予兆はあったのだろうか。今となっては分からない。
ただ彼は決して獣ではないと、私は信じていたかった。
〇月〇日
神官・大臣方より連盟の上申書があった。中身は姫巫女の修行をさらに追加していただきたいという内容だった。
だがそれは上申書の皮を被った脅迫状だと私は感じた。
神官たちが奏上した修行の具体的な内容は、ハイリア湖に身を沈めたり、オルディン山脈を裸足で巡礼することなど。一つ間違えば死に至るものだが、女神の器である姫巫女ならば問題はないとのことだった。
しかし身を亡ぼすほどの修行に、どれほどの意味があるのか私には理解できない。理解はできないが、もはや一刻の猶予もならぬがゆえに、私に今以上の努力をせよとの民を代表する脅しに聞こえた。なれば私は当然、拒否などできない。
一様に皆、私に頭を下げてお願い申し奉ると言う。でもその伏せた顔の下で、一体どんな表情をしているのか覗くことは恐ろしくてできなかった。
ただ、その奏上の最中に隣に控えていたリンクの気配だけが、いつもとはまるで違っていた。例えるならば、近づいて来る激しい遠雷のようなもの。
だから神官と大臣方が退室したあと、リンクに「大丈夫です、今までも様々な修行を行ってきましたから」と声を掛けた。
でも彼は、何も答えなかった。その沈黙が少しだけ怖かった。