青年期の終わり - 6/9

5 彼と彼女の大切な

 あれから姫様はいつもとお変わりないように見えた。少なくとも人前で俺に対する態度が変化することは無かった。

 ただし、あの遊びは無くなった。正直言って、ほっとしている自分が居た。

 これ以上姫様の元に騎士以外の自分を晒すのは厳禁。だからもう帽子を取られないと分かって無性に安心した。これでちゃんと姫様の騎士でいられる。刃を突き立てて殺した感情は、そこらへんに転がして目を背けておいた。

 おかげでちゃんと殺しきれていなかったそいつは、姫様に恋人にと言われた時、そんなのは嫌だと息を吹き返して叫んだ。でもすぐさま俺は叫んだそいつを黙らせた。叩かれた頬は相当に痛んだけれど、それでこそ戒めの意味を持つ。これでよかったと胸をなでおろした。

 何度とどめを刺しても息を吹き返すそれを、俺は幾度となく刃を突き立て殺す。無限に刺し貫けばいずれ起き上がることも無くなる。その時までは何度でも感情を殺し続けることにした。

 ある日、姫様が手招きをするのでお伺いすると、もっと近くへ寄れとさらに手招きをされる。少し近すぎると思いながら覗き込むと、あの月下美人の葉先に変な塊が垂れ下がっていた。

「これは蕾です」

「花が咲くのですか?」

「書物によれば十日ほどで咲くそうですよ」

 素直に見たいなと思った。でも本当に見たいのは姫様が喜ぶ姿であって、花が見たいわけじゃない。思い出したように、まだあの死にかけの感情が息をした。一人で、もしくは陛下と一緒に、あるいはこれを送った貴族の息子でもいい、この花が咲くのを見て楽しんでもらえたらいいなと考え、もう一度俺は自分を殺した。

 それから何日経ったのか、あまり気にしていなかったころ。その日の警護の任を終えて寮の自室に下がったあとだった。着替えようかと襟元を緩めたとき、ぽんっと音と気配がした。慌ててマスターソードを引き抜いて切っ先を空に縫い留める。

「待ってください私です、わたしー!」

 諸手を上げて涙目になりかけたインパがひそめた声で主張する。

「なんで、ここに」

「私だって、出来れば他の人に代わってもらいたかったですけどッ」

 腕組みして口を尖らして、インパはいらいらしている様子だったけれど、それよりも直接この人が俺の部屋に現れる方が不穏だ。

 姫様に何かあったんだろうか。

「何かあったんですか」

「あ、えっと。姫様から伝言なんですけど……」

「伝言? どうして、侍女でも何でもいるでしょう」

「だから私も他の人に代わってもらいたかったんです!! でもこんなこと、私ぐらいしか頼めないって姫様が……」

 悠長にため息を吐いているあたり、どうやら緊急性のある話じゃないのは予想が付いた。あんまり急かさなくてもいいと思ったが、仮にもここは騎士の独身寮。執政補佐官と言えども一応女性なのだから、どうなんだろう。まぁいいか。

 こんなことなら城下に貰った屋敷に引っ越せばよかったかもしれないとも思ったが、やはり独り身で掃除や食事の手間を考えるとあの広い屋敷よりも手狭な方が気楽だ。それに城下よりも寮の方が近いから、何かあったときにすぐに馳せ参じることができる。ただし両脇が時々うるさいのだけは何とかならないかなと時々思ったりはする。

