた。

 振り返り、ぴったりと足を閉じて腹に力を籠める。本当ならばその姿勢になることすら辛い。でもそのまま敬礼をした。

「申し訳ありません上将殿、何の音沙汰もなく閉じ込められておりましたので、何かの謀略かと脱出を図ろうと思っていたところです」

「ならば問題ない。さぁ、検査を始めようじゃないか」

 年かさの上将は立派な口ひげをにんまりと歪ませる。

 何を始めるのだか分からないが、少なくとも検査の前に厠に行かせてほしい。裏返りそうになる声帯をなだめながら、やんわりと一回足踏みをする。

「申し訳ありませんが、その前に厠に行かせていただけませんか。長く部屋に留め置かれていて、その、もよおしておりまして」

「その必要はない」

 は? と声を上げる前に、上将の後ろに控えていた下士官が大股で歩み寄って、俺の両腕を捉える。何事かと思って振りほどこうとしたのだが、こちらは元より尿意を我慢しているし、そうでなくとも薬の副作用が残っていて体に力が入らない。

「何をなさるのですか!」

「検査だよ、検査」

 だから一体何の検査だと噛みつこうとすると、否応なく拳が返ってきた。ゴリッと頬に痛みが走る。瞬間、体に力が入ってじゅわっとわずかに尿が漏れる。

「は、ぁっ……」

「ちゃんと繋いでおけ、姫の狂犬は恐ろしいぞ」

 わずかに生ぬるく濡れた股間に気を取られた拍子に両手首を縛られて、柱から飛び出した金具にぐいっとひっかけられてしまう。そのまま下士官に足払いを掛けられて、俺は膝をついた。その衝撃でまた、じょばっと尿が漏れる。

「ぅはぁ……あっ、なに、をっ……!」

「すまないねぇ退魔の騎士殿。どうも君のような騎士を見ると、こう可愛がりたくなってしまってね」

 一脚しかない椅子に腰かけ、上将は悠々と足組をして俺を眺めていた。

 幸いなことに近衛の服は股が直接は見えづらい。それだけが救いだが、もう完全に内股が濡れていた。なんてことだと冷や汗が出る。それでもなお、俺の膀胱にはまだ大量の水分が残っている。

 こうなると、上将の目的はおのずと分かってくる。こうやって俺みたいな若い騎士を弄ぶことが好きなのだろう。実はこの上将、あまり良い噂は聞かなかった。男色家だとか、幼い子供に嫌がらせをしただとか。ただどれも決定的な証拠はなく、経歴と家柄も相まって上将という高い地位に居座っている。そろそろ退官と噂されている人物だった。

「もう気付いているだろうが、君に飲んでもらったのは利尿剤と睡眠剤だ。申し訳ないが老い先短い私の唯一の趣味に付き合ってもらおうかな」

「なぜっ……んっ……はっ……こんな…………」

「なぜと言われても、好きなのだからしょうがあるまい? 今年で退官ともなれば、もう怖いものはあまりなくてね。最後の手土産に、あの姫君が大事に傍に置いている君の痴態を頂こうかと思ったということさ」

 さぁ、思いっきりやりたまえ、と立派な口ひげを歪ませて上将は笑う。見ているのは我々だけだからと。

 好きって、他人が漏らすところを見るのが好きって、そんな人いるのか?!

 信じられないものを前に、頭の中で冷や汗をかく。その間にも尿意は小さく大きく俺の下腹部を刺激して、出たい、出したいという欲求は高まっていく。度重なる波に腰を揺らし、息が弾む。

 それでも嫌だと深く息を吐いて耐える。どうにかこの場から逃げ出す方法を考えなければならない。どうすればいい、漏らさずに逃げ出すには……。

「見立て通りの強情さだな。ちょうどいい、アレ持ってこい」

 下士官の一人が持ってきたのはティーポットだった。絶対に飲まないぞと繋がれたまま顔だけ振り返り睨みつけると、上将は違うよとにっこり首を横に振る。

 そしてたっぷり入ったポットを傾けて、床に中身を零し始めた。

 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……。

 水音が。細く長く滴る水滴の音が、塞げない耳から脳に入り込む。

「ふぁッ…んぅ…………」

 水音が、解放したときの心地よさを教えてくれる。知ってる、そんなの分かってる。それが自分の排尿の音でないと分かっていても、体は素直に反応したがる。でも駄目なんだ、ここで漏らしたら相手の思うつぼだと必死で膝を擦り合わせる。