 インパも両脇の部屋のことを気にしてか、耳をそばだてて気配を探っていた。でも残念ながらもぬけの殻。

「良かったですね、今は留守です」

「じゃあ、あの」

 それでもなお、俺の耳へひっそりと。

「今夜、月下美人が咲きますからお部屋に来てください。逃げるのは許しません」

 がんばって寄せたつもりかもしれないが、声色は全然似ていなかった。でも簡単に想像がついた。これは逃げられないなと、確かに思う。

 服を緩められない。正直言って夜に私室まで伺うのは、あまりにも乗り気がしない。しかし呼ばれれば行くしかない。

「かしこまりましたと、姫様にお伝えください」

「月の出ぐらいが丁度いいとおっしゃってました。それでは私はこれにて!」

 またポンっと音がして、気配が遠くへ消えていった。あの人、執政補佐官という肩書な割に万能だよなと思う。だから損な役回りをさせられる。

 こんな伝言、どこで聞かれるか分かったもんじゃない。だから侍女には伝言させられなかったんだろう。

「花か……」

 甘い香りの花だと聞いた。戻ってくる途中で誰か会って、変に勘ぐられないといいんだが。

 そんなことを考えながら、もう一度身支度をし直して月の出の時間あたりに姫様の部屋に向かった。だが途中で不穏な気配を感じる。いや、むしろ、人の気配が減っていく。

 姫様の部屋の周りはどれだけ気配を探っても、人一人の気配もない。警護の者までいないなんて異常だ。

「参りました」

「入って来てください」

 遠くで声がする。遠すぎる。声は明らかに一枚隔てた扉の向こう側ではなくもっと奥から聞こえた。しかし入って来てくださいと言われれば仕方がないので扉を開ける。案の定、そこに姫様の姿は無く、奥の寝所へと続く扉がかすかに開いている。

「姫様」

「リンク、こちらです」

 本能が嫌だと身をよじる。

 行ってはならぬと己の中の騎士が警鐘を鳴らす。それでも名を呼ばれれば行かざるを得ないのもまた、忠実なしもべたる証。

 重たい足を引きずるようにして通り過ぎる窓際に、俺が置いたはずの植木鉢は無かった。日当たりの良い場所がいいからと言われ、数日前に蕾が付いた時も同じ場所にあったのに、今はない。それが今どこにあるのかなど、考えたくもない。

 少し開いた扉の隙間を押して、駄目だと分かっていて開いた。灯りのない部屋から、むっと甘い香りが漏れた。

「月下美人が咲きましたよ、とても見事です」

 白いガラス細工みたいな大きな花が数輪、咲きこぼれていた。その花に姫様が指を伸ばす。

 ベッドの端に座って花を愛でる姫様はもちろん巫女服でもなく、いつものロイヤルブルーのドレスでもなく、晩餐会でも謁見でも見たことがない、薄い紗を重ねたような夜着の出で立ちをしていた。結っていない長い髪が月明かりに甘く輝く。

「こちらへどうぞ」

「いいえ、行けません。お呼びの方を間違えたのでは」

 入れるもんか。どう考えても、俺は敷居を跨ぐわけにはいかない。

 それでも姫様は一向に臆した気配がない。つまり確信犯。

「あなたを呼んだので間違いありません、入ってきてください」

「できません」

「リンク」

「駄目です」

 思わず一歩下がった。逃げ出したい。

 それなのに、甘い香りに足首を掴まれたかのようにその場から動けない。姫様の夜着から目が離せなくなる。

「ならば私がそちらへ行きます」

「姫様!」

 制止なんか聞きゃしない。迷いなく一直線に来て、姫様の繊手が俺の手首をつかんだ。

「大丈夫です。人目はありません」

「そういう問題ではなくて!」

「じゃあどういう問題ですか?」

 心臓が痛いぐらいに鳴っていた。ただでさえ、白い夜着から伸びる手足が月明かり晒されて目の毒なのに、目の前まで来た姫様からは花の香りを押しのけるぐらい良い匂いがする。

 力をこめれば振り払うのは可能だろうが、そんなことをしたら姫様の手が千切れてしまいそうで、ろくな抵抗もできない。気が付いたら部屋の中に連れ込まれて扉は閉じられ、本当に人目が無くなる。

 ちゃんと騎士をしなければお傍に居られないというのに、こんなの無茶苦茶だ。

「こんな、こんなことして、どうするんですか姫様」

「あなたと月下美人を見ようと思って」

「姫様はいずれどなたか、貴族の方と結婚されるんですよ。こんな間違いしてはいけません」

「何が間違いかは自分で決めます」

 間違い以外の何だっていうんだ。俺は姫様の隣に立てる人間じゃない、陛下から聞いた話が本当ならば、盟約を姫様が知らないわけがない。自分の隣に俺が立てないのを知っていて、それでも俺をこんなに困らせる。

 きっと俺の顔は困り切って、半分ぐらいは泣きそうだったんだと思う。頑張って張り付けていた騎士の仮面なんかとうに割れ落ちて、みっともないぐらいに動揺して懇願していたのだろう。見上げた姫様は悲しそうに微笑んでいた。

「気づいていますか、リンク、もうずいぶんと長いこと顔が強張っているの」

 柔らかい指先が俺の頬に触れた。そんなに言われるほどのことかと思ったけれど、細い指で押された頬が確かに痛んだ。筋肉痛みたいな、顔も筋肉痛になるんだなとようやく気付く。腕とか足とかの筋肉痛はよくあったけど、こんなこともあるんだな。

「そんなこと、今言わないでください」

「瞳も虚ろで」

「大丈夫です」

「大丈夫ではないから言っているのです!」

 翡翠色の瞳が怒った。思わず数歩逃げたが、なおもその人は俺を許してくれそうにない。言葉も、姿勢も、ほとんど怒りの刃みたいなものを突き付けて、逃げた俺を追い詰める。

 この人を怒らせるためにやっていたわけではなくて、むしろ喜んで欲しかっただけなのに。それなのに、どうしてそんなに悲しそうな顔で怒っているのか理解ができない。

「どうして自分をないがしろにするのです? 無理をしてでも立派に振舞えば、私が喜ぶとでも思いましたか」

「ひめさま……」

「理由は分かっています。リンクがそうやって無理をするのは大抵私がらみのこと。貴族どもや同格の騎士たちにどれだけ嫌がらせをされているのか、知らぬ主だと侮りましたか」

「あんなの大丈夫です。それより俺が不甲斐なかったら姫様が悪く言われます。俺はそっちの方が嫌なんです。だからがんばれます、大丈夫です大丈夫ですから」

 大丈夫ですと幾度重ねても、納得してくれそうにない。それどころかもっときつく怒った顔をするのだから、こっちまで悲しくなってくる。

 とん、と姫様の小さな拳が俺の胸を叩いた。

「あなたはそうやって平気なふりをして、平然と自分にすら嘘をついて、そんなことをしていたらいずれ心が壊れてしまう。体がどんなに丈夫でも、心はそうはいかないのですよ」

「だったら心を鍛えます」

「すでに悲鳴を上げることすら諦めている人が何を言うのですか」

 ついに壁際に追い詰められた俺の胸元に、姫様が顔を埋めながら抱き着いた。柔らかい体が分厚い服越しに圧を掛けてくる。全身の力を抜いて身を委ねる体を、俺の腕は受け止めるしかない。触ってはいけない人に触れた刹那。

「リンクは私に、大切な人が壊れていくのを黙って見ていろと言うの?」

 その人は綺麗な眉を八の字にして、酷く悔しそうに俺のことを睨んでいた。綺麗な瞳に涙が盛り上がって、月が反射する。綺麗だなと思ったけれど、こういう顔をさせたいんじゃない。

 でも悲しい顔をさせているのは、まぎれもなく俺だった。

「あなたはそんなひどいことを、私に強いるのですか」

 思わず俺は姫様の肩口に顔を埋める。ひんやりとして、いい匂いがして、滑らかでどうしようもない。か細い体を抱きしめると、姫様の腕が俺の背に回される。あやされるみたいにぽんぽんと叩かれると、こわばっていた心がほどけていった。