 結局俺は、ティーポットの中身全てが流れ落ちるまで歯を食いしばって耐えた。冷や汗でべっとりくっついた髪が気持ち悪くなる。

 もう諦めてくれないだろうかと淡い期待で背後を見やると、逆に上将は目を輝かせていた。

「これは、今までにない抵抗だ。すばらしい……」

「くそっ……変態が!」

「その通り、変態だがそれがどうした」

 膀胱が内側からチクチクと痛み、ずっと力を込め続けている全身の筋肉は悲鳴を上げる。

 少し痛めつけましょうかとの言葉が下士官からあって、くれぐれも顔は狙うなと上将から許しがあった。変態にもほどがある。

 下士官二人は無表情のまま無抵抗の俺を何発か殴ったり蹴ったりした。そのたびにじわじわと股間が濡れる。それでも不思議と、まだ痛みがある方が気は紛れた。一通り顔以外の全身に痛みを感じて息を吐き出すと、ぶるっとまた身震いをする。がくがく震え始める足に、再び力を込めた。

「貴様ァ……んはッ……!」

「威勢が良いのも上等だ! 脱がせろ、脱がせて奴を見せろ!」

 退官間際、一つ間違えば老人とも思しき上将は、はっきりと股間を誇張させて俺が息を乱す様に興奮していた。世の中にはこんなものに興奮する輩もいるのだと、頭のどこか片隅の方では冷静な言葉が繰り返される。

 でもそれはいま頭の大半を占める「漏れる」という警報にかき消されてしまう。

 下士官二人の手が伸びて、ぴったりと閉じられていた太ももが割り開かれる。

「ひあぁっ……ッ」

「いいぞぉ、もっと鳴かせろ!」

 ベルトが引き抜かれ、ズボンが下ろされ、ひんやりとした手が太ももを這う。吐き出す吐息すら裏返る。

「実にいい眺めじゃあないか」

 うっとりした声が、冷たい空気に晒された俺の尻に当たった。太ももまで押し下げられたズボンのおかげで、後ろからは丸見え。はたはたと先端から水滴が落ちるに合わせて、上将は息を弾ませて喜んだ。

「私の目には狂いはなかった。ふぐりも可愛らしい、やはり姫様のお付きになるだけあって間違いのない上玉だ」

「うぅ……くそ、が……はぁっ…………!」

「しかしもう限界だろう、そろそろ楽になりたまえよ」

 上将自ら席を立つ。今度は一体何をするのかと身構えると、萎びた腕が下腹部に添えられた。ハッとしてあらん限りの力を腹筋に込める。何をされるのか初めてのことなのに予想が付いた。

 次の瞬間、ぐっと力を込められて腹の上から膀胱が押される。

「……あがっ」

 じゅっと竿の先まで押し寄せる尿意に、体が大きく跳ねた。

 しょばっ……。

 音を立てて尿が漏れる。それでも駄目だと体に言い聞かせると流れは止まった。

 上将は漏れ出た量を見て、膀胱を押す手を和らげる。

「おや、これでも出さないとは。逆に辛かろう」

「ゆるさ……な……」

「ではこれはどうかな、気に入ってもらえるといいんだが」

 するすると優しく腹を撫でられる。嫌なゾクゾクが腹の底から駆け巡った。身をよじり、逃げられないのを我慢して耐えていると、急に腹を押された。きゅっきゅっと、リズムよく。予想外の動きに対応が間に合わない。