「姫様、俺」

 不甲斐ないなと思いつつ、どうしようもなく安心する。

「なんですか」

「姫様のことが好きです。姫様が幸せそうにしているところを、俺はずっと、一番近くで見ていたかった。他の誰にも、姫様のお傍は譲りたくなかった」

 黙って頷く気配がする。

 こんな弱いところ一片でも見せたくなかったはずなのに、一度口に出してしまうともう止まらない。

「今の俺には後ろからお守りすることはできても、傍に立つ資格はもうないんです。姫様の隣に俺以外の奴がいるのが許せないけど、こればかりはどうしようもない。だから俺は騎士として、あなたの後ろに控えるしかないんです」

「それで心を壊したら元も子もないのに」

「こんなことなら厄災なんか倒さなきゃよかった、そうしたらずっと一番近くに居られたのに」

 もう一度厄災が来ればいいと思ったのは、持て余すほど本心。アストルは俺をそそのかした方が良かったんじゃないだろうか。

 姫様が姫巫女で俺が退魔の騎士だったなら、一番近くに侍っていても誰も文句は言えない。でも俺と姫様で厄災を封じてしまった。ハイラルにはもうどちらも必要ない。姫様は本来あるべき遥か高みの人となり、対でなくなった俺はどんなに背が伸びても届かない。

 攫ってしまえばいいのにうそぶく心が無いわけではない。それが現実問題として不可能ではないぐらい、自分の力量があることも分かっている。本当に己の欲望に実直ならば、おそらく俺は他の全てを敵に回してでも姫様を奪っただろう。

 でもそれは姫様が泣くからできない。それにやってはならぬと己を制御するぐらいに、すでに騎士という立場に根を張って絡まった存在だった。生き方そのものだった。

 背をあやしていた手が位置を変えて俺の頭を撫でたので上げる。さっきまでの悲しそうな怒りが消えている。

「私もリンク、あなたが愛おしい。だからあなたの顔が、青い瞳が曇っていくのが辛いの。あなたが欲しくてその立場に押し込めたのは私だけど、でもあなたの心が死んでいくのは耐えられない」

 だから遊びに誘ってくれていたんだと、今更ながらに気付いた。姫様の気晴らしに俺が付き合っているんじゃなくて、俺の気晴らしを姫様が作ってくれていたんだ。となると、随分と前から俺は姫様に苦労をかけていたらしい。ますます不甲斐ない。

 どうしたら姫様に帽子を取らせなくても、俺は心を縛られずに生きていけるのか。自分ごとなのに、事ここに至っても全然分からないのだから本当に困る。でもこうして姫様が俺を呼びよせたのは、つまり方策があるんだろう。そうでなければこの聡い方が、こんな危ないことをしでかすわけがない。

「だから私に時間をください」

「時間、ですか?」

「あなたの心が陰らずにいられるようにどうにかします。一年だけ猶予をください」

 そんなこと言われなくても、言われれば何でも差し出す。はい、と答えたかったけれどうまく声が出て来なかったので頷いた。すると悲しそうだった顔がわずかに微笑んだのでこれでよかったのかと落ち着いた。

 でもその直後に姫様は背伸びをして、また俺の唇を弄ぶ。まだ辛うじて近衛兵の帽子はかぶっているんだが、どうしてくれるんだこの方は。

「でもその前に、今夜は一緒に花を愛でませんか」

 腕の中で姫様は笑っていた。堪らなく可愛らしい顔で、これ以上抱きしめていたら本当に間違いを起こしかねない。そんなことをしなくても、俺はもう大丈夫。

「駄目です。それだけは本当に」

 もう心は落ち着いている。姫様の懸念も分かったからもう十分だ。別の意味で落ち着かなくなって手の施しようがなくなる前に、大事な体を引きはがそうとした。

 ところが姫様はいやいやと首を横に振って、一向に首に回した腕を解いてくれない。

「私だって厄災を封印したのだから、褒美の一つぐらいもらってもいいはずです」

 まるでそれじゃ、俺が褒美みたいに聞こえる。こんな褒美、欲しがる人が居るとは思わなかった。苦笑するしかない。

「俺が褒美でいいんですか」

「ええ、あなたが欲しいの。だからリンク、あなたも今夜だけは私を望んでください」

 全部聞く前に姫様の唇に強く吸い付いた。いつも与えられるのを待っていた姫様の柔らかい口づけではなく、俺の方から初めて姫様の唇をむさぼる。もう自分に嘘なんか吐くものか。誰に言われなくとも分かっている、俺はずっと姫様が欲しかった。

 華奢な体を強く抱き込んで腕の中に隠すと、姫様の細い指が近衛の帽子をぽんっと床へ弾き落とした。もうこれで俺は騎士じゃない。

 舌を差し込んで溢れる物は全て舐めとった。歯列を撫で、可愛らしい舌を追い、逃げられないように頭を抱え込む。息を継ぐたびに姫様から漏れる吐息が揺れて、それすら愛おしくて、全部食べてしまいたい。

「リンク……」

 もちろん名を呼ばれたら飛んでいく。お傍に控えて急所を差し出す。それで与えてもらえるものなら何でも受け取る。もう我慢なんかしない。

 柔らかいベッドに押し付けて手首を握り込み、抵抗できないようにして好きなだけ唇を奪う。やめろと怒鳴る近衛の姿が脳裏をよぎったが、甘い花の香りのせいにして全て無視した。

 煩わしくて手袋を外して乱暴に投げ、ブーツも脱ぎ去ってベッドに上がる。マスターソードだけは手の届く枕元に配して、あたりの全てを牽制する。俺以外、姫様には何も近づけない。

 満を持して月明かりに照らされた白い首筋を食んだ。優しく扱えと頭のどこかで声がしたのだが、その程度の制止が利くほど抑圧してきた欲望は生易しくない。

 夜着の帯を引っ張って夜着を剥ぎ取ると、絹地みたいな柔肌があらわになった。それに飽き足らず、白いふくらみを隠すものも取り払う。首筋から下へ、露わになった双丘、片方の飾りを口の中で転がすとぴくりと体が跳ねた。

 もう片方にも指を沈めてやわやわと感覚を楽しんでいると、たおやかな指が伸びてきて俺の服の飾りを外した。そうか、と一拍遅れて自分の身を包む分厚い衣を脱ぎ去る。遮るものが下履きだけになった体を寄せると、姫様はすっぽりと俺の腕の中に納まった。身長が伸びていて本当によかったと、この時ばかりは自分の食欲に感謝した。

「リンク、リンク」

 嬉しそうにねだるので唇を塞いで背を撫でると、応えるように姫様の指先も俺の体についた傷の一つ一つに触れて撫でた。こそばゆいのが段々と気持ちよくなってくる。

 でもやっぱり物足りなくて、どうしようかとじっと瞳を覗き込む。

「触っても、いいですか」

 おずおずと頷いたのをちゃんと確認してから、ゆっくりと下着の紐に手を伸ばした。怒られないのをいいことに形の良いお尻を何度も揉んで堪能してから、紐を解いて下着を抜き取る。太ももの内側に指を這わせた。野外で歩き回っていた時に見えていた形の良いお尻が思い出し、布一枚無いだけでなぜこんなに違うのかとため息が出た。

 閉じてしまった太ももの合間に指を伸ばすと、少しだけ抵抗される。それでも胸を揉みしだきながら下ばえの合間を探ると、泉が湧いていた。

「濡れてる……」

「……言わないでっ」

 怒られたけど、でも我慢できずに擦りあげた。途端に姫様の様子が変わる。

 漏れる吐息が切なくなって、俺を映す瞳が潤んで蕩けていく。背に回されて傷跡をなぞっていた指先に次第に力が入り始めた。

「んっ………ぅ…ッ…、んん……!」

 姫様の声に鼓膜が揺らされるたびに我慢の糸が擦り切れていき、俺は自分の膝を姫様の太ももの間に割り入れた。思わず、まだ辛うじてつけていた下着の上から自分の固くなった雄を擦りつける。

 違う、まだ駄目だ。さすが やり方はなんとなく分かっている。落ち着け急くな、と頭の中で自分の手綱を大きく引いて、腰を離した。それから姫様の泉の中の、一番柔らかいところに指を沈み込ませた。

「あっ……あ、はぁッ……ん……」

「痛かったら言ってください」

 思っていたよりもはるかに狭いそこは、俺の指が一本ようやく飲み込めるかどうかというぐらいで。本当にこんなところに入り込めるのか少し不安になった。それでも丹念にほぐしていくと二本、三本と指を受け入れて、次第に水音が大きくなる。

 きっと痛くても泣き言一つ言わないのだからと姫様の顔色ばかりを覗いていたら、小声でばか、と言われた。なんと言われても嬉しいのだから、大概どうかしている。

 指で中を解しているうちに触れると反応の良い場所を見つけ、芯芽と一緒に刺激する。息がどんどん荒くなり、綺麗な金の髪を振り乱してよがり声を上げるので、誰の耳にも入れたくなくて口を塞いで舌を繋ぐ。と、ある瞬間にビクッと背をのけ反らせて、腕の中でくったりとしてしまった。

「かわいい……」

 可愛くむくれた顔が俺を睨む。

「……ください」

「姫様」

「リンクをください」

 無言で俺は自分の物を出した。先走りですでに十分濡れて、もう自分でも抗えない状態。でもそれを姫様の秘部へあてがうと、腹の底に熱とは違う恐れが湧きおこる。

 本当に入って良いのだろうか。

 俺は許されることをしているのか、本当にこれは許されるのかと、事ここに至ってもまだ騎士の仮面が爪を立てた。固唾を飲み込んで、一瞬で冴えてしまった強張りを扱く。かといって、高ぶった熱をどうすればいい。分からなくなって目の前の人に視線で問うと、翡翠色の瞳がゆっくりと目を細める。

 もうずいぶんと前から俺は許されていたのか。

 それを合図に俺は熱い花芯に割り入った。

「あっ………ああぁ……んあっ……!」

 先ほどまでと違って酷く苦しそうで、ぎゅっと閉じた目尻に涙が浮かんでいた。なるべく静かに少しずつ、こちらははやる気持ちを抑えているのに、姫様はぎゅっとシーツを握り込んで息を止めて堪えている。あまりに対照的で、思わず躊躇する。

「痛いならやめましょう」

「だめっ……りんくが、欲しい、のっ……」

 滲む涙が転がり落ちる。罪悪感でこちらの心が折れそうになる。

 ごめんなさいと何度も謝りながら奥へ奥へと分け入り、俺の剣が全部飲み込まれたところで震える体を抱きしめた。

「痛くしてすいません」

 中は温かくてあまりにも気持ちが良くて、俺の息も随分と上がっていた。気を抜くと動かしたくなる衝動をこらえて細く長く息を吐く。

「痛いのが、リンクでよかった……」

 たまらず額と鼻先と、頬と、口づけを落としてついでに涙を舌で掬いとる。

「ちょっとずつ動きますよ、痛かったらすぐに言ってください」

 指を絡めてわずかに腰を揺らした。最初こそ痛みに歪めていた顔が、次第に緩んでくる。

 俺の方も我慢できなくなって、次第に大きく抜き挿しし始める。衝動が堪えられなくなって姫様の太ももを持ち上げるとびっくりしていたけれど、繋がったまま深い口づけをした。

「名前を、呼んで……」

「ゼルダ様」

 でも姫様は違うと首を横に振る。

「ゼルダ」

 ためらいながらも呼ぶと、その人は嬉しそうに俺の髪をかき混ぜる。ついには髪留めまで取られ、姫様は俺の髪留めを握り込んで俺を呼ぶ。

「リンク」

 いつもの騎士を呼びつける調子ではない。それが今だけだったとしても幸せで、俺も姫様ではないその人を呼び求め、耳の奥へ声をねじ込む。

「ゼルダ」

「リン…ク、好き……」

「俺も、ゼルダ愛してる」

 刹那にきゅうっと俺は握り込まれて、思わず全身を牽制する。ものすごく危ない橋を渡らされているような感覚。それすらもが俺の欲していた物だった。

 より奥まで、より深くまで、潜り込むように打ち付け、そのたびに波打つ蜜襞が俺を追いかけて捕らえる。蜜壺とはよく言ったもので、ひとたび入れば到底出る気にならない。

 だがそれでも、かすかに残っていた理性が引き抜けと怒鳴りつける。さすがにそう、これ以上先へは行けない。万が一があったら、姫様の体を傷つけてしまう。首筋に残した赤い花で、すでに十二分に跡を残している。もういい加減引き上げろと理性に頭を殴られた。