 しょっ、しょっ、しょっ……。

 押されるに合わせて竿の先から液体が迸る。

「あっ、はっ、だぁ……いやッ………!」

「そうかそうか、これがいいのか」

 笑う声が耳元でふうっと息を掛ける。一度飛び出し始めた尿はもう止まらない。

 しょばあああああああああああああ。

 もう押されなくとも断続的に出ていく。いくら腹に力を込めて締めようとも、流れを止めることがもはや自分ではできない。折った膝の周り黄色っぽい湖を作る。

 それでも止まれと念じる後ろでカシャと嫌な音がした。えっと振り向くと下士官が手に持ったシーカーストーンをこちらへ、レンズがこちらへ向いている。

「はっ、ふぁっ……やめっ!」

「姫君の玩具もたまには役に立つものですね」

 上将は上機嫌で、漏らしている俺のウツシエを覗き込みほくそ笑む。あれが姫様の手に戻ったら、一体なんだと思われるのか頭の中が沸騰する。

 そうなると体はもう自由が利かなかった。姫様にこの失態がバレる、それが何よりも恥ずかしい。その気持ちとは裏腹に膀胱はこれでもかという勢いで収縮を続ける。

 もう全部出ちゃう、そう思った瞬間、流れを止めたのはあろうことか上将の手だった。

「うあぁッ……?!」

 竿の付け根をきゅっと絞るように持たれ、まだまだと出たがる本流が堰き止められる。瞬間、ツキンと局部に痛みが走った。

「んッ、くぅ……」

「出したくないんだろう? 止めてやったのだ、どうだ?」

「貴様ぁ……ん、はっ………」

 一旦出始めた尿の流れを止められるのはことのほか苦痛だった。痛いし、それに体の意思に反する動きに思わず体がビクつく。

 全て出し切ったら逆に楽になるのにとどこか思っていた気持ちが裏切られ、未だ膨れる尿意がこつこつと膀胱を内側から叩く。

「さて、どうしてほしい?」

「あっ……はっ…………」

 どうしてほしいかなんて。どうしたらいいんだろう、と咄嗟に言葉が出てこなかった。

 上将の手が外れれば、間違いなく俺はこの後全部漏らす。かといって体はもう限界を超えていて、全部出したいばかりに腰がくいくいと揺れ動いていた。

 どっちに転んでも地獄。

 さらには付け根を抑えられた陰茎を、他の指でゆるゆると撫でられる。尿意とは別の感覚が這い上がってくる。流石に男だけあって物の扱いには慣れている様子だった。

「さてどうしようか、このまま撫でて膨らませてあげても可愛いが、勃つと尿が出せないからそれもかわいそうだねぇ」

「ぁっ……だ、はんッ…………」

「それにしても退魔の騎士ともあろう者が、まだ生えていないとは、本当に君は私好みの騎士だった。こんなことならもっと丁重にベッドに誘っておけばよかったかな」

 俺の未だ滑らかな恥丘を柔らかく撫でられ、ゆるゆると固くなりつつあるモノを抑えられ、それでも収まらない尿意に体を揺らす。傍から見ればとんでもない淫乱にでも見えるんだろう。でも俺にはもう自分のこと以外考えられなかった。

「ださ、せ……」

「いいのかな、私の前でこれ以上漏らしても」

 もう膝も壁もおろされたズボンさえも濡れている。これ以上はもうどうでもいい。早く出したい、むしろ自分の雄を撫でられて勃たされる方が嫌。

 だったらもう全部出してしまえばいい。

 それでも最後に残った矜持で、涙で濁った眼で睨みながら頷くと、上将はハハハと笑った。

 手が離される。射精管と尿道が切り替わる痛みにぎゅっと堪える。その痛みにさえ耐えればあとは楽になる。そうしたらこの上将も下士官どもも一緒に蹴散らしてやる。そう思った矢先、乱暴に扉が開いた。

「リンク?!」

「ひあぁッ……」

 じょばあああああああああああああ。

 どうして。なんで貴女がこんな場所へ。

 思いとは真逆、俺の竿先からはもう音を立てて尿が飛びちっていた。

「だッ、みない、……で、くださ…………」

 もう止める手も、何も残っていない。

 ひたすらに溢れ出るだけの水音が、沈黙の個室に響き渡る。

 姫様に見られた。しかも我慢しているところではなく、盛大に漏らしているところを、見られた。

 矜持も何もかもが、ひしゃげた音がした。

 じょわわわ……しょわ…しょわわ………。

 ぽたぽたと滴り落ちる水滴の音。本当に頭の中が真っ白で、自分の目から涙が溢れていることにすら気が付いていなかった。

「これは、私の騎士に一体何をしたというのです……?」

 姫様の声は怒りを通り越して困惑していた。

 俺でさえ、こんな常識外れの趣味を持つ輩が実際に居るとは思っていなかった、きっと作り話か誇張の類だろうと思っていた。実際、それに捕まって排泄を見られるところまでされるとは今日の今日まで想像もしてなかった。

 だからこそ、姫様にはもっと分からないはずだ。自分の騎士が腕を縛り上げられてズボンを下ろされて、まさか漏らしているなどと。卒倒しないだけお強いとさえ思う。

 上将も下士官たちも、まさか姫様ご本人が乗り込んでくるとは思っていなかったのか、狼狽して声が挙げられていなかった。返事が無いのに戸惑いをさらに強めた姫様はあろうことか部屋の中に歩を進める。

 まっすぐに、俺のところに向かって。ぴちゃっと足元で音がした。

「だっ、いけません、お召し物が!」

「構いません。彼らに強要されたのでしょう」

 たおやかな指が縄をほどき、俺の下げられたズボンにかかる。

 駄目、どうして、俺の尿で汚れたものに姫様の白い指が、汚れてしまう。息が出来なくなり、乱暴に頭を振った。

「なりませんッ、おやめください、そんな、姫様を汚してしまいます……!」

「リンクのなら、構いません」

「俺が構うんです!!やめてください、見ないで、くださ………どうか、お許しをッ………」

 申し訳が立たず、顔を見ることすらできない。びちゃっと音がして、俺は自分が漏らした生ぬるい水溜まりの中に尻もちをついた。

 その優しさが逆に俺を殺すのだと、なぜこの人は気が付いてくれないのか。

 羞恥などというものはとっくに超えて、ただひたすらに姫様を汚してしまった罪悪感。真っ白だった頭が、今度は真っ黒に塗り潰される。

 最も尊きお方で、俺が何に代えてもお守りしなければならないはずだったのに、俺自身が汚してしまった。

 それでもなお、崇高なこの方は俺を慈しんでほほ笑まれていた。

 情けない限りなのに、どうしてだか頭の片隅には悦んでいる自分がいるのに気が付く。何だろうこの感情は。

 その感覚の元が何なのか分からず、俺の意識は真っ黒になった頭の中をしばらく彷徨っていた。