 動きを止めて息を整え、太ももから手を離そうとした瞬間、姫様の温かい手が俺の膝裏に回った。

「そのまま」

「で、も……ッ」

「リンクを、ください……大丈夫ですから」

 言葉の意味が頭の中にシミを作るも、沸騰寸前では上手く理解ができない。それ以上のやり取りをする余裕が俺にはすでに無く、ちくしょうと歯噛みしながら言われた通りに律動を送り込む。抗う間もなく俺は姫様の奥で果てた。

 初めてだと女性は体が相当痛むと聞いていたし、最初はあれだけ痛そうにしていたわりに、そのあとも姫様は俺を求めた。不思議なぐらい急く様に何度も求められ、でも嬉しすぎて何度も姫様の中に押し入った。幸いなことに、自分でもどうかしていると思うぐらいに俺の分身は猛り続けた。

 ご褒美でなくても、姫様が欲しいのなら俺なんかいくらでも差し上げる。喉の渇きを忘れて唾液を啜り、汗が滴り落ちても気にせずに姫様を抱き続けた。幾度となく俺は姫様の中に欲望を吐き出し続けた。

「薄明、きれいですね」

 さすがに体が重たくて頷くだけ。柔らかい上掛けと一緒に姫様の体を後ろから抱いて、二人して窓の外を見ていた。一日で一番温度が下がる時に、いっとう暖かいものを抱え込んで、そのか細い首筋にまた顔を埋める。

 月はとうの昔に沈んで、夜陰の下の方がうっすらと明るくなってきていた。陽光がわずかに漏れる、日の出一瞬前のこと。その灯りが恐ろしく憎い。太陽が来なければいいのにと思っても、さすがに勇者と言えども時を巻き戻す術はない。

 気が付くとベッド脇の月下美人は萎れ始めていた。甘い香りももうない。姫様の御髪にと思ったのに、目の前のことに必死で忘れていた。何もできなかった。

 腕の中で姫様が身じろぎして、少しだけ苦悶の声を上げる。

「大丈夫ですか」

「痛いですよ、それなりに」

「えっと、そうじゃなくって……、いや、そっちもなんだけど」

 なんといえばいいのだろう。こんなことをして、そもそもこんな一夜の間違いをしていいわけがない。だがもう済んでしまったことは変えられないし、俺としては無かったことにされる方が嫌だ。なんと言われようとも今夜のことだけは墓まで大事に持っていく。

 しかしながら姫様が俺を、その身のうちへ入れることを許した本当の理由は何なのかは今をもってしても分からない。上手い言い回しを探しているうちに、姫様の方が腕の中でくるりとこちらを向いた。

「前にも言いましたが、貴族にとっては伴侶とは別に恋人の一人や二人いるのが当然なのだそうです。ですから、そういう事情が当然の者にしてみれば、私がリンクを傍に置く意味など一つしかない。勝手に私を同じ穴のムジナだと思っているようです」

 酷い話だ。どこまで行っても人は見たいものを見たいようにしか見ない。

 でもそれは俺も似たようなもので、いうなれば鏡映しの真逆。どう見たいかではなく、どう見られるべきかということにばかりかまけていた自分勝手。騎士であらねばと思うあまり、自分がどんな顔をしているか全く気が付いていなかった。どれだけ姫様を心配させているのか気が付かなかった。自業自得だ。

「王配の座を欲する貴族にしてみれば私の純血など些末なことで、あるいは真実かどうかもどうでもいい。彼らが欲するゼルダの価値は、恋人の有無ぐらいでは揺らぎもしない」

 なんてことないように姫様は言っていたが、わずかに寂しそうでもあった。おこがましいけれど、お可哀そうだという気持ちは嘘じゃない。

 こうして俺の腕の中にいる姫様はどこからどう見ても血の通った人間だ。ゼルダはモノじゃない、女神でもない、人だ。それなのに姫様の隣に立とうと競り合う奴らは、姫様の人間らしいところになんかちっとも目を向けない。

 しかも姫様もそれが当然のことのように振舞い、むしろ難なく受け入れるぐらいに強い。こんなに華奢な体のどこからそんな力が湧いてくるのだろう。そして今の俺はそんな姫様の足こそ引っ張るが、助けにはならない。自分が憎い。

 結局、姫様の強さを認めて、自分の非力を受け入れ、今度こそちゃんと姫様の後ろから守れるようになるしかないのだ。

「数日以内に、御父様からもう一度褒賞の話があります」

 少しかすれた声がベッドの上に落ちた。

「もう十分に頂きましたけど」

「表向きの話の方です。何もなければ勘繰られるでしょう」

 もう離れなければならないと言い聞かされているようで、耳を塞ぎたくなる衝動に体を固くする。でも姫様は優しいまなざしで、俺の固い髪を梳きながら言葉を続けた。

「一年間、ハイラル中を見て回りたいと申し出てください。例えるならば武者修行のようなものです」

 なるほど、それなら俺が言い出しても別に変だとは思われない。無欲な勇者殿にピッタリの言い草だ。思わず笑いが零れた。本来の俺はこんなに欲まみれなのに、やっぱり人は誰もが見たいように見る。それがいい目隠しになるのだから、皮肉なものだ。

「もちろん有給扱いにしておきます」

「事務的……」

「大事なことですよ?」

 そんなことあとからインパにでも言わせればいいのに、本当に律儀な方だ。

 だが時間を差し上げるとして、一年間姫様と別行動するなんて思ってもみなかった。いったいその間、何をしたらいいんだろう。思わず呆然としてしまう。いきなり見知らぬ場所に放り出されて呆けた子供みたいな、ぽっかりと空いた空洞を埋めるものが見当たらなかった。

「旅に出て、いったい何をしたらいいですか。本当ならお傍を一時だって離れたくないのに、目的もなくどこかへ行くなんて無理です」

 猛然と駄々をこねるようにして、もう一度柔らかい胸に顔を埋めた。許されるならもう動きたくない。ずっとここで姫様と甘い夢を見ていた。追い出すならそれなりに理由が欲しいなんて、随分と俺の口は我儘なことを言うようになったもんだ。

 今からでも撤回してくれないかと願いながら胸にむしゃぶりついてみたけれど。でもしてくれないんだろうな、分かってる。

 そうですね言いながら俺のほっぺたをつねるので、しょうがない、口を離した。

「私の代わりにハイラルを見て来るというのはどうでしょう。王女という立場上で視察はできますが、民草の本来の姿も手付かずの自然の最奥も見る機会もそう多くありません。それが遠くの地であればなおのこと。それをリンクがその目で見て、私に伝えてくれませんか」

 残念なことに、もう駄々をこねる材料がなかった。それに悲しいかな、もう時間切れ。

 頷いて体を起こして姫様の体も引き起こして、もう一度長く深く口付けをする。もうあの遊びをする必要も無いのだから、これで多分最後。名残惜しい。甘いはずの口づけがやけにしょっぱい気がした。

 銀の糸を引いて離れた口を、姫様は「あ」と開いた。

「一つだけ。カカリコ村だけは寄ってはいけません」

「なぜですか?」

「なんででも。約束してくれますか」

 なんでだろうな。でも姫様に言われたら答えは一つしかない。

「分かりました。いってきます」

 騎士でなくともそう答える。俺は姫様が大好きで、騎士に戻らなければならない時が迫っていれば、なおのことそう答えた